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神戸南京町 祓い屋探偵と憑かれた助手  作者: 水縞しま
第二章 不幸が続く家
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儀式

 左の手のひらに、薄水色の陶器をのせる。中には真っ白な砂が入っている。夜一が右手をかざすと、砂がサラサラと波打った。そして平らになる。


 その上に、香木から削り取った粒子の細かい香粉をまぶす。人差し指が、くるくると何かを描くように動いた。不思議なことに、香粉は指の動きに合わせて美しい模様を作る。複雑な図柄だ。


 図柄は、思念や祓う対象によってその形を変えるのだという。夜一から聞いてはいたものの、実際にこの目で見るのは初めてだった。


「灼くん」


「な、なんだよ……?」


 流れるような夜一の仕草に見惚れていた。それを見透かされたようで、灼の声は上擦った。


「火、ちょうだい」


「は?」


「ライター持ってるやろ」


 灼は、未だに紙煙草を吸っている。どれだけ電子煙草が主流になろうが、煙草税が増税されようが、頑なに同じ銘柄を購入し続けている。だから、ライターは必需品なのだ。


「持ってるけど」


「マッチを持ってくるの忘れてん」


「大事なもん、忘れるなよ……」


 そう言って、灼はライターに火を灯した。


 夜一が、その火を綫香に移す。ゆっくりと円を描くように綫香を動かした。円は、少しずつ大きくなっていく。夜一はそうしながら、静かに念を唱えた。そっと囁くようで、けれど威厳に満ちている。


 最後に、綫香の火を香粉へと渡す。


 なんともいえない香りが、じわりと広がっていく。灼は気配を感じることができない。けれど、わずかに残った思念が今、清められていることだけは分かった。


 夜一が懐から鈴を出し、リンと鳴らす。軽やかな、それでも胸にずしりと響く音だった。


 残留した思念を祓ったあとで、カヤの供養も済ませた。


 集落内には墓地があったけれど、カヤやその家族の墓標は見当たらなかった。そのため、的形の屋敷の跡地に花を手向けた。


 合掌していると、隣にいた夜一の体がピクリと動いた。


「これはな、カヤちゃんのことを思って手を合わせてるんやで」


 寧々と会話しているようだ。


「そうそう。そうやって、両手を合わせるねん」


 どうやら、寧々も合掌しているらしい。夜一が、灼の首元を見ながら微笑んでいる。まるで愛おしいものでも見るような、優しい顔だった。



✤



 神戸に戻ってから数日後。依頼人である的形良治が、御影探偵事務所を訪ねてきた。


「昨日、現地に行って来ました。拍子抜けしたというか……。本当に、何もかも無くなっていたものですから」


 ソファに座った的形は、複雑そうな顔をしていた。


「解体する必要もなくなったんだから、良いんじゃねぇの」


 茶を出しながら、灼は的形に言った。


「そうですね、屋敷の残骸を撤去したり、後始末をする必要はあるんですが……。ひとまず、肩の荷は下りました」


「あの場所に、もう呪いはありません」


「はい」


 夜一の言葉に、的形はうなずく。


「幽霊もいません。一体も……。それに、思念も残っていませんから」


「は、はぁ……」


 的形は、不思議そうな顔でうなずいた。


 幽霊はカヤという認識で、それ以外のことは考えてもみなかったのだろう。自分の先祖たちが悪いモノになって彷徨っていたという事実は、知らないままのほうが良いのかもしれない。


