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追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第5章:干渉 ――運命改変編

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第54話:バグの出現

 葬送の歌が遠くでかすかに聞こえ、それもやがて途切れた。昼間、門前で倒れた者たちの遺体は手際よく運ばれ、ささやかな祈りとともに土へ還されていった。街全体に残っているのは、戦いの熱ではなく、静かで重い疲労と、ひとつの命を救えなかった痛みだった。


 レインは人通りの少ない路地に身を置いていた。石畳はひんやりとしていて、ついさっきまで雨が降っていたかのような湿り気が残っている。壁際には昼間の戦闘で崩れた瓦礫が積まれ、その隙間から夜風が冷たく吹き込んできた。


 彼は背を石壁に預け、ゆっくりと目を閉じる。


《ワールド・ログ 起動》


 静かな振動とともに、視界の奥に光の層が広がった。都市全体を俯瞰するような情報が並び、生命の光点がいくつも瞬いている。その多くは「無事」「軽傷」と表示されていた。だが――その中に、今日失われた小さな光の履歴も、淡く沈んでいる。


【モノローグ/レイン】

 「……ズレた……。

  たった一度の改変で……ここまで誤差が……?」


 フィアを救い、村でいくつもの小さな未来を整え、都市防衛で数多くの命を守った。

 その一方で、確かに救えなかった命があった。


 レインは深層ログの表示をさらに掘り下げる。

 世界全体の安定値を示すような数値が、微妙に揺らいでいるのが見えた。赤と青のグラフが交互に点滅し、一定のラインを境にぎりぎりで均衡を保っている。


 画面の端――そこに、黒いノイズがわずかに揺れていた。

 文字でも図形でもない、意味を持たない黒い染みのような揺らぎ。

 しかし、それは確かに“そこにある”と分かる違和感だった。


【モノローグ/レイン】

 「……世界が……悲鳴を上げているみたいだ……」


 見ているだけで、頭の奥にざらつく痛みが生まれてくる。

 ログに触れているはずなのに、逆に自分が情報の側から見返されているような気配。


 その時だった。


 空気が“ざり”と削れるような音を立てて乱れた。


 風でも木の軋みでもない。

 耳ではなく、皮膚の内側で聞こえるような、不快な擦過音。


 レインははっと顔を上げた。


 


 視界の端に、黒い影が揺らいでいた。


 そこは、ついさっきまで何もなかった空間だ。

 建物と建物の間の空気が、線で切り取られたように歪み、その中心に“何か”が立ち上がっている。


 人の形をしているようで、していない。

 輪郭が途中で途切れ、そこから別の方向へ分かれ、また別の線と繋がっている。肩らしき部分が一瞬で腰の位置に滑り、頭部に見えた塊が胴体の中へ沈み込む。


 存在の概念そのものが、そこで崩れたり組み直されたりしていた。


「……ログに……反応している……?」


 レインは無意識に呟き、即座に意識を集中させる。


《ワールド・ログ 起動》


 視界の上に光の枠が浮かび、対象を囲い込む。

 そこに表示されたのは――


名称:ノイズ

状態:ERROR

データ:読み取り不可

危険度:不明

説明:■■■■■■■■


「……全部……黒塗り……!?」


 情報欄のほとんどが黒い帯で塗りつぶされていた。

 いつもなら細かく表示されるはずの能力、行動パターン、弱点、未来分岐。そういったものが一切読み取れない。ただ「ノイズ」とだけ記され、その中身は拒絶されている。


 背後で足音が近づく。

 フィアとゼクトが、警戒を露わにしながら路地へ駆け寄ってきた。


「れ、レインさん……なに、あれ……?」


 フィアの声は震えていた。

 無理もない。人間の形をした“何か”が、そこに立っているだけで空間が歪んでいる。


 ゼクトはその異形を一瞥し、目を細める。


「……出たか。“改変の代償”だ。」


 その言葉に、レインは思わずゼクトの横顔を見た。

 だが、問いかけるより早く、“それ”が動いた。


 


