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追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第6章:崩壊 ――勇者最終編

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第63話:都市決戦

 剣を振り下ろしたあとも、カイルの呼吸は一切乱れていなかった。


 砕けた石畳に横たわるレインを一瞥しただけで、彼はそっと天を仰ぐ。顔には怒りも憎しみも浮かんでいない。そこにあるのは、ただ“目的”だけだ。


「不完全な世界は、不要だ」


 無機質な声が、広場一面に乾いた響きを残す。


 カイルは剣を真上に掲げた。刀身の先端から、黒い魔力が静かに滲み出す。最初は細い煙のようだったそれが、瞬く間に濃密な霧となり、空の一点に吸い込まれていく。


 空が、音もなく“ひび割れた”。


 薄いガラスを上から押したように、青空の一部がぐにゃりと歪み、蜘蛛の巣状の裂け目が広がっていく。裂け目の縁からは黒い光の筋が漏れ、昼だというのに周囲が一段暗くなった。


「やめろ……!」


 レインは呻くような声を絞り出して手を伸ばす。間に合わないと分かっていても、身体が勝手に動いた。


 カイルの腕が、迷いなく振り下ろされる。


 黒い閃光が、空から地上へと一気に落ちた。


 次の瞬間――都市の半分が、同時に悲鳴を上げるように爆ぜた。


 中心街へ向かう石造りの塔が途中から折れ曲がり、崩れた瓦礫が大通りを埋め尽くす。道路は亀裂に沿って大きく裂け、家々の壁は内側から破裂したように吹き飛び、炎があちこちから噴き上がった。


「きゃっ……!!」


 衝撃波に煽られ、フィアの身体がよろける。

 耳の奥で、何かが破裂したような痛みが走る。人々の悲鳴と建物の崩れる轟音、炎の爆ぜる音が一斉に押し寄せてきた。


「嘘だろ……一撃で……こんな……!」


 立ち上がりざまに見た光景に、レインの喉が凍りつく。

 ついさっきまで日常が息づいていたはずの街並みが、わずかな時間で地獄に変わっていた。


 瓦礫に押し潰される家。

 崩れ落ちる橋。

 逃げ惑う人々の頭上に、なおも小さな石片が雨のように降り注ぐ。


【モノローグ/レイン】

 「……これが……“世界破壊因子”としての勇者……」


 胃の奥がひっくり返りそうな感覚を押し殺し、レインはすぐさま視界を切り替えた。


《ワールド・ログ 起動》


 炎と煙の向こう側に、淡い光の文字列が幾重にも重なっていく。

 生きている者、死にかけている者、まだ危険に気づいていない者――この街にいる人々の“未来”が、冷たい数値で並んでいく。


【市民ログ】

危険予測:多数

死亡フラグ:連鎖発生中

崩落予定:複数地点同時


「フィア、右側の通りへ! 生存者が固まってる!」


 レインは自分の視界に表示された光点の群れを指さすように叫んだ。

 フィアは驚きと恐怖の色を宿した瞳のまま、それでも迷いなく頷く。


「はいっ……! 《運命共鳴・範囲拡張》!」


 フィアの胸元から、柔らかな光が波紋のように広がった。


 彼女の視界にも、淡い輪郭を持った“危険の揺らぎ”が浮かび上がる。

 屋根の縁に赤い線。

 亀裂の入った壁に、崩落までの猶予時間。

 落ちてくる予定の瓦礫や、今にも割れそうな地面の情報が、白い息のような光で示される。


「レインさん! あの家の左側が崩れます!!」


 フィアの声が震えながらもはっきり届く。

 レインは振り返り、示された家の前まで駆けた。


 家の中では、家族が慌てて荷物を掴んで出口に向かっているところだった。

 左側の壁に走る亀裂は、見ただけでは危険なのかどうか判断しづらい。だが、ログは迷いなく赤く点滅していた。


【対象:家屋構造】

崩落予測:8秒後

危険度:高


「全員外へ! 今すぐ!!」


 レインは扉を蹴り開けるようにして飛び込み、父親らしき男の腕を掴んで引っ張る。驚いた表情のまま、男は家族を追い立てるように外へ飛び出した。


 最後の子どもを抱き上げて外へ出た瞬間、胸の奥でタイミングが重なる。


 ドン、と鈍い音がして、家の左側がまるごと内側へと崩れ落ちた。


 粉塵が吹き上がり、レインたちは思わず目を閉じる。

 振り返った先にあったのは、さっきまで人が暮らしていた形跡をほとんど留めていない瓦礫の山だった。


「……助かった……」


 父親が膝から崩れ落ち、何度も頭を下げる。

 その姿を視界の端に収めるだけで、レインは次の場所へと走り出した。


 


