暴力
昨夜の乱行の傷跡は、由紀の白い肌にどす黒いキスマークと、指の形の痣となって刻まれていた。
午後二時。リビングに差し込む初夏の陽光が、床に転がったままのシャンパンボトルや、乾燥してこびりついた体液の跡を容赦なく照らし出す。由紀は重い体を引きずり、バスルームの鏡の前に立った。
「……最悪」
鏡の中の女は、死人のような顔をしていた。目の下には濃い隈が居座り、肌はどれほど高級なクリームを塗り込んでも隠せないほど、内側から枯れ果てている。
昨夜、六人の男を搾り取って得た金は、テーブルの上に無造作に置かれた化粧ポーチの中に詰まっている。数十万。普通の感覚なら大金だが、由紀にとっては数日分の「維持費」に過ぎない。
彼女は蛇口を捻り、冷水を顔に叩きつけた。
普通の性愛では、もはや何も感じない。男の欲望を浴び、そのプライドを金に換算して吸い上げる瞬間にしか、自分が生きている実感が持てなくなっていた。
由紀は、スマホを手に取り、ある「特別」なグループチャットを開いた。
『今夜、もっと刺激が強いところ、ない? 飽きちゃった。普通の金持ちじゃ満足できないの』
返信はすぐに来た。相手は、表向きはモデル事務所の社長、裏では「上級国民」向けの非合法なパーティーを差配する狡猾な男だ。
『由紀ちゃん、いいよ。君なら歓迎だ。今夜は「ハント」の日だ。場所は三田の迎賓館跡。ドレスコードは……「獲物」に見える格好で』
夜。由紀は深いスリットの入った、黒のシルクドレスに身を包んだ。
三田の閑静な住宅街。高い塀に囲まれた洋館の地下には、外界の法律が完全に遮断された巨大な空間が広がっていた。
そこは、これまでの「港区の飲み会」とは一線を画していた。集まっているのは、政財界の大物や、その子息たち。彼らは皆、仮面をつけ、品性の欠片もない視線で、集められた女たちを品定めしていた。
由紀は、その場の空気を嗅いだだけで理解した。
ここは、捕食者がさらに巨大な捕食者に食われる場所だ。だが、今の彼女にはその恐怖さえも甘美なスパイスだった。
「君が由紀か。噂以上の『いい肉』だね」
仮面をつけた男が、由紀の肩を抱き寄せた。
男の手は氷のように冷たく、その眼光には慈悲の欠片もない。由紀は、その男の首に腕を回し、耳元で蠱惑的に囁いた。
「私を食べてみたい? 高いよ、私の肉は」
今夜の由紀は、これまで以上に「痴女」としての本能を解放した。
広間のソファで、大勢の観客が見守る中、彼女は仮面の男たちに自らを差し出した。一人が服を剥ぎ、一人が酒を注ぎ、一人が彼女の粘膜を弄ぶ。
由紀は、羞恥心などとうの昔に西麻布の暗渠に捨ててきた。男たちが自分を蹂躙し、その度に「いくらだ」「いくら欲しい」と耳元で札束の額を競り合う声が、最高の快楽だった。
一人の男が、彼女の髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。
「お前、自分が支配してるつもりだろうが、ここではただの『道具』なんだよ。勘違いするなよ、港区のゴミ女が」
罵声を浴びせられながら、由紀の頬を男の熱い液体が汚していく。
由紀は笑った。口内を満たす嫌悪感と引き換えに、彼女の脳内では勝利のファンファーレが鳴り響く。
(ゴミ? そうよ、私は最高のゴミ。あなたたちが一生かかって稼ぐ金を、一夜で使い果たす高価なゴミよ……!)
