第15話「内部通報制度を作ろう(匿名の勇気)」
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内部通報制度。
誠がその言葉を口にした時、マリーナの反応は予想通りだった。
「……また新しい制度? あんた、制度を作ることしかできないの?」
「制度を作ることしかできません。戦闘力ゼロなので」
「開き直らないで」
「開き直りじゃなくて事実です。——マリーナさん。ルンゲの不正を止めるには、ルンゲの組織の内側から情報を引き出す必要があります」
「それはわかるわ。でも、誰が通報するの? ルンゲに逆らったら殺される世界よ」
「だから、安全に通報できる仕組みを作るんです」
「安全に? この世界で?」
マリーナの言葉には、皮肉ではなく、本物の懸念があった。
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誠は、内部通報制度の設計に着手した。
日本では、公益通報者保護法がある。通報者の解雇を禁じ、不利益な取り扱いを禁止する。——だが、それは法律がある世界の話だ。
この世界には——法律がない。いや、あるにはあるが、貴族が作り、貴族が運用している。ルンゲのような権力者を告発する仕組みは、存在しない。
「必要な要素は三つです」
誠は、羊皮紙にメモを書いた。
「一つ目。匿名性。通報者が誰かを、絶対に特定されないこと。二つ目。安全性。通報した後に報復を受けないこと。三つ目。実効性。通報された内容が、ちゃんと調査されること」
「一つ目と二つ目、両方とも難しくない?」
「難しいです。特にこの世界では」
「何が問題なの」
「魔法です」
エリーゼが口を挟んだ。
「筆跡は変えられる。だが、魔力紋は変えられない。文字を書く時、インクに書き手の魔力が微かに残る。ルカの能力でそれを読めたのと同じで——逆に言えば、敵も同じ方法で通報者を特定できる」
「その通りです。この世界の匿名性は、魔力紋で破られます。——だから」
誠は、ルカを見た。
「魔力紋を消す方法が必要です」
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ルカは、首を傾げた。
「魔力紋を消す? ——うーん。普通は無理だよ。魔力って、一度紙に染みたら残るもん」
「完全に消す必要はないんです。特定できないレベルまで薄めるか、上書きできればいい」
「上書き……」
ルカが考え込んだ。
「あたしの魔法で、他の魔力を重ねて——ううん、それだとあたしの魔力紋が残っちゃう。意味ない」
「では、複数人の魔力を混ぜたら?」
「混ぜる?」
「たとえば、十人分の魔力を一つのインクに混ぜたら。誰の魔力か特定できなくなりませんか」
ルカの目が、光った。
「——あ。それ、できるかも」
「本当ですか」
「うん。魔力って、水に溶かせるの。何人かの魔力を水に溶かして、それでインクを作れば——一人一人の魔力が薄まって、特定は……たぶん無理になる。十人も混ぜたら絶対わからない」
「やってみてもらえますか」
「やる! ——面白そう」
マリーナが横から言った。
「ちょっと待って。その魔力インク、誰の魔力を使うの? 十人分って——」
「ギルドの職員に協力してもらいます。魔力を少しずつ水に溶かすだけです。痛くも痒くもない」
「でも、協力者の中にルンゲの息がかかった人間がいたら——」
「混ざった魔力は分離できません。十人の中に一人スパイがいても、インクからは誰が書いたか特定できない。——それが、匿名性の設計です」
マリーナが、少し感心した顔をした。
「……あんた、たまにすごく頭いいわね」
「たまに?」
「普段は鈍感だから」
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三日後。
ルカが魔力混合インクの試作品を完成させた。
薄い青色のインク。十二人分の魔力が混ぜてある。マリーナのオフィスの職員に協力してもらった。
「これで書いた文字、魔力紋を読み取ってみてください」
誠が試し書きをした。ルカが魔法で読み取る。
「……ぐちゃぐちゃ。何にも読めない。十二人分の魔力がごちゃ混ぜになってて——あたしでも、誰が書いたかわからない」
「成功ですね」
「成功だけど——あたしレベルで読めないってことは、相当よ。普通の魔力感知じゃ絶対無理」
