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追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第5章:干渉 ――運命改変編

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第60話:次なる標的

 風が止んでいた。


 さっきまで暴れ狂っていた歪みも、ノイズも、今はもう形を失い、丘の上には異様な静けさだけが残っている。皮膚の上を撫でていく空気はひどく冷たく、それでいて、どこか乾いた焦げ臭さのような、世界そのものが焼け焦げたあとに漂う匂いが混じっていた。


 身体のあちこちが痛む。腕には細かな切り傷が走り、足は重く、肺は熱を持っている。それでも、胸の奥を締め付けている感覚はそれとは別のものだった。


【モノローグ/レイン】

 「……もう猶予はない……」


 視線を落とせば、足元の地面に残った黒い線が、まだそこにあった。

 世界がひとつ裂かれたまま、完全には閉じきれていない。そこから、目には見えない何かが、ゆらゆらと漏れ出しているような気配がする。


【モノローグ/レイン】

 「歪みは広がってる……。ノイズの出現も……確実に増えている……。このまま放っておけば……」


 隣で息を整えていたフィアが、そっとレインの横顔を見上げた。

 頬には汗が伝い、戦闘の疲労も色濃く残っている。それでも瞳の奥には、揺らがない光が宿っていた。


「……レインさん……」


 その呼びかけに、レインは短く息を吐き、視線を前へ向け直した。

 今この瞬間も、どこかで世界が削れ続けている。ここで立ち止まり、安堵している時間などない。


 


 レインは右手を持ち上げると、指先に意識を集中させた。

 視界の奥で、いつもの微かな振動が頭の中に広がる。


《ワールド・ログ 起動》


 赤と青の光が、薄い幕のように視界の中へ流れ込む。

 レインが迷いなく指定したのは、ひとりの男の名だった。


「……対象指定。カイル・ヴァルディス」


 淡い光が一瞬だけ揺れ、その名前に世界の情報が焦点を結ぶ。


《深層ログ閲覧》

対象:勇者カイル・ヴァルディス

状態:解析中……


 その文字列とともに、視界全体に重い圧がかかった。

 ログが展開されていく度に、耳鳴りのような低い音が頭の奥で響く。さっきまでのノイズとの戦闘で削られた感覚が、さらに上から押しつぶされるようだった。


「……レイン、無理すんな」


 少し離れたところから、ゼクトの声が飛ぶ。

 彼は黒剣を肩に担ぎながら、険しい表情でこちらを見ていた。


「勇者のログは今、世界の歪みと密接に絡まってる。無茶に覗き込めば、お前のほうが先に潰れるぞ」


「……読まなきゃいけないんです」


 レインは短く答え、視線をログから外さない。


「今……どこまで進んでいるか……知っておかないと……。カイルが、どこまで追い詰められているのか……」


 言葉にした瞬間、視界の中でログが急に明滅した。


 画面の中心に、ぴしりと亀裂のような線が走る。

 それは実際のガラスではないはずなのに、ひび割れた音が脳裏に響いた気がした。


 次の瞬間、赤い文字が一気に浮かび上がる。


【重要】

未来分岐:魔王化進行率:42%

世界破壊トリガー:進行中

進行速度:加速中


「……!」


 胸が強く打った。

 思わず息を呑んだレインの視界に、赤い数値がじわりと滲む。


【モノローグ/レイン】

 「……42%……。前に見た時は……19%だった……。あれから、そんなに時間は経っていないのに……倍以上……!」


 数字そのものより、その“上がり方”が恐ろしかった。

 世界破壊へと至る道が、急勾配の坂になっている。ほんの少しの時間で、どれだけの出来事が彼に積み重なったのか。


「……か、カイルさん……もう……こんなに……!」


 レインの横で、フィアが口元を押さえ、震える声を漏らす。

 彼女にとっても、カイルは一度共に旅をした相手だ。笑っていた横顔も、剣を振るう背中も知っている。だからこそ、その未来が赤く染められていくのを、ただ見るしかできない現実が痛かった。


 レインは歯を食いしばり、さらに深い情報へアクセスしようと意識を沈める。


《詳細ログ展開》


【世界破壊トリガー】

・勇者カイルの精神崩壊

・負の因子の統合

・管理者層との“淘汰機構”連動

・発動タイミング:不確定(高確率で近接)


 見慣れない語が混じっている。

 だがゼクトはそれを見た瞬間、低く息を吐いた。


「……始まっている……」


 その声には、驚きよりも、覚悟に近い響きがあった。


「やべぇぞレイン……。管理側の“淘汰機構”まで連動してる……。これは……世界の仕組みが“カイル=破壊者”として確定し始めてるってことだ」


「……淘汰……」


 レインは震える拳をぎゅっと握りしめた。


【モノローグ/レイン】

 「つまり……世界そのものが、カイルを“魔王”として完成させようとしている……。勇者として救うんじゃなく、“壊す役”に固定して……それを前提にリセットの準備まで進めてる……!」