 ノイズは、形の崩れた腕のようなものを前へ伸ばした。

 腕と呼んでいいのかも分からない。節ばった線が途中で裂け、複数の軌跡を描きながら前方へ伸びていく。その先端が地面に触れた瞬間、石畳が黒く変色し、ひび割れが走った。


 地面が“削られている”。


 刃物で切られたのではない。

 そこにあったはずの石の一部が、最初から存在しなかったかのように消え落ちていた。


「……攻撃ログが……読めない……!」


 レインはログの表示を見ようとするが、行動パターンの欄はすべてエラー表示で埋まっていた。


ERROR

行動パターン:解析不能

未来予測:実行不可


 ログが、敵の動きを捉えきれていない。


 その間にも、ノイズはふらふらと揺れながら、次の動きに移っていた。足元という概念も曖昧なのか、地面からわずかに浮かび上がったまま滑るように進んでくる。


 その存在が一度ぶれたかと思うと、次の瞬間には――


 距離を無視して、レインの目の前に出現していた。


「――ッ!!」


 反応が間に合わない。

 黒い影が視界いっぱいに迫り、その腕が胸元へ伸びかけた、その瞬間――


 金属が空気を裂く音がした。


 ゼクトの黒い剣が横から割り込み、ノイズの腕を弾いた。

 しかし、剣先が触れた部分は、手応えを返さないままぐにゃりと歪み、刃が通り過ぎたあとに再び形を取り戻す。


「見てからじゃ遅いぞ!

 こいつは“世界の理”の外側にいる……!」


 ゼクトが低く叫ぶ。

 ノイズの腕は弾かれた勢いで壁へぶつかり、石を削るように通り抜け、その部分だけが黒く腐蝕したような跡を残した。


 壁の表面がざらざらと崩れ落ち、穴になっていく。

 現実そのものが、無理やり書き換えられているようだった。


 


 フィアが震える息を整え、両手を前に突き出す。


「……っ、《ライトランス》!」


 白い光の槍がノイズめがけて放たれる。

 だが、ノイズの輪郭が一瞬だけぶれたことで、光の軌道が妙に曲げられ、正確に中心を捉えきれなかった。槍は肩に当たったはずだったのに、触れた部分が波紋のように広がっただけで、傷らしい傷は残らない。


「どうして……?」


 フィアの声が震える。

 狙いは確かだった。それでも、世界の方がそれを拒んだかのように、攻撃の意味が薄められてしまう。


【モノローグ/レイン】

 「……ログも……魔法も……通じない……

  こんな敵……どう戦えって……!」


 ノイズの腕が再び振るわれる。

 今度は、腕と認識する間もないまま、漆黒の線がレインの胸元をなぞるように迫った。


「レインさん!!」


 フィアの叫びと同時に、ゼクトがレインの肩を強く掴み、横へ引き寄せた。

 空を切った黒い軌跡が、さっきまでレインのいた場所を薄く削っていく。地面の石がスッと消え、そこだけ浅い溝が残った。


 ゼクトはレインとフィアを背中にかばうように立ち、黒剣を構え直す。


「下がってろ。こいつは、お前の得意な領域じゃない」


「でも――」


「いいから下がれ!」


 苛烈な声だったが、その奥には焦りと、彼らを守る意思が見えた。


 