「ルンゲ側の読み取り能力はわかりませんが、少なくとも通常の手段では破れない」
「うん。——あ、でもおっさん」
「何ですか」
「一つ問題がある。このインク、魔力が混ざってるから、時間が経つと分離する。作ってから三日くらいで使わないと——」
「三日。——定期的に作り直す必要がありますね」
「うん。あたしが魔法で撹拌し直せばまた使えるけど」
「ルカに負担がかかりすぎませんか」
「大丈夫。これくらいの魔法、朝の準備体操みたいなもんだから」
「……十一歳の準備体操とは」
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次の問題。通報の受け取り方。
「通報箱を設置します」
「通報箱?」
「匿名で投書できる箱です。商人ギルドの入り口に置きます。魔力混合インクで書いた手紙を入れるだけ。——誰が入れたかわからないように、箱には鍵をかけて、回収は一日一回。開けるのは僕とマリーナさんの二人だけ」
「箱に入れるところを見られたら?」
「だから、場所が重要です。人通りの多い場所——通りがかりに、自然に手紙を入れられる場所に置く。誰が何を入れたか、外からは見えないようにする」
エリーゼが言った。
「ギルドの掲示板の隣はどうだ。依頼書を見に来る人間が毎日数十人いる。その中に紛れて投書すれば、目立たない」
「いいですね。——エリーゼさん、やっぱり現場感覚がある」
「騎士団でも密告箱はある。——機能してないけど」
「なぜ機能してないんですか」
「箱を開けるのが団長だからだ。団長への不満を、団長が開ける箱に入れる馬鹿はいない」
「……教科書に載せたい失敗事例ですね」
「教科書?」
「内部通報制度の設計ミスの典型例です。回収者と利害関係者が同一人物。——僕たちは、それを避けます」
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通報箱は、四日後に設置された。
木製の箱。表面に「意見箱」と書いてある。「通報箱」とは書かなかった。敷居を下げるためだ。
魔力混合インクのボトルと、専用の紙を箱の横に置いた。使い方の説明書も。絵文字入り。識字率を考慮して。
——そして、初日。
箱を開けた。
中に、一枚の紙が入っていた。
マリーナと誠が、期待と緊張の中で広げた。
「…………」
「…………」
紙には、こう書いてあった。
「食堂のシチューがまずい。もう少しなんとかならないか」
「…………」
「…………これは」
「意見箱だもんね。意見が来たわね」
「……はい」
「シチュー、確かにまずいのよ」
「マリーナさん。これ、真剣な通報制度なんですけど」
「わかってるわよ。——でも、一枚目がこれってことは、箱自体は使われてるのよ。入口としては成功じゃない」
「……そう考えれば、そうですね」
二日目。三日目。
投書は増えた。
「商人ギルドの受付嬢の態度が悪い」
「トイレの紙が足りない」
「隣の商会がうるさい」
「……全部、苦情ですね」
「苦情が出るってことは、箱が信頼されてるのよ。匿名で安全だって認知された証拠」
「そう言われると、そうですが——」
「待ちなさい。あんたの仕組みは正しい。——あとは、本当に声を上げたい人が、勇気を出す時を待つだけよ」
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四日目。
箱を開けた時、誠の手が止まった。
いつもの苦情の紙に混じって——一枚だけ、違う紙があった。
魔力混合インクで書かれている。専用の紙ではなく、ちぎったような端切れ。文字は——震えていた。まっすぐ書こうとして、書けなかった跡。
誠は、その紙を広げた。
「ルンゲ卿の郊外の倉庫。夜中に荷馬車が来る。荷物じゃない。人が降りる。鎖の音がする」
それだけだった。署名はない。日付もない。ただ——震える文字で、それだけ。よく見ると、最初の一文字が二度書き直されていた。書こうとして、手が止まって、それでも書いた。その跡が残っている。
誠の手が、微かに震えた。
「……マリーナさん」
「見たわ」
「これは——」
「本物よ。震えてる字が、本物の証拠」
マリーナの目が、鋭くなった。
「ルンゲの郊外の倉庫。——心当たりがあるわ。街の東、旧街道沿いの交易倉庫。表向きはルンゲ家の交易品の保管所。でも、最近は荷の出入りが減ってるって聞いた」
