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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第二章 ミスタークラウン

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第二十二話 そして伝説へ…

 函館競馬場の芝千二百メートル、新馬戦。八頭立て。


 観客席は、思ったより人が多かった。


 新聞を見てるおっちゃん。

 ビール片手のお兄さん。

 カップル。

 家族連れ。

 競馬場って不思議だ。


 岡部さんが隣に来る。


「緊張してる?」


 隣で岡部さんが笑う。


「してます」


「だよねえ」


「岡部さんは?」


「してるよー。毎回」


「毎回ですか」


「毎回」


 さらっと言うなあ。


 でも、そうか。

 調教師さんでも毎回緊張するのか。

 そりゃそうか。


 走るのはクラウンで、乗るのは騎手さんで、見るしかできないのは、なんかこう、落ち着かない。


 見に来ないで静内で仕事してた方が気楽だったかもしれない。


 いや、絶対後悔するな。


 見に来てよかった、たぶん。


 ゲート入り。


「……よし」


 心の準備なんてたぶん意味はない。


 でも一応、身構える。


 デビュー戦なんて、何が起こるかわからない。


 スタートで立ち遅れるかもしれない。

 行きたがりすぎるかもしれない。

 逆にびびるかもしれない。


 ファンファーレが鳴る。


 ざわ、と観客席の空気が一段変わる。


 ああ、これ。

 馬主とか調教師とか騎手じゃなくても、見てるだけでちゃんと胃が痛くなる奴だ。


 競馬ファンって毎週よくこれやってるな。


 ガシャン!


 ゲートが開いた。


 八頭が一斉に飛び出す。


「お」


 思わず声が出る。


 すごい出遅れるか、逆に行きすぎるかのかと思ってたが、思ってたよりちゃんとしている。

 道中も、少し力みはあるけど、ちゃんと前を見て走っている。


「いいねえ」


 岡部さんも少しだけほっとした声を出す。


「よかった……」


 こっちはマジでそこからだったんだよ。


 芝の上を、若い馬たちが一斉に駆け抜ける。


 ……早い。


 ストーンの時も思ったが、やっぱり、実際に見ると速い。


 ゲームだとボタン押して眺めてるだけだけど、現実は普通に速いし、普通に怖い。


「短いな……」


「短いよ」


 思わず呟くと岡部さんが笑って答えてくれる。


「新馬の千二なんて、考える間もなく終わる」


 いや、本当だな。


 コーナー。


 直線。


 もう来た。


 早い。


 早すぎる。


 1200mなんて、馬たちにかかれば1分ちょっとなのだ。


 直線。


 クラウンが前へ出る。


「行くぞおおおおおおおおおお!!!これが伝説の第一歩!!!」


 みたいなことを叫んでいるのが、なんかこっからでもわかる。


 バカ、叫んだらスタミナ消費するだろ……


「クラウン!」


 思わず声が出た


 ここで抜けるか、と思った。

 いや、マジでちょっとだけ思った。


 そのまま押し切れ――


 と思った瞬間。


 でも、その外から。


 ゴールデンウイングが、ぬるっと来た。


 ほんとにぬるっと来た。

 何だその脚。お前、さっきまでのんびりしてたじゃん。


 クラウンがその横で「は!?なんで!?」みたいな顔をしてるのが、遠目でもわかる。


「うわ」


 思わず変な声が漏れた。


 なんだあれ。


 脚色が違う、ってこういうことか。


 クラウンも負けじと食らいつく。


 でも、そこから先は、やっぱり競馬だった。


 クラウン、食らいついてる。


 ちゃんと食らいついてる。


 ゴールデンウイングの後ろ。


 差はあるけど、離れてはいない。


「おお」


 これは、普通にすごい。


 初戦でこれは十分じゃないか?


 でも――


 でもな。


 ゴールデンウイング、伸びる。


 無理してる感じじゃないのに、すっと伸びる。


 クラウンも伸びる。


 でも、ちょっとだけ差がある。


 そのまま。


 そのまま――


『ゴールデンウイング先頭!内でミスタークラウンも食い下がる!しかし!ゴールデンウイング!ゴールデンウイング一着!二着ミスタークラウン!!』


 ゴール。


 結果。


 一着、ゴールデンウイング。


 二着、ミスタークラウン。


「……おお」


 うん。


 ……うん。


 いや、普通にすごいな?


