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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第三章 ???

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第五十七話 負けたら修行の旅に出るのは定番っちゃ定番

 ダービーが終わって三週間経った。


「さくー!なんか男の人ふえたー?」

「ふえたー!」

「わーい!」

「まつー!たけー!うめー!」

「やったー!」


 今年の当歳も例年どおり元気だ。


 うるさいけど。


 少し離れたところでは、一歳馬たちが人手が増えたことに対して好き勝手言っていた。


「なんか最近、世話する人間多くない?」

「梅さんは、お喋りしてくれる」

「松さんは草出すの早い」

「竹さんは撫でてくれた」

「じゃあいいか」


 馬も案外、環境の改善には敏感である。


 環境と言えば、本当に全員男性で弥生ちゃん働きづらくないだろうか?


 いなくなられると……困るので、少し心配だ。


 だが、人手があるって本当にありがたい。


 こんなふうにぼんやり考え事する余裕すらある。


 ダービー前から雇い始めた松さん、竹さん、梅さん。


 それに、農業高校から来てもらっている男子たち。


「……人って、増えるとこんなに違うんだな」


 思わずぽつりとこぼすと、柵の向こうからストーンが鼻を鳴らした。


「坊主」


「ん?」


「今さらかい」


「今さらだな」


 ストーンは最近“ダービー馬の母”という肩書が増えた。


 本人も、たぶんまんざらでもない。


 その時だった。


 放牧地の奥から、やたら元気な声が飛んでくる。


「朔ーーー!!」


 ルドルフである。


 無敗の二冠馬。


 そして現在、桜井牧場で二番目にうるさい馬。


「なに」


「なんか今日は空が広い!!」


「いつも広いよ」


「でも今日は特に俺向き!!」


「何その理屈」


 ルドルフはダービーのあと、一旦牧場へ戻ってきている。


 夏の間はここで休養して、秋から再始動の予定だ。


 本人はというと、大変元気である。


 少し落ち着け。


「俺、今なら地の果てまでも走れそう」


「果ては海だ」


「じゃあそっから飛ぶ」


「お前の場合、冗談に聞こえないんだよ」


 柵飛び越えた時、弥生ちゃんにめちゃくちゃ怒られただろ。


 その横で、クラウンがいかにも先輩面した声を出す。


「ふっ。二冠馬の余裕というやつだな」


 相変わらず一番うるさいのはクラウン。


 もう名誉殿堂入りしてもいいのかもしれない。


 ルドルフが、いかにも面倒くさそうな顔でクラウンを見る。


「クラウン、また乗馬のお仕事サボってきたの?」


「サボってない!!見ろ!この乗馬施設で身に着けた愛嬌!」


 クラウンが胸を張って“子ども受けのいい角度”で首を傾げたのがちょっと腹立つ。


「くらうんにーちゃん、うるさーい」

「またしゃべってるー」

「なんかすごいふりしてるー」

「そのかおへーん」


 うちの当歳たち、容赦がない。


 クラウンがショックを受けたように耳を伏せる。


「……教育がなってないな」


「お前が言うのか」


 そこにルドルフが、いかにも呆れてますという顔で口を挟んだ。


「クラウン」


「ん?」


「看板というより、マスコットじゃない?」


「ルドルフーーーー!!!!」


 クラウンが吠えた。

 うるさい。


 はい、今日も牧場は平和です。



 午前の作業が一段落して、俺が昼飯を終えた頃だった。


 明らかに上品なエンジンの車が牧場の入口で止まった音が聞こえた。


「……来たな」


 この音は知っている。


 外へ出ると、たぶんというか、やっぱりだった。


「やあやあ!元気かね、小さい牧場のダービー馬主くん!」


 金持だった。


 今日もうるさいな。


「うるさいな」


「第一声がそれかね!?せっかく遊びに来てやったのに!」


「遊びに来たのかよ」


「もちろんだとも。あと愚痴を言いに来た」


 めちゃくちゃわかりやすい。


 そんな会話をしつつ、当たり前のように放牧地に向かって歩くと、

 何かを察したのか、柵の向こうから、ルドルフものそのそ近づいてきた。


 金持は、そんなルドルフを眺めたあと、深く息を吐いた。


「認めよう」


「何を?」


「ルドルフは強い」


「それは知ってる」


「ゴールデンビールを二回負かしたんだ、認めないわけにはいかない!」


 だいぶ悔しそうだった。


「ただし!」


 金持が指を一本立てる。