 これで、彼も解放される。的形という家が、代々受け継いできた呪いから。


「あの、お支払いなんですが。振り込みさせていただきます。今日か、明日にでも」


 的形が口にした「振り込み」のワードで、夜一の目がギンギンになる。


「毎度ありがとうございますーー!」


「それで、これ。手土産といいますか……」


 的形が、テーブルの上に紙の包みを置いた。「豚饅頭」の文字がデカデカとある。


「こ、これは! 老祥記(ろうしょうき)……!」


 夜一の顔が、にんまりする。


 この老祥記は、豚まんが名物なのだ。創業は大正四年。南京町で、ひときわ長い行列をつくっている。


「匂いにつられまして。地元の方に、買っていくのはどうかと思ったんですが」


「とんでもない! 大好きなので嬉しいですよ」


 細身の体型だが、夜一は食い意地が張っている。早く包みを開けたいのだろう、ちらちらと「豚饅頭」の包みに視線を送っている。


「で、では。僕はこれで……」


 気を利かせたらしい的形が、ソファから立ち上がる。灼は見送りのために、事務所の出入口まで付き添った。


「また、何かあったら来いよ」


「……ないことを祈りたいです」


 的形が苦笑いする。


「そりゃ、そうだな」


 的形の痩せた背中を眺めながら、灼はぼそりとつぶやいた。呪い、いわく、幽霊騒ぎ。そんなものとは、一生縁がないにこしたことはない。


 的形に出した茶を片付けるために部屋に戻ると、夜一が豚まんを口に押し込んでいた。この老祥記の豚まんは、かなり小ぶりなのだ。とはいえ、さすがに入れ過ぎだ。もしや、一人で食べ切ろうとしたのではあるまいな……。


「勝手に食うなよ」


 夜一の食い意地に呆れていると。


「んぐっ! ふごぉ……!」


 灼に現場を押さえられたことで、焦ったのだろうか。夜一が豚まんを喉に詰まらせている。トントンと胸元を叩いているので、心優しい灼は手伝ってやった。バシッと強めの一撃を入れる。


「痛い……!」


 涙目になりながら、夜一が灼を睨む。


「灼くんの馬鹿力!」


「死ぬよりマシだろ? 祓い屋が幽霊になるとか、マジで笑えねぇ」


 鼻で笑いながら、灼も豚まんを口に放り込んだ。


 口に入れた瞬間、ジューシーな肉汁があふれる。まだ熱々だった。皮はモチモチだ。豚肉は少し荒めにミンチされており、歯応えがある。


 青ネギが良いアクセントになっている。味付けはシンプルなのだが、その分だけ肉の旨味を感じることができる。


 手が止まらない。ぽいぽいと豚まんを口に押し込みながら、これでは夜一と同じだなと思った。


 夜一が、キッチンから醤油と酢を持ってきた。そのままでも美味しいけれど、つけダレで味変をしても楽しめる。多めの油で揚げ焼きのようにしても絶品だった。


「やっぱり、老祥記やなーー! 美味しい~~!」


「……おい」


「ふぁに?」


 豚まんで頬をぱんぱんにした夜一が、灼を見る。なんと間が抜けた顔なのだろうとドン引きする。


「寧々にも」


 食べさせてやりたい。夜一にそう訴えると。


「ふぁ! ふぉうやな!」


 ひたすら咀嚼して、ごくっと飲み込んでから、夜一は寧々に語りかけた。


「ごめんな、つい夢中になって。寧々も一緒に食べよなーー! ほら、これな。豚まんっていうんやけど。美味しいねんで~~! 小さいから寧々ちゃんも食べやすいんちゃうかな」


 豚まんの包みを、ぐいっとこちらに押し付けてくる。


「あ、でも。気を付けて食べてな。じゅわって勢いよく肉汁が出てくるから。まだ熱々やし、火傷したらあかんで?」


 幽霊に火傷もないだろう。またしても、勢いよく豚まんを頬張る夜一に呆れつつ、こういうときに会話ができる彼を羨ましいと思った。


「……まぁ、でも食べるところを視れるしな」


 寧々は、いつの間にか灼の隣にいた。ソファにちんまりと座り、豚まんを食べている。もぐもぐしている頬が可愛い。決して口に詰め込むことはなく、ひとつ食べ終わってから、次の豚まんに手を伸ばす。行儀が良い。誰かとは大違いだな、と灼は密かに思った。

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