父親と娘
今日の客は、不動産屋の紹介で、父親と娘の関係だ。
今回の問題は大学進学で引越していた娘が帰省。娘の結婚をめぐり、父が相手を否定したみたいだな。
まぁなんだか……面倒そうな父親だな。
俺はいつものように、体を鍛え、銭湯に行き、追加の具材を買っておく。
こないだの刺青を入れた女が飼っていた犬がいた。
俺に気が付き、めっちゃしっぽを振ってくる。
リードをひいていたのは、近所の愛犬家だ。
「これ、お宅のワンちゃんじゃないのでは?」
と俺が聞くと、
「そうなんですよ。最近引き取ることになったんです」
と言っていた。
あぁそういう事か。だいたい察することができたので、突っ込んだ質問はよしておいた。
俺は犬に(よかったな。いい飼い主に変わって)と目で言った。
すると犬はしっぽを振りながら
「ワン」
と吠えて、
新しい飼い主と共に行った。
スーパーで、うどんが安かったので、買う事にした。
20:18、客がうちのアパートの前に来る。窓をあけ、2階まで来るように窓から言う。
「べぇさん?」
俺がうなずくと、
「はじめまして、本日はお世話になります」
父親らしき男と、娘らしき女の子が挨拶する。
「おぅ。まぁ上がってくれ
えっと、悪いんだけどな。
俺は人の名前を覚えるのが苦手なんだ。
だから、父親と娘って呼ぶけどいいか?」
と俺は言った。
2人ともうなづいた。
「で……、具材はなんだ?」
と言うと、2人は俺に具材を手渡した。
肉:牛しゃぶ、ブリ、鶏もも
野菜:水菜、長ネギ、エリンギ
なるほどなぁ……。
俺はしばし沈黙する。
いや……このミックスはさすがにないだろう。
別方向で行こう。
「さすがに組み合わせムリですよね」
と娘が言った。
「無理に組み合わせる必要もないんだよ」
と俺は言った。
「じゃあ鍋の準備するぞ」
と俺は、
牛しゃぶ、ブリはそのまま出す。
鶏ももはぶつ切りに。
水菜は根を落とす。
長ネギはみじん切りに
エリンギは石づきを落とし、縦に割く。
鍋に水を入れスイッチを入れ。
まぁテーブルに座ってくれとちゃぶ台に案内する。
「今日はしゃぶしゃぶだ。まず牛しゃぶ⇒ぶりシャブ⇒最後に鳥もも肉を食べる」
そう言った。
さて酒でも飲もうか?
父親は日本酒冷や、
娘はビールだった。
グラスを渡し、乾杯をする。
そして3人とも酒を飲みだす。
3口ほど飲んだところで、
俺は話を切り出した。
「で……どういう状況なんだい?」
俺がそう言うと、
「私の人生なんだから、私が決めたい」
と娘は言った。
「まぁそうだな」
と俺は同意する。
「お前が幸せになれる相手じゃない気がする」
と父親は言った。
俺は話を整理する。
「幸せになれる相手じゃない気がするって、なぜなんだ」
そう言うと、父親は俺に耳打ちをした。
ほうほう、若手の動画配信者なのか。それで将来性とか、そういうのを心配しているんだな。
「娘は将来なんの仕事をするつもりだ」
と俺は娘に話しをふった。
「データサイエンティストです」
と娘は言った。
「あれか。売れるまで彼氏を支えるみたいなつもりなのか?」
と俺は言った。
娘はうなづく。
父親はえ~っという感じの顔をしている。
なんか話が終わった気もするが、
そうこうしているうちにお湯が沸いた。
俺は粉末出汁とショウガを鍋に入れる。
お椀にポン酢を入れ、刻みネギを入れる。
「わかっていると思うが、こうやって食べる」
と俺はしゃぶしゃぶの食べ方を披露する。
5分ほどして、牛しゃぶは食べ終わった。
俺は鍋をさっと洗い、ふたたび水を張り、スイッチを入れる。
お椀を回収して、軽く洗い、ふたたびポン酢を入れ、刻みネギを入れる。
「人生ってこの鍋みたいなものだと思うのだ。まずは牛しゃぶ。これは娘が稼いで、夫を支える時間。そして次はぶりしゃぶ。これは夫のほうが稼ぐ時間」
と俺は言った。
二人ともなんか納得している様子。
よかった。
「一緒に稼ぐ時間っていうのが、必ずしも必要ではない。交代してもいいんだよ」
俺はそう言った。
「そうか……」
と父親はつぶやいた。
「なぁ父親。あんたはあと15年くらいで引退かな。これまでは日本の経済を一生懸命引っ張ってきただろう。これがな。永遠に死ぬまで引っ張り続けるのってどうだ?」
俺はそういった。
「さすがに交代したいですよね」
と父親は言った。
「そうだろ。そうやって、経済を支えるプレイヤーが適時変わるのが、この社会なんだ。あんたが一番知っているのではないか?」
と俺は言った。
「わかりました。そうですね。娘を信じます」
と父親は言った。
娘はガッツポーズをした。
お湯が沸いている。
俺たちはぶりシャブを食べる。
「美味いですね」
と父親は言った。
「本当だね」
と娘は言った。
その二人の間には緊張はなく、ただほのかな信頼感が残っていた。
それから鶏むねの水炊きになり、最後はうどんをポン酢で食べた。
二人ともほんのり酔って、笑顔で帰っていった。
後日、2人は彼氏の動画のオリジナルTシャツを持参して、うちにやってきた。
まったく知らないし、興味がなかったが、笑顔で貰っておいた。
警備の仕事のインナーのTシャツとして使わせてもらっている。
その後、同僚の若い奴に、
「先輩もこのチャンネルのファンなんすか。このチャンネル最高にオモシロイっすよね」
と声をかけられた。
まともに話をしたのは、始めてだったので、驚いた。
チャンネルを見ると、そこそこ人気のチャンネルだったようだ。
ただ内容がまったく理解できなかった。
俺は思った。
これ下調べしてたら、やめとけって言っていたかもしれないな。
よかった……。
と今は情報化社会だから、知ることが武器とされることも多い。
それはそうだと思うが、知り過ぎると、判断を誤ることもある。
人はどうしても、自分の価値観でしか、モノを見られないからだ。
父親の場合は、チャンネルをみて、理解できなかったのだろう。
それを伝えてしまったから、こんな事態に陥った。
こういう場合は、ヘタに判断せずに、自分の娘の判断を信じるのが吉かもしれない。




