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【6/5完結】就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第三章 サクライルドルフ

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第七十九話 みんな、殺る気がすごい

 ジャパンカップから数日後。


 俺はトレセンに来ていた。


「やあ、朔くん」


 厩舎の奥から、岡部さんが穏やかな顔で出てきた。


「お疲れ様です」


「寒い中ごめんねぇ」


「いえ、いつもいつもお世話になってます」


 岡部さんはいつもどおり、穏やかな笑顔だった。


 ……?


 いや、いつもどおり、じゃないかもしれない。


 なんか変だなと思ってると、奥から声が飛んできた。


「馬主ボーイ、こっちこっちー!」


 クロエさんである。


 今日も相変わらず、飄々としていた。


 ……?


 いや、なんか、飄々として、ない?


 なんだろう、なんか二人ともちょっと妙だな。


「おはようございます……」


「おはよー、ルドルフくんも待ってたよ」


 俺はそのまま視線をずらす。


 厩舎の奥。


 いた。


 ルドルフ。


「おはよ、ルドルフ」


「朔さん」


「ん?」


「有馬記念ですね」


 会話がいきなり本題。しかも外面MAX。


 あ、コイツまだ怒ってる。


「いや、有馬記念に出るかどうか決めるために俺来たんだけど」


「出ます」


「待てや」


 気が逸りすぎだと思ったが、どうやらそれはルドルフだけじゃないらしい。


「え、僕は絶対出ると思ってたけど」


「そうだね。ジャパンカップの疲れも上手に抜けてるし、朔くんがどうしてもと反対しなければ出すつもりだったよ」


 クロエさんに岡部さん……。


 あ、違和感わかった。


 二人とも笑っている。


 笑っているのだが。


 ……うわぁ。


 なんか笑顔の奥がめちゃくちゃ燃えてる


 クロエさんが、目だけ笑ってない笑顔のまま、付け加える。


「ビールの主戦の人がね、ちょっとだけ自慢してきたんだよね」


 ちょっとだけ。


 その言い方が逆に怖い。


「『いやぁ、あの最後のひと伸びはビールが偉かったですねぇ』とか」


「あー……」


「しかも『最後までほんとしぶとかったですねえ、ルドルフ』って爽やかに言いながら、顔が『見たか!』だったんだよ」


「うわぁ」


 それはそれでかっこいい。


 ビールの騎手さんは、俺が“日本で一、二を争うくらい上手い”と思っているもう一人だ。


 最近だと競馬場やデパートでその人のAIと話せたりするらしい。


 ……正直、機会さえあればサインもらいたい。


 でも、俺も命は惜しいから今はその考えを必死に封印する。


 クロエさんが、ふわっと笑ったまま続ける。


「別にね、仲悪いわけじゃないし、すごい騎手だし、尊敬もしてるんだけどね」


「はい」


「でも、だからこそ負けっぱなしは嫌だよねー」


 その言い方が軽いのに、内圧が高い。


 炭酸飲料みたいな人だな。


 岡部さんも、そこで小さく息を吐いた。


「まあ、僕も同じだねえ」


「岡部さんまで」


「だって悔しいじゃないか」


 穏やかな顔のまま、さらっと言う。


「だって、朔くん新聞見たかい?」


「あ、はい。まあ、見てます」


 岡部さんの表情が一番怖いかも。


「ビール陣営は『メンコと勝負服の柄お揃いにしたんですよ!』だって。

 楽しそうだよね。……その余裕消してあげようね」


「岡部さん?」


 怖いって。


「うんうん、しかも、ゴールデンビールは有馬記念で引退だってね……勝ち逃げは許さない」


「クロエさん?」


 うわぁ。


 二人とも普段は“余裕のプロ”の顔してるじゃん。


 その二人が、腹の底で燃えてるのが見えるって、怖い。


「なんか……」


 俺の背中にぞわっとしたものが走った。


 ああ。


 そうか。


 この人たち、“勝つのが仕事”の人たちだ。


「……皆さん、ムカつくけど楽しいって感じの雰囲気ですね」


 クロエさんと岡部さんが顔を見合わせて笑う。


「そりゃそうだよー、勝負師だもん」


「強い馬を見ると楽しい。でもそれはそれとしてやられっぱなしは性に合わないんだよ」


 やっぱ怖いな、この人たち。


 いや、俺も金持に自慢されまくって「やり返したい」と思ってないとは言わないけど。


 ルドルフは、その会話を聞いて、なんかすごく嬉しそうだった。


「ほら」


「何がだよ」


「みんなちゃんとわかってる」


「何を」


「泣かせるべき相手が誰か」


「その共有の仕方やめろ」


 完全にチームの目標みたいに言うな。


「でもルドルフ、ジャパンカップ終わった後、かなり楽しそうだったじゃん」


「そんなことない」


「ビールとトニーと遊んで楽しかったんだろ?」


「……あいつらが中々やるのは認めてやらなくもない」


 めんどくさいな、コイツ。


 まあ、でも。


「気合入れすぎて去年みたいに腹壊したり、練習しすぎて怪我したりするなよ?」


 このあたり、ほんとに大事だ。


 勝つとか負けるとか以前に、まず無事でいて欲しい。


 ルドルフは、少しだけ胸を張った。


「任せてください。絶対勝ちます」


「ちゃんと会話して?」


「え?」


「会話になってないのよ」


 心配したのに、返事が「絶対勝ちます」なの、ただの決意表明なんだよ。


 するとルドルフは、不思議そうに首を傾げた。


「馬に会話を求める朔が悪いのでは?」


「今更それ言うの!?」


 こいつ、今度聞こえないフリしてやろか。


 ……拗ねたらめんどくさいからやめておこう。

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