燃え尽きました、真っ白に
大袈裟サブタイトル詐欺
「奥様、顔は下げてはいけません。笑顔をキープして!背筋も曲げない!」
ワルツの曲に合わせて組み合いダンスを続けながら、目がいくつあるのかどうしてそんな余裕があるのか、息も乱れず汗の一筋すら見せずに、アジルは正しく先生のように厳しく指摘をくれる。
遠慮しないでくれるのはありがたい。そうでなければレッスンの意味がない。けれど隙間時間を利用しているものだから、実質休憩時間はティータイムだけになっているので、所詮ご令嬢の域を超えない程度の体力では集中力を保つのも一苦労だ。
でも泣き言は言いたくない。前世の言葉を借りるならスポ魂というやつだろうか、体力の限界を迎えてからが本番なのである。叱責を受けながらもハイになっている。こんな時こそ身に着くのだ。
「お疲れ様でした、奥様。足運びが非常に滑らかになられましたね。姿勢の問題はお疲れだったのでしょう。ワルツは合格点ですよ」
曲が終わり、手が放れた途端にふらりとよろめいたが、まるで予め分かっていたかのようにテリアが椅子を用意してくれたお陰で、倒れずに済んだ。でも燃え尽きたポーズをとるのにはうってつけになってしまった。狙ってやったわけではないが。
「…アジル、貴方の容赦ない指導のお陰よ。テリアも付き合ってくれてありがとう…」
息も絶え絶えに礼を述べると、タイミングを見計らったようにシュリーがアイスティーを運んで来てくれた。でも手が震えて自分で持つことができないので、飲ませてもらうところまでがお決まりのパターンになっている。
この過密スケジュールが始まってすぐの頃は、夕食の時間には既に椅子に座っているだけで精一杯になってしまい、眉間に皺を寄せた旦那様に怒り気味の心配をされてしまった。
このままでは旦那様にレッスンを禁止されかねないので、夕食前の一時間はゆっくり休憩も兼ねて侍女達による丹念なケアを施してもらうようにした。
一週間が過ぎる頃から体力がついてきたのか、にこやかに夕食を過ごすことができるようになり、それまで以上に自分を追い詰めるレッスンをしてもらうことにした。
その結果がこれである。真っ白に燃え尽きかけている。だがこれでいい。
「奥様の頑張りの成果ですよ。ですが、少し無理をしていらっしゃるのでは?」
「いいえ、まだまだ続けるわ。あと二曲くらいは完璧に覚えたいの。だって、夫婦なら三曲は踊れるでしょう?」
今日のレッスンはもう終わりの時間。これから一時間は