狂宴がピークに達した頃、由紀は三人の男を連れて、別室の個室へと消えた。
そこは全面鏡張りの部屋。自分の醜態が、無限の連鎖となって四方を囲む地獄のような空間。
そこで行われたのは、もはや行為ですらなく、執拗な破壊だった。
三田の迎賓館跡、その地下に隠された「鏡張りの部屋」。
四方、そして天井までが特殊な強化ガラスで覆われたその空間に足を踏み入れた瞬間、由紀は目眩を覚えた。無数の自分。無数の欲望。そして、無数の「破滅」がそこには映し出されていた。
連れ込まれた三人の男たちは、もはやこれまでのパパたちのような「客」の顔をしていなかった。彼らはこの密室において、由紀を対等な人間とは見なしていない。金で買った、使い捨ての「最高級の肉」としてしか扱わない。
「おい、鏡を見てろ。お前のその自慢の体が、どう汚されていくか、一瞬も見逃すなよ」
リーダー格の男が、由紀の茶髪を乱暴に掴み、壁の鏡に顔を叩きつけた。冷たいガラスに頬が押し付けられ、由紀は歪んだ自分の顔と対面する。
「やっ……痛い、離して……っ!」
由紀の短い悲鳴は、男の冷笑にかき消された。一人が彼女の背後からスリットの入ったドレスを力任せに引き裂く。絹の裂ける鋭い音が、無機質な部屋に響いた。
逃げ場はない。逃げる方向、すべてに自分が映っている。
一人が彼女の腕を背後にねじり上げ、もう一人が彼女の顎を掴んで無理やり口を開かせる。暴力的な太さの肉棒が、喉の奥まで突き刺さった。
「あぐっ……、う、うぅ……!」
酸素を奪われ、涙と涎が鏡の表面を汚していく。由紀の細い首筋には男の指の形に青黒い指圧痕が刻まれ、宝石のように磨き上げたはずの肌が、野卑な手によって蹂躙されていく。
背後からの衝撃が加わるたび、由紀の体は鏡に打ち付けられた。
「痛い……っ! 嫌、もう、やめて……っ!!」
絶叫に近い叫びを上げるが、それは男たちにとって最高のスパイスでしかなかった。由紀は鏡の中に、無様に腰を振られ、髪を振り乱し、鼻水を流しながら喘ぐ「港区の女王」の末路を見た。その姿は、どんなに高級な化粧品でも隠せないほど醜悪だった。
男の一人が、彼女の背中にシャンパンをぶちまけた。冷たさに体が跳ねる。
「ほら、お前が大好きな酒だぞ。体中に浴びせてやるよ」
泡立つ液体が傷口や粘膜に沁み、由紀は獣のような悲鳴を上げた。
「あああああぁぁぁっ!!」
叫べば叫ぶほど、男たちは狂喜した。由紀の苦痛は、彼らにとってのエンターテインメントだった。
一人が彼女の喉元を締め上げ、意識が遠のくギリギリのところで力を緩める。その繰り返しのなかで、由紀のプライドは完全に霧散した。
鏡の中の自分と目が合う。
(助けて。誰か……。違う、こんなはずじゃ……)
しかし、助けを求める視線の先にも、また別の自分が、同じように辱められ、絶望に顔を歪めているだけだった。
数時間に及ぶ拷問のような「遊戯」の末、男たちは満足げに由紀を床に放り出した。
鏡張りの床の上には、こぼれた酒と体液、そして由紀の涙が混じり合い、形容しがたい悪臭を放つ水溜まりができていた。
「……ふぅ、いい運動になった。おい、ゴミ女。約束の金だ、取っとけ」
一人の男が、由紀の顔面に厚い札束を投げつけた。
バラバラと散らばる一万円札。由紀はその数枚が、自分の体液で床に張り付くのを見つめていた。
全身の節々が悲鳴を上げ、股間には焼け付くような熱い痛みが居座っている。声は枯れ、喉からはヒューヒューという掠れた呼吸音しか漏れない。
それでも。
由紀の指先は、震えながらも床の札束へと伸びた。
屈辱、苦痛、絶望。それらすべてを押し殺し、彼女は泥水を啜るようにして、血の混じった涎を拭いながら金をかき集めた。
「あ……あはっ……。ふふ……」
枯れた喉で、由紀は笑った。
鏡に映る自分を見る。ボロボロになった、かつての「港区女子」。
だが、手の中には確かな重みがある。この金があれば、私はまたやり直せる。この傷を消し、この汚れを洗い流し、また高いヒールを履いて、夜の街を闊歩できる。
彼女は鏡に映る無数の自分に向かって、勝ち誇ったように札束を掲げた。
その瞳は、もはや正気を失っていた。
自分が「喰っている」のではなく、この街に、この欲望に、完膚なきまでに「喰い尽くされている」ことに、彼女はついに気づくことができなかった。
朝の光が洋館の隙間から差し込む頃。
由紀は、体液と酒で重くなったドレスを引きずり、一歩、また一歩と、鏡の迷宮から這い出していった。
その背後には、美貌という名の幻影が、無残に砕け散ったガラスの破片のように散乱していた。




