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八家不動産

 その日はホテルに宿泊して、翌日は早朝から八家不動産を訪ねることになった。情報収集のためだ。不動産の看板を掲げてはいるものの、八家不動産はオカルト的な事象を取り扱う情報屋なのだ。


 灼がまだ東京に住んでいた時分に世話になった。今回の物件があるのは横浜だが、地域性については特に問題ないらしい。関東近郊のオカルト物件は、ほとんど網羅しているという。


 古い町並みが残る下町の一角に、八家不動産はあった。時代を感じるレトロな平屋建て。いかにも個人経営といった感じだった。モノクロの物件チラシが、入口に置かれたスタンド看板に貼り付けてある。


 扉を開けると、カラン、とドアベルが鳴った。


「いらっしゃい」


 店の奥から、グレイヘアの男性が姿を現した。写真では見たことがある。


 八家征太郎(やかせいたろう)だ。


「あ、八家さんーー!」 


「夜一くんか」


 八家が目を細めて笑う。


「朝早くからすみません。ちょっとお話を伺いたくて。お邪魔させてもらいました!」


「相変わらず、夜一くんのところは商売繁盛みたいだなぁ」


 八家は絶えず笑みを浮かべているのだが、なんとなく表情にアンバランスさを感じた。たぶん、眉間に皺が刻まれているからだろう。柔和な笑みと眉間の深い皺。それが不釣り合いというか、相容れないと思わせるのだ。


 実物のほうが胡散臭せぇ……と思ったが、それを悟られないように、灼はぺこりと頭を下げた。


「あぁ、君が『灼くん』か」


「はい」


 おそらく、灼のことは夜一から聞いているのだろう。


「ホテルで寝たきりだったみたいだね」


「……はい?」


「ちょっと幽霊と接触しただけで腰砕けになって、ベッドから起き上がれなくなったとか」


 忌み地の元凶になった怨念。分離したモノに影響を受けて、たしかにあのとき灼は、八家が指摘した通りの状態だった。


 灼は、隣にいる夜一を無言で睨んだ。視線で殺すくらいの念を込めて。コイツが八家に吹き込みやがったのだ。


 ぐぎぎぎ、と奥歯を噛み締めていたら、八家が「今は助手なんだってね」とにこやかに言った。笑っているのに笑っていない感じがする。さっきとは違う意味で。


 このジジイ、さては嫌なヤツだな……!


 灼は確信した。血管がブチ切れる寸前だ。「そんな奴に助手が務まるのか?」と疑いの目で見られている気がする。苛立ちがMAXで、体中の血が沸騰しそうだった。


「八家さん、それは違いますよぉ~~!」


 夜一が呑気に否定する。


「違うのかい?」


「助手は助手なんですけど。それは名目上というか、カタチだけっていうか。ほんまは、パートナーなんです~~!」


 のほほんとした夜一が、持論を展開する。


 八家は笑顔のまま、コーヒーミルを棚から取り出した。豆の袋を開け、計量を開始する。夜一の話が長くなることを察したのだろう。さすがは付き合いが古いだけのことはある。


「八家さんもご存知の通り、おれは気配を感じ取れるし、対話することもできる。でも、残念ながら視えへんのです。灼くんは、その逆で。気配は感じひんし、声も聞こえへんけど、視えるんです! もうバッチリ! めっちゃすごくないですか? お互いの足りない部分を補っているというか、凸凹コンビっていうか~~!」


「凸凹コンビねぇ……」


 満面の笑みで語る夜一に毒気を抜かれたのか、八家の表情が苦笑いにかわる。


 灼はそれを見て、多少は溜飲を下げた。


 ひと通り「パートナー論」を披露した後、夜一はシェアハウスの件にも言及した。青倉が住むことになった、例の部屋。このジジイが情報を持っているのか、灼はまるで期待していなかったのだけれども……。


「あぁ、あのシェアハウスねぇ」


 うなずきながら、八家が豆を挽き始めた。


「もしかして八家さん、なにか知ってるんですか?」


 夜一が、前のめりで八家に問う。


「その依頼人が住んでるというのは、一階の角部屋だろう」


 ピタリと言い当てられて、灼は思わず息を飲んだ。夜一も驚いたのだろう。大きく目を見開いている。


「そ、そうです……!」


「あそこは人気の物件でねぇ、募集開始と同時に、あっという間に借り手が見つかったんだよ」


「でも、依頼人は不動産の営業から、かなり強引にその部屋をすすめられたと言っていました」


 豆を挽く八家の手が、ピタリと止まった。


「……まぁ、その不動産屋も仕事だからねぇ。本来は、すすめてはいけない部屋なんだけど」 


 一階の角部屋。その部屋だけ、入れ替わりが激しいというのだ。入居しても、すぐに住人が退去してしまうらしい。


「部屋干しをしても服が乾かなかったり、朝カーテンを開けると水滴が窓にびっしりと付着していたり。初めは、そういう現象らしいよ。まぁ、それだけだと特におかしいとは思わないようだね。最近は、加湿器を可動している場合も多いから。それが原因だと考えるんだろう」


 再び、ガリガリと豆を挽く。


「次は、壁にシミが滲む。床が水で不自然に濡れている。異音もする。この辺りから、少しずつ住人は不気味に思うようになる。天井から水滴が落ちてきて、我慢できずに管理会社に苦情を訴える。しかし、上階は物置になっていて水漏れすることはあり得ない」


 昨日、灼と夜一が体験したのと同じ事象だ。

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