「ダービーで終わりだと思うなよ!」


「誰も思ってない」


「ゴールデンビールはまだ終わらない!」


 その声に、ルドルフがぴくっと耳を動かした。


「ほう」


「秋は海外へ行く」


 ルドルフが「え?」みたいな顔をしているが、俺も初耳だった。


「海外?」


 素直に聞いてしまう。


「そうだ!菊花賞は目指さない」


 思わず、へえ、と声が出た。


「そうなんだ」


「意外かね?」


「ちょっと」


 菊花賞でまた戦うのかな、となんとなく思っていた。


 でも、金持は「教えてやろう」といった顔で続けた。


「理由は二つ」


「うん」


「一つは、芝だ」


 金持が、少しだけ得意げな顔になる。


「ビールは、たぶん洋芝の方が合う」


 あー、つまり、アレだ。


 ステータス画面の芝適性のゲージが、こう、右の方にある感じ。


「へえ」


「欧州の芝は、日本の芝より深く、走るのにパワーがいる。そして、ビールにはそのパワーがある」


 なるほど。


 正直、俺はその辺のことはまだ全然わからない。


 でも、ゴールドファームがそう言うなら、そうなんだろう。


「もう一つは」


 金持が少しだけ悔しそうに口を曲げた。


「三千は、たぶん長い」


「あー」


「そして、それなら、適正距離で世界とやり合った方が面白い!」


 悔しさもある。


 でも、その悔しさごと次のロマンに変換してる。


「面白そうだな」


 そこは素直にそう思う。


 ダービーの先で、ルドルフが国内の三冠路線。


 ビールが海外遠征路線。


 漫画みたいだな、と思う。


「羨ましいかね?」


 金持が、少し意地悪そうに聞いてくる。


「……ちょっとは」


「素直でよろしい!」


 だって、なんかカッコイイなとは思うもん。


 そこにルドルフが、不満げに口を挟んできた。


「ビール逃げるの?」


「おい、ルドルフ」


「だってつまんない」


「お前、ゴールデンビール大好きだな」


「大嫌い」


 めっちゃ気になる顔してんじゃん。


「察するにルドルフが何か言ってるのだね?」


 金持が俺に聞いてくるが……まあ、いいか。


「ルドルフが『ビールは逃げるのか?』だってさ」

「それは違うぞ、ルドルフ!!」


 金持が食い気味に答えてくる。


 わかってるから。

 俺に近づくな。ルドルフに言え。


「見ていたまえ!ビールが海外で強さを証明する姿を!そして帰ってきて君を倒す!!」


「ふぅん。じゃあ、朔。ビールに伝えるように言って。

 『私以外に負けるなんてダサいことしないでくださいね?』って」


「うわぁ」


 こいつ、本当にこいつ……。


「金持」


「なんだね?」


「ルドルフがビールに『私以外に負けるなよ?』って伝えてってさ」


 そう伝えると。金持は数秒黙ってから、にやりと笑う。


「結構」


「結構なのか」


「ビールに伝えよう。『向こうで勝たないと皇帝に笑われるぞ』と」


「それ、絶対やる気になるだろ」


「なるに決まっている」


 楽しそうだな。


「だったら、ルドルフ。君は菊花賞で負けたら、ビールに教えるからな」


「私が負ける?あり得ませんね」


 金持にはルドルフの言葉はわからないはずなのに、一頭と一人は何故かドヤ顔で張り合ってる。


 まあ、楽しそうだから通訳しなくていいか。


 でも、海外かぁ。


「海外遠征って、やっぱり大変なんだろ」


 俺が空を見ながら聞くと、金持は頷いた。


「輸送も、環境も、馬場も、空気も、全部違う。簡単じゃない」


「うん」


「だが、それでも行く価値はある」


 すごいな。


「……なあ」


 金持がぽつりと言った。


「なんだ」


「楽しいな」


「なにが」


「馬」


 そう言って、少しだけ笑った。


 悔しそうで、でも楽しそうな顔。


「だな」


 俺も、素直にそう思えた。


 そう思えたことに少し驚いた。


「人生って、わからんよな」


「今さら何を」


「だってさ」


 少し笑う。


「数年前まで、俺、商社マンとして働くつもりだったんだぞ」


「似合わないね」


「失礼だな」


「でも、牧場主はまあまあ似合うよ」


 金持がそう言った。


 それはちょっとだけ、嬉しかった。


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― 新着の感想 ―
ビール、凱旋門賞狙いか、いいねえ。 勝てれば、三冠馬以上のステータスやど ルドルフも有馬まで勝てたら、年明けには中東遠征でサウジ→ドバイと制するんや。そして欧州へ・・・
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