 デビュー戦で二着。


 八頭立てとはいえちゃんとしたメンバーで、その中でしっかり二着まで来た。


「いい競馬だったねえ」


 岡部さんが、満足そうに言った。


「はい」


 俺も頷く。


 いや、本当に。


 これ、普通に期待できるんじゃないか?


 クラウン、ちゃんとやれるじゃん。


「いや」


 俺が先に口を開いた。


「普通にすごくないですか、二着」


「すごいよ」


 岡部さんも笑っていた。


「かなりちゃんと走れた。これはいいデビューだったと思う」


 ですよね。

 

 正直悔しいと言えば悔しい。


 でも、十分だ。

 十分なはずだ。


 でもまあ。


 クラウン自身は、たぶんそう思わないだろうな。



 観客席から降りて、走り終わったクラウンを迎えに行く途中の通路で、さっきのゴールドファームの厩務員さんに出会った。


「おつかれさまです、一着おめでとうございます」


 厩務員さんが苦笑しながら頭を下げてくれる。


「ありがとうございました。坊ちゃんがいたらたぶんすごく自慢してました」


 容易に想像できるな。


「本人いなくてよかったかもしれませんね」


「そうですね……たぶん、かなり」


 そこは一致するんだ。


 そんな会話をしながら歩いていると、ゴールデンウイングが戻ってきていた。


「あ、おにーさん」


「あ、おつかれ。速かったな」


「勝っちゃったー」


「勝っちゃったな」


「えへへー」


 なんだその反応。


 腹立つくらい可愛いな。


 厩務員さんも嬉しそうだった。

 そりゃそうだ。


 初戦勝ちだもんな。


 その後ろから、いかにもこの世の終わりみたいな顔をしたクラウンがやってきた。


「くそぉぉぉぉ!!俺の無敗三冠ロードが開幕一戦で閉じたぁぁぁぁ!!」


 声量がでかい。


 たぶん周りの人間にはただのブヒヒヒヒにしか聞こえてないけど、俺には完全に叫びとして届く。


 岡部さんが隣で、少しだけ苦笑した。


「元気だねえ」


「元気ですね……」


「まあ、あれくらい悔しがれる方がいいよ」


「そんなもんですか」


 たしかに。


 悔しいと思えるなら、次がある。


「いやあ、でも、思ってたより素直に走ってくれたよ」


 騎手さんが苦笑しながら、岡部さんと俺に教えてくれる。


 そっか、素直に走ってたのか。


「普段の調教も真面目だからね」


 岡部さんも褒めてくれているが、その間もクラウンはうっさい。


「くっそぉぉぉぉ!!俺のビクトリーロードの入口が工事中なんだけど!?」


 意味がわからん。


 でもまあ。


 そのくらい元気なら、大丈夫だろう。


 横でゴールデンウイングが、のんびり言った。


「楽しかったねー」


 温度差がえぐい。


 クラウンがぐるっと首を振る。


「お前なあああああああ!!」


「なんだその余裕は!!」


「え、勝ったからかな?」


「くそおおおおおおおお!!!!」


「また一緒に走ろーね」


 クラウンはピタッと静かになり、一瞬だけむっとした顔をして、それから悔しそうに鼻を鳴らした。


「……その時はお前ぶっちぎるからな!!」


「うん、がんばろーねー」


 相性悪そうで悪くないな、この二頭。


 一着を取ってほしかったという欲張りな気持ちがなくはない。


 でも、それよりも先に、無事に帰ってきてくれてよかったという気持ちと、

 “クラウン、ちゃんとやってえらいぞ”という気持ちの方が強かった。


「くそぉ……俺の予定だと、ここで圧勝して、函館の客が『な、なんだあの馬は!?』ってざわついて、それで……」


「理想が高い」


 さて。


 クラウンがブツブツうるさいけど、それはそれ。これはこれ。


 海沿いの美味しい回転ずし食べに行こ―っと。


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