第四章:新緑のきざし
カフェで咲良に引き合わされたあの日、彼の静かな佇まいと飾らない眼差しが、希乃の心に深く残った。その場で次回の約束を言葉だけで交わし、二人きりで会った日のことだ。
少し落ち着いた静かな店内で、彼と向かい合って温かい飲み物を口にする。初対面の時のような身構える感覚はもうなく、彼のまとう穏やかな空気の中に、自分が自然と溶け込んでいくのが分かった。
「私、最近ずっと、むなしい時間を過ごしているような気がしていたんです」
気づけば希乃は、まだ出会って間もないはずの彼に、ずっと胸に秘めていた焦りをぽつりぽつりと漏らしていた。二人きりの空間だからこそ、誰にも言えなかった日々の孤独が、堰を切ったように溢れ出してしまう。
幼い頃から何にも夢中になれず、高校でやっと見つけた光にも見放され、それでも必死に美しさを鎧にして生き抜いてきたこと。それなのに今、その鎧さえも錆びついてしまったように感じて怖いこと。
彼は遮ることなく、ただ静かに耳を傾けてくれた。その真摯な横顔を見つめながら、希乃は思う。
花の色が変わるように、自分の容姿や若さは確かに移り変わっていく。けれど、それは失うばかりのいたづらな時間ではない。ボロボロになりながらも必死に日々を重ね、自分と向き合い続けてきた今の私だからこそ、この人の持つ静かな温もりや、丁寧に紡がれる言葉の価値が、こんなにも深く心に響くのだ、と。
「今日、お会いできてよかったです」
希乃の口元から、自然と柔らかな笑みがこぼれた。あの幼い頃に大好きだった花を眺めていた時のような、純粋で穏やかな心地よさが胸に広がっていく。
窓の外を舞う、最後の桜の花びら。けれどそれは終わりではなく、青々とした新緑の季節が始まるサイン。希乃は彼と視線を合わせ、新しい季節の訪れを感じながら、ゆっくりと会話を紡ぎ始めた。