 遠くで、カイルがゆっくりと歩み始める気配がした。


 一歩進むたびに、彼の周囲の石畳が黒く染まり、表面が腐食したように崩れていく。

 その足跡は、まるで世界そのものを塗りつぶす“黒いペン”の跡のようだった。


「……雑音が多いな」


 淡々とした声が、炎と煙の中に浮かぶ。


「消去する」


 カイルが片手を、何気ない仕草で横に振った。

 その動きに合わせて、黒い風が街路を走り抜ける。


 風が通り過ぎた後には、家の列そのものが“消えて”いた。


 残っているのは、輪郭の崩れた地面と、黒く焦げた跡だけ。

 そこに何があったのか、もう想像するしかない。


「クソッ……! あいつ、本気で破壊してる!!」


 ゼクトが歯噛みし、剣を握りしめる。

 その横顔にも、焦りがはっきり浮かんでいた。


「カイルを止めなきゃ……都市全体が崩壊する!」


 レインは視界に流れ続けるログを睨みつける。

 赤い警告が止まる気配はなかった。


 


 火の粉が舞い、割れたガラスが地面の上で音を立てて転がる。


 通りの向こうから、少年の泣き声が聞こえた。

 振り返ると、小さな影が一人、崩れかけた壁の傍で立ちすくんでいる。


【対象:少年】

未来:死亡(瓦礫圧死)

残り猶予:10秒

原因:頭上梁崩落


「そこから動くな!」


 レインは一気に間合いを詰める。

 少年の頭上の梁には、目に見えるほど大きな亀裂が走っていた。


 腕を伸ばし、身体ごと抱きかかえる。


 その瞬間、耳のすぐ上で、何かが折れる嫌な音がした。

 振り返るより早く、梁が落下し、さっきまで少年が立っていた場所を粉砕する。


「ひっ……!」


 これがあと一歩遅れていれば、血と骨の色しか残らなかっただろう。

 少年は状況を理解しきれず、ただ声にならない声を漏らしてレインの衣を掴む。


「大丈夫だ。走れるな? あの広場の端まで行って、誰か大人を探せ」


 少年の未来ログが、静かに書き換わるのを視界の端で確認する。


【変更前】死亡

【変更後】軽度の心理的ショック/生存


 息をつく暇もなく、次の赤い文字が飛び込んできた。


【対象:老人】

未来:炎上 → 死亡

猶予:15秒

位置:西側路地


「フィア! 火を止めてくれ!」


 レインは路地の方角を指さしながら叫ぶ。

 フィアはすぐにそちらへ向かって駆け出した。


「《エアロ・ウォール》!!」


 彼女の前方に、透明な風の壁が展開される。

 火の粉と煙が壁にぶつかり、舐めるように左右へ散っていく。

 路地の奥でうずくまっていた老人が、驚いたように顔を上げた。


「こっちです、早く!」


 フィアは手を伸ばして老人を引き上げる。

 燃えさかる家々の間を縫うように、二人の姿が揺れた。


 救っても、救っても、赤い警告は途切れない。


 レインの視界は、もはや半分以上が警告ログで埋まっていた。


【都市被害率:上昇中】

【死者推計:増加】

【世界安定値:低下】


【モノローグ/レイン】

 「……全部は……間に合わない……。

  それでも、手が届く範囲だけは……!」


 


 黒い足跡が、また一つ増える。


 カイルが顔だけわずかに動かし、レインのいる方向へ視線を向けた。

 燃え上がる炎も崩れた塔も、その瞳には何の価値もないと言わんばかりだった。


「……無駄なことを」


 静かな声が、暴風の轟音の中でもはっきり聞こえる。


「“救う”行動は、世界の安定を妨害している」


 カイルは剣を横に構え、黒い魔力が刀身に収束していく。

 その色は、さっきよりもさらに濃く、深くなっていた。


「来る……ッ!!」


 レインは即座にログを展開する。


【勇者行動予測】

攻撃種別:大範囲斬撃

対象:都市構造/生存者集団

街区破壊率:78%

回避不能:90%


【モノローグ/レイン】

 「……街区ごと……斬り捨てる気か……!?」


 どこへ逃がしても、範囲から外しきれない。

 予測の円が広すぎる。

 このままでは、まだ避難が済んでいない人々が一度に飲み込まれてしまう。


「避けられない……!? くそっ……!」


 歯を食いしばる音が、自分の耳にまで聞こえた。


 