 ノイズの動きは相変わらず読めなかった。

 一歩前に出たかと思えば、急に身体の一部だけが別方向へ伸びる。壁に当たった部分はそのまま石を抉り、街灯に触れた部分はその根本から黒く侵食されていく。


 空気すら歪んでいた。

 音が変形して聞こえ、遠くの喧騒が不自然に引き延ばされる。視界の端では光がねじれ、夜空の星が揺さぶられているように感じられた。


 レインは必死にログを再読み込みしようとした。


ERROR

対象:ノイズ

状態:観測不能

深層ログ:アクセス拒否


 どれだけ情報を引き出そうとしても、エラーと黒塗りしか返ってこない。

 自分の最大の武器であるはずの《ワールド・ログ》が、完全に封じられていた。


【モノローグ/レイン】

 「……情報がない……

  これじゃただの、無防備な人間と同じだ……!」


 ノイズの腕がまた振るわれ、建物の壁が削られる。

 崩れた破片が落ちる前に、そこにあったはずの空間そのものが削り取られ、破片の一部が行き場を失って消え失せた。


 こんな存在が、街中で暴れれば――

 現実そのものが穴だらけにされる。


 レインは、歪む視界の中でログの端を凝視した。

 エラー表示だらけの中、一カ所だけ、かろうじて文字が残っている箇所があった。


【対処フラグ:存在】

条件:固定化


「……“固定化”……?」


 その文字は今にもノイズに飲み込まれそうなほど薄く表示されていた。

 だが、確かに存在していた。


【モノローグ/レイン】

 「存在が不安定だから……逆に――固定すれば……!」


 ノイズは、常に揺れている。

 輪郭も位置も、存在そのものも。


 ならば、その揺れを封じ込めれば――。


 レインは振り返り、フィアを見た。


「風の魔法で周囲の空間を固定してくれ!

 ノイズの“揺れ”を止めるんだ!!」


 突然の指示に、フィアは一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。


「は、はいっ!」


 彼女は両手を前に突き出し、深く息を吸い込む。


「《空間固定・エアロロック》!」


 普段とは違う、重たい風が路地に流れ込んだ。

 空気がひとつの塊になったかのように密度を増し、ノイズの周囲を包み込む。風ではなく、見えない“枠”がはめ込まれたような感覚。


 ノイズの輪郭が、その瞬間だけわずかに「遅れた」。


 揺らいでいた線が、ほんの一瞬だが一定の形を保ったのだ。


「今だッ!!」


 ゼクトの叫びが夜を裂く。

 黒剣が大きく振りかぶられ、その刃に重い魔力が乗る。


 彼はノイズの中心へ向けて、一気に踏み込んだ。

 固定された刹那の“形”を逃さず、そこへ剣を叩き込む。


 金属が何か硬いものを砕く感触とともに、鋭い衝撃が走った。


 ノイズの身体が、真ん中から“裂けた”。


 といっても、肉が裂けるわけではない。

 黒い線で描かれた存在そのものが、真っ二つに切り開かれ、そこから白い亀裂が放射状に広がっていく。


 亀裂はすぐに収縮し、ノイズの身体は崩れ落ちるように消えていった。

 存在していた痕跡が、まるで最初からなかったことにされるかのように、音も光も残さず消滅した。


 


 静寂が、路地に戻ってきた。


 ただし、完全な静けさではなかった。

 空気にはまだ、どこか焦げたような、壊れたような匂いが残っている。


 レインは呼吸を整えながら、ノイズが消えた場所へ視線を向けた。


 そこには、空間の“傷”が残っていた。


 細く黒い線が一本、縦に走っている。

 壁でも地面でもなく、その間の空気に、紙を切り裂いたような筋が刻まれていた。見ていると、そこだけ世界の色が薄くなったように感じられる。


「……世界が……壊れてる……?」


 レインはかすれた声で呟いた。

 指を伸ばすのが怖くなるほど、その線は異様だった。


 ゼクトがゆっくりと歩み寄り、傷を一瞥する。


「これが“改変の代償”だ。

 世界を変えれば……世界も応じて歪む。

 ノイズはその歪みから生まれる“エラー”だ。」


 フィアが不安そうに二人を見比べる。


「じゃあ……また、出てしまうんですか?」


 その問いに、ゼクトは短く息を吐いた。


「……おそらくな。

 レインが未来を書き換えるたびに……強く、なる。」


 静かな言葉だったが、その内容は重かった。


 未来を変えれば、人は救える。

 だが同時に、世界は軋み、こうした存在が生まれる。


 レインは拳を強く握りしめ、黒い傷を見つめ続けた。


【モノローグ/レイン】

 「……それでも……

  救える未来があるなら……

  僕は……戦う……!」


 恐怖は消えない。

 罪悪感も、痛みも、これから先もっと増えていくかもしれない。


 それでも――自分が見た “救えるはずの未来” を、これ以上見逃したくなかった。


 フィアがそっとレインの横に立ち、何も言わずにその手を握った。

 ゼクトは二人を一度だけ見やり、何も言わずに路地の出口へ歩き出す。


 黒い線は、まだそこに残っている。

 世界に刻まれた傷のように。


 その前に立ちながら、レインは静かに息を吸い込んだ。

 世界がどれほど歪もうとも――自分の選んだ道から、目を背けないために。

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