「人が降りる。鎖の音。——奴隷の一時収容所ですか」
「可能性が高いわね」
誠は、紙を丁寧に折りたたんだ。
「エリーゼさんに相談します。——だが、この通報者を守らないといけない。この人は、命を賭けてこの紙を書いた」
「わかってるわ。——だから、慎重に動くのよ。焦って突っ込んだら、通報者が危険に晒される」
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エリーゼは、通報の紙を見て、長い沈黙の後に言った。
「……ここに書かれている場所、知っている」
「知っているんですか」
「旧街道の倉庫群。ルンゲ家が三棟所有している。騎士団のパトロール区域からは——外れている」
「外れている?」
「意図的に外されている。ルンゲの私有地だから、という名目で。だが本当の理由は——」
「見られたくないから」
「ああ。私が赴任した時からずっと、あの区域はパトロール対象外だ。おかしいとは思っていた」
「確認に行けますか」
エリーゼが、腕を組んだ。
「行ける。だが——騎士として公式に動くのは難しい。私有地への立ち入りには、領主の許可か、騎士団長の令状が必要だ」
「令状……」
「この世界に令状制度はある。だが、発行するのは騎士団長。そして騎士団長は——」
「ルンゲと繋がっている」
「直接的な繋がりは証明できない。だが、ルンゲに不利な令状を出すとは思えない」
誠は、頭を抱えた。
「……泥棒に鍵を預ける構図が、ここにもありますね。騎士団の令状制度が、権力者を守る盾になっている」
「令状なしで踏み込めば、こちらが違法だ。——ルンゲの思う壺だぞ」
「わかってます。正面突破はしません。——別の方法を考えましょう」
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誠は考えた。
令状なしで私有地に入れない。だが、倉庫の周辺を調べることはできる。
「エリーゼさん。倉庫の敷地に入らずに、外側から観察することは——」
「パトロール区域外だが、公道からの目視は違法ではない。——通報にある通り、夜間に荷馬車が来るなら、それを確認できる」
「確認したいんです。通報の内容が事実かどうか。——事実なら、それ自体が証拠になる」
「私が行く」
「一人では——」
「一人の方が目立たない。騎士の甲冑は脱ぐ。——私服で、ただの通行人として」
「危険です」
「承知の上だ」
エリーゼの目に、迷いはなかった。
「私は騎士だ。民を守るのが務め。——倉庫に人が閉じ込められているなら、それを見過ごすのは騎士ではない」
「…………」
「お前は仕組みを作れ。私は現場を押さえる。——役割分担だろう」
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翌日の夜。
エリーゼは一人で倉庫の周辺に向かった。
誠は——待つことしかできなかった。
マリーナのオフィスで、帳簿の整理をしながら。だが、数字が頭に入らない。ペンが止まる。時計を見る。また止まる。
ルカが、隣に座っていた。
「おっさん。心配してるでしょ」
「……わかりますか」
「顔に書いてある。——大丈夫だよ。エリーゼさん、強いから」
「強くても、相手が大勢だったら——」
「だから、仕組みで戦うんでしょ。おっさんがいつも言ってるじゃん」
「…………」
「エリーゼさんは、おっさんのために戦ってるんじゃないよ。自分が正しいと思うことのために戦ってるの。——おっさんがそれを止める権利ないでしょ」
十一歳に諭された。
誠は苦笑した。
「……ルカ、いつの間にそんな大人になったんですか」
「大人じゃないよ。——ただ、見てるだけ」
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エリーゼが戻ったのは、深夜だった。
マリーナのオフィスのドアが開いた。エリーゼが入ってきた。表情が硬い。
「——見た」
「何を」
「夜半過ぎに荷馬車が来た。二台。馬車から降りたのは——荷物じゃなかった。人だ。五人。手枷をされていた。うち二人は——子供だった」
沈黙。
「倉庫の扉が開いた時、中が見えた。一瞬だけ。——中にも人がいた。何人かはわからない。だが——鎖の音が聞こえた。通報の通りだ」