 ログに新たな行が追加される。


【補足情報】

・勇者の精神負荷:限界値接近

・感情データ:憎悪/喪失/孤立の比率上昇

・自我安定度:低下中

・深層フラグ:魔王化トリガー/発火条件充足率:42%


 どの文字も冷静で、感情の片鱗すら見せない。

 ただ事実だけを突きつける無機質な光。


 だが、その裏側にあるのは、ひとりの人間の心が削れていく過程だ。

 大切なものを失い、裏切られ、追い詰められ、最後に残るのが破壊だけだったとしたら――。


「……カイルを……」


 レインは、かすれた声で呟いた。


「“魔王にさせる”つもりなのか、この世界は……!」


 胸の奥で、怒りが熱を持って膨らんでいく。

 それはカイルに向けたものではない。

 彼をそこまで追い込んだ運命と、彼を駒としてしか見ない何かに向けた怒りだった。


 


 肩に置かれた視線を感じ、レインは少しだけ顔を上げた。

 フィアが不安そうに、しかし真っ直ぐにこちらを見ている。


「レインさん……どうするんですか……?」


 その質問は、あまりにもまっすぐだった。

 レインはログの文字から視線を外し、ゆっくりと目を閉じる。


 浮かんでくる光景はいくつもある。


 奴隷市場で俯いていたフィアの姿。

 逃げ出した街で、自分の名が書かれた指名手配書。

 救えた命。救えなかった命。

 手の中で温もりを失っていった幼い身体。

 そして――かつて共に歩いた勇者の背中。


【モノローグ/レイン】

 「世界が決めた“筋書き”なんて、知るものか……。勇者を破壊者にして、それで全部をやり直すなんて……」


 ゆっくりと、目を開く。

 ログの赤い文字はまだそこにあり、世界破壊の警告を静かに点滅させていた。


 レインはその表示を、今度こそ真正面から見据えた。


「決まってる……」


 自分でも驚くほど、声は静かだった。

 震えはない。不安も恐怖も、すでにその先へ突き抜けていた。


「俺は……この運命を絶対に変えてみせる」


 もう、後戻りする場所はない。

 世界がどれだけエラーを吐こうと、管理側がどれほど警告を重ねてこようと、ここで引き返すことだけは許されない。


「勇者を――」


 レインは、はっきりと言葉を紡いだ。


「魔王にさせない。絶対にだ」


 フィアはその言葉を聞き、胸元をぎゅっと握った。

 瞳の奥で揺れていた不安がおさまり、代わりに強い光が宿る。


「……私も、一緒に行きます。レインさんがそう決めたなら……私は、その隣で戦います」


 ゼクトも、静かに息を吐いてから口を開いた。


「危険すぎる道だ。勇者に近づくだけで、管理側の監視も、歪みも、一気に増すだろう。……それでも行くってんなら」


 黒剣の柄を握る手に、わずかに力がこもる。


「俺も付き合う。中途半端にやるには、事態がもうひどすぎる」


 言葉を交わすことなく、三人の視線が自然と重なった。

 そこには迷いも、遠慮もなかった。ただ、それぞれが選んだ覚悟だけがある。


 


 その瞬間、レインの視界でログが震えた。


《深層ログ:更新》


【新規アクセス領域】

名称:第六領域/勇者最終分岐

状態:準備中

アクセス条件:

・世界歪み認識:達成

・運命改変実績:達成

・対象勇者との因果接続:進行中


補足:条件が満たされつつあります


 白い光の線が、視界の奥でゆっくりと形を成していく。

 それは、今まで踏み入れたことのない深層のさらに先――勇者の行く末を決定づける、特別な分岐点への入口だった。


【モノローグ/レイン】

 「……第六領域……勇者最終分岐……。カイルの運命が、決定的に変わる場所……」


 風のない丘で、空が微かに震えた。

 遠くの雲が、わずかに色を変え、光の筋が斜めに差し込む。大地の下から、低い鼓動のような振動がゆっくりと響いてきた。


 まるで、この世界そのものが、次に起こる出来事を予感し、身構えているかのようだった。


 レインはフィアとゼクトを見回し、改めて静かに頷く。


「行こう。ここからが、本当の勝負だ」


 フィアは強く頷き、レインの手を握る。

 ゼクトも無言で前に歩み出し、丘を下りる道へ視線を向けた。


 歪みかけた空の下で、三つの影がゆっくりと動き出す。

 その先に待つのは、救済か、終焉か――それを決めるのは、これから自分たちが選ぶ一歩一歩だった。

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