滴る水
横浜に到着すると、灼と夜一はすぐに件のシェアハウスに向かった。新横浜駅から乗り換えなしで三十分ほど。たどり着いたのは閑静な住宅街だった。
住環境はかなり良さそうだ。駅チカ物件で、築年数は八年。単身者向けのシェアハウスらしい。
スタイリッシュな外観を眺めながら、夜一は「格好いいなーー!」と感嘆していたのだが……。
玄関の扉に手をかけた瞬間、彼の表情が曇った。
「あ、あかんかも……」
みるみるうちに、夜一の顔色が悪くなっていく。
気配を感じているのだろう。察するに、決して良くないモノだ。
そこまで悪い気配ではない、というようなことを夜一は言っていたが、やはりアテにならなかったらしい。
「とにかく、中に入るぞ」
灼は、そっと扉を開けた。
玄関と各部屋の鍵は、電子パネル式の電子錠が採用されている。あらかじめ青倉から番号を聞いていたので、難なく侵入することができた。
現在、このシェアハウスに空室はないらしい。
大きなリビングルームが共用部としてあり、休日には住人たちが集まってホームシアターを楽しんだり、ボードゲームに熱中したりするのが習慣だという。
青倉は社交的なタイプなので、住人たちにも歓迎されていたようだ。
共用部はどこも清潔で、しっかりと管理されているのが分かる。ほとんど新築のような綺麗さだった。
青倉も含めて、住人は全員が社会人らしかった。学生が住むには家賃が高額だし、住環境や設備が贅沢すぎる。キッチンや浴槽つきバスルームが各部屋に設置されているのだ。ランドリールームは二十四時間使用OKで、防音設備も整っている。
「家賃が高額といっても、これだけの設備と綺麗さだったら安いくらいだよな」
「ほんまやな……」
顔色の悪い夜一が、こくりとうなずく。
青倉の部屋は一階の角部屋だった。
電子錠をアンロックして、部屋に入る。灼は、ぐるりと室内を見回した。一見しただけでは、特に変わった様子はなかった。
綺麗に片付いている。そういえば、会社のデスクも常に片付いていたな……と思い出した。
青倉から「床が不自然に濡れている」と聞いていたが、そのような痕跡は見当たらなかった。「部屋の壁にシミが浮かんでくる」というような現象も確認できない。
「良い部屋だが……。そうなると、変だな」
駅チカ物件。設備は申し分ない。管理はしっかりされており、家賃も見合っているどころかお得感さえある。
「不動産の営業が、ゴリ押しするような物件ちゃうねんよな」
「あぁ」
そうなのだ。ほうっておいても入居希望者が殺到するような条件がそろっている。
「シャアハウス自体が、万人受けするもんじゃないけどな。それを差し引いても、営業がプッシュする必要はないと思うんだよな……」
なにか、特別な理由でもあるのだろうか。不動産の営業が、推さなければいけない理由が。
ふいに、部屋の中が薄暗くなった。陽が沈みかけている。カーテンを閉めて、灯りをつけようとしたとき。
……ポチャン。
なにか、聞こえた。水音のような。
振り返ると、夜一の表情がこわばっていた。どうやら、彼の耳にも届いたようだ。夜一と目が合う。緊張が走る。
ごく、と息を飲んだ瞬間。
……ピチョン、ポチャン。
またしても聞こえた。間違いない。水滴が、したたり落ちる音だ。