誠は、両手をテーブルに置いた。
「……間違いないですね」
「間違いない。あれは交易品の保管所じゃない。人を閉じ込めている」
「証拠は——」
「私が見た。だが、物的証拠はない。私一人の証言では——」
「弱い。ルンゲ側に否定されたら終わりだ」
「ああ」
マリーナが立ち上がった。
「——でも、もう見過ごせないわよ。子供がいるのよ。鎖に繋がれた子供が」
「見過ごしません。でも、焦ったらルンゲの思う壺です。——証拠を固めてから動く」
「証拠を固めてる間に、あの子供たちはどうなるの」
マリーナの声が、震えていた。怒りと焦り。
誠も——同じだった。
子供が閉じ込められている。鎖に繋がれている。今すぐ助けに行きたい。——今行けば、助けられるかもしれない。今夜、踏み込めば。でも——
「令状なしで踏み込めば、こちらが不法侵入になる。ルンゲが被害者になり、僕たちが加害者になる。——そうなったら、もう二度と正攻法では戦えません」
「正攻法で! 子供が鎖に——」
「マリーナさん。——僕だって同じ気持ちです」
誠の声が、低くなった。
「でも。ここで感情に負けたら、ルンゲに勝てなくなる。今助けに行って、証拠もなく踏み込んで——仮にルンゲが一時的に後退しても、すぐに体制を立て直す。もっと巧妙に、もっと見つからない場所で同じことを続ける。——根を断つには、制度と証拠で追い詰めるしかないんです」
マリーナは、拳を握ったまま、窓辺に立った。
「……あんたが正しいのは、わかってる。頭では。——でも、正しさが嫌になる時があるのよ」
「僕も嫌です。——でも、やるしかない」
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翌朝。
誠は、行動計画を立てた。
「必要なのは、令状に代わる法的根拠です。騎士団長が令状を出さないなら——別のルートで正当性を確保する」
「別のルートって?」
「商人ギルドの権限を使います。マリーナさん。ルンゲの倉庫に商人ギルドの物品が保管されている可能性はありますか」
「物品? ——なぜ」
「商人ギルドの財産が不当に保管されている疑いがあれば、ギルドマスターの権限で立ち入り調査ができるはずです。商人ギルドの規約に、そういう条項はありませんか」
マリーナの目が、光った。
「……あるわ。ギルド規約第七十三条。『ギルドの財産または利権が不当に侵害されている疑いがある場合、ギルドマスターは関係施設への立ち入り調査を命じることができる』」
「使えますか」
「使える。——ただし、『ギルドの財産が侵害されている疑い』を根拠として示す必要がある」
「孤児保護基金を通じて商人ギルドの資金が不正に流用されている。その流用先がルンゲの倉庫である可能性がある。——これで十分ではないですか」
「……弱いわね。でも、形式的には通る」
「形式的に通れば十分です。令状と同じで、手続きが大事なんです。——手続きを踏んでいれば、こちらの正当性が保たれる」
「でも、ルンゲが拒否したら?」
「拒否すること自体が、疑惑の証拠になります。正当な調査を拒否する理由は、隠したいものがあるから。——そして、拒否の事実は記録に残る」
エリーゼが、腕を組んだ。
「……あんたの戦い方は、いつもまどろっこしいな」
「まどろっこしいのがコンプラです。——でも、まどろっこしい方が、最終的には強い」
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だが——動く前に、もう一つやるべきことがあった。
通報者の安全確保。
「この通報を書いた人は、ルンゲの組織の内部にいるはずです。倉庫の夜間の様子を知っている人間。——つまり、ルンゲの使用人か、倉庫の管理者か、荷馬車の御者」
「通報したことがバレたら——」
「消されます。——だから、通報箱の仕組みをもっと強化しないといけない」
誠は、新しいルールを追加した。
通報箱の回収時間をランダムにする。毎日同じ時間に開けると、「あの時間に投書した人間」が絞り込まれる。だから、開ける時間を毎日変える。
投書の原本は、すぐに写しを取って複数箇所に保管する。原本が奪われても、内容が消えないように。
そして——通報者への返答方法。通報者に安全を知らせるために、ギルドの掲示板に暗号を掲示する。「本日の食堂の献立:シチュー」が「通報を受理した」の意味。「パンとチーズ」が「追加情報を求む」。