 そのとき、フィアの身体から溢れる光が、一段と強くなった。


 彼女の瞳が、大きく見開かれる。

 涙で濡れたその目が、まっすぐレインだけを捉えていた。


「レインさん……」


 震える声。

 しかし、その奥には揺るがない何かがあった。


「絶対に……死なせない……!!」


 胸元の紋章が、眩い輝きを放つ。


《運命共鳴:保護領域展開》

対象:レイン・アルトリウス

危険未来:強制改変処理

成功率:58% → 処理中


 空気が、一瞬だけ凍りついたように動きを止める。


 レインの足元から、見えない何かが持ち上がるような感覚が走った。

 自分の位置が、世界からほんの少し“浮かされる”ような違和感――。


 黒い斬撃が、世界ごと横一文字に切り裂いた。


 街区の中心が、音もなく吹き飛ぶ。

 遠くの建物の屋根や、離れた塔の上部さえもまとめて削ぎ落とされる。炎も煙も、風もろとも黒い光に巻き込まれ、空へと巻き上げられた。


 レインは、ほんの紙一重の差で、その軌道から外れていた。


「っ……!」


 頬に熱い痛みが走る。

 避けたはずの刃の縁が、ぎりぎりで肌を掠めたらしい。


「助かった……!? フィア……君の力……!」


 振り返ると、フィアは膝をつき、肩で荒い息をしていた。

 顔色は真っ青で、それでもレインを見つめる瞳だけは消えそうにない灯火を宿している。


「レインさん……まだ……まだ……救えます……!」


 震えながらも、彼女はそう言った。


 その言葉が、苦しいほど真っ直ぐ胸に刺さる。


【モノローグ/レイン】

 「……ここで折れたら、本当に全部終わる……。

  救い損ねた命も……救えた命も……全部、無駄になる……!」


 


 しかし、現実は容赦なく押し寄せる。


 遠くで塔が崩れ落ち、別の場所では地面が割れ、底の見えない穴が口を開ける。

 街路の一部が黒い霧に覆われ、人々が咳き込みながら倒れていく。


【環境ログ】

大気汚染度:上昇

地形安定値:低下

都市被害率:62%


「……都市が……死ぬ……!」


 レインは奥歯を噛みしめ、唇を切った。

 血の味が口いっぱいに広がる。


 


 そのとき、またしても勇者の視線がレインを捕らえた。


 周囲で逃げ惑う人々の姿は、彼の目には一切映っていないかのようだった。


「排除」


 短く、冷たい声。


 カイルはゆっくりと剣を構え直し、その切っ先を、今度は市民の密集している方向へ向けた。

 黒い魔力が、刀身に渦を巻くように集まっていく。


「やめろぉぉぉぉぉ!!」


 レインは叫びながら、視界を深く沈めた。


《ワールド・ログ 起動》

《深層ログアクセス》


 勇者の未来ログが、ノイズまみれのまま姿を現す。

 黒い線と白い線が複雑に絡み合い、その一つ一つが“破壊の結果”を示していた。


【勇者行動予測】

次撃:広域破壊斬撃

対象:市民集中エリア/構造物

死者推計:多数

回避:通常行動では不可能


【モノローグ/レイン】

 「……このままじゃ……守り切れない……!」


 胸の奥で、決断が形を取る。

 安定値の低下も、バグ率の上昇も、その後に生まれる歪みも――全部理解している。

 それでも、今この瞬間に目の前で消える命を、ただ見過ごすことなどできなかった。


「フィア……!」


 レインは苦しいほどの声で、彼女の名を呼ぶ。


「僕と……未来を“繋いで”くれ!!」


 フィアは驚いたように目を見開き、すぐに頷いた。

 その瞳には、迷いはない。


「はい……! レインさん……私が導きます……!!」


 彼女はレインの手をぎゅっと握りしめる。

 指先から指先へ、熱と光が流れ込んでくる感覚があった。


《運命共鳴:リンク同期》

リンク対象:レイン・アルトリウス

共鳴率:78% → 82%

干渉領域:拡大


 世界の輪郭が、二人の間で重なっていく。


 レインの視界に映っている未来と、フィアの胸の奥に響く“揺らぎ”が重なり合い、一つの線を描き始める。


【モノローグ/レイン】

 「……カイルが振るう“破壊の未来”……

  その線を、ここで叩き折る……!」


 黒い斬撃が、再び放たれた。


 世界を断ち切るような一閃が、市民の群れに向かって一直線に走る。

 地面が、空気が、光が、すべてその軌道に飲み込まれていく。


 レインは深層ログに手を突っ込むような感覚で、未来へと意識を伸ばした。


《未来分岐閲覧》

【現行ルート】

結果:都市壊滅・大量死亡


【改変試行】

目標:攻撃軌道の逸れ/被害最小化

成功率:不安定(計測不能)


「――行くぞ、フィア!」


「はいっ!!」


 二人の手を包む光が、黒い斬撃の軌跡へと伸びていく。


 破壊の線と、改変の線。

 都市の上空で、それらが交差した瞬間――


 世界そのものが、悲鳴のような軋みを上げた。

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