「……食堂の献立が暗号って、誰が考えたの」
「僕です」
「センスないわね」
「わかりやすさが大事なんです。誰もが毎日見る情報に紛れ込ませるのがポイントです」
「食堂の献立をギルドの掲示板に貼るのが、まず不自然でしょ」
「……確かに。では、何がいいですか」
「依頼の掲示板に紛れ込ませなさい。毎日何十件も依頼が貼られるから、一つ二つ紛れてもわからないわ」
「なるほど。——マリーナさん、やっぱり実務家ですね」
「あんたは理論家すぎるのよ」
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その夜。
意見箱に、二通目の通報が入った。
同じ震える字。同じ端切れの紙。
「倉庫の中は二つの部屋に分かれている。手前が荷物。奥が人。奥の部屋には鍵がかかっている。鍵はルンゲの使用人長が持っている」
そして——最後に一行。
「助けてください。もう限界です」
誠は、その紙を長い間見つめていた。
「……助けます」
誰に向かって言ったのかわからない。通報者に。倉庫の中の人たちに。あるいは、自分自身に。
「助けます。——必ず」
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翌日。
誠は、マリーナと共にギルド規約第七十三条に基づく立ち入り調査の申請書を作成した。
文面は誠が書いた。根拠条文の引用、疑惑の概要、調査対象の特定。——一行一行、丁寧に。隙を作らないように。
マリーナがギルドマスターの印を押した。
「これで、正式な調査命令書になるわ。——ルンゲに送りつける」
「送りつけるだけじゃなく、騎士団にも写しを送ります。公式の記録として」
「エリーゼの上司にも?」
「はい。騎士団長が握りつぶそうとしても、複数の騎士が写しを持っていれば、『知らなかった』とは言えなくなる」
「……あんた、本当に腹黒いわね」
「コンプラ担当は、記録で戦うんです」
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調査命令書が、ルンゲの屋敷に届けられた。
同日。エリーゼ経由で、騎士団の五人の騎士に写しが配布された。エリーゼが信頼する同僚たち。全員が、ルンゲへの疑念を持っている者だ。
「これで——もう止められないわね」
マリーナが言った。
「ルンゲが拒否しても、受け入れても。どちらにしても、記録が残る。——そして、記録は消えない」
誠は頷いた。
だが——胸の中に、冷たいものが渦巻いていた。
通報者の「助けてください」が、頭から離れない。倉庫の中の鎖の音。子供の手枷。
——間に合うか。
制度と手続きで正攻法を貫くと決めた。だが、手続きには時間がかかる。その間にも、倉庫の中では——
「是永」
エリーゼの声で、我に返った。
「……何ですか」
「考えすぎるな。——お前にできることは、やっている」
「…………」
「お前にできないことは、私がやる。——忘れるな」
誠は、深く息を吐いた。
「……忘れません」
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同じ夜。
ルンゲの屋敷。
調査命令書が、テーブルの上に置かれていた。
ルンゲは、それを読み終えて——微笑んだ。
「ギルド規約第七十三条。——よく見つけたものだ。あの男、制度の穴を突くのが上手い」
「ルンゲ様。拒否なさいますか」
「いや。受け入れよう」
「受け入れる——?」
「拒否すれば疑惑が深まる。受け入れて、何も見つからなければ——こちらの潔白が証明される」
「しかし、倉庫には——」
「移せばいい。調査の前に」
ルンゲの声は、平坦だった。
「二日あれば十分だ。荷物も、人も。——別の場所に」
「承知いたしました」
「そして——」
ルンゲは、暖炉の前で立ち上がった。
「通報者がいるな。内部から情報が漏れている。——誰だ」
「調査中です。意見箱の設置以降、接触範囲が——」
「急げ。是永を潰すのは後でいい。まず、裏切り者を見つけろ。——裏切りは、許さない」
ルンゲの目から、紳士の温かみが消えた。
そこにあったのは——冷たい、純粋な支配欲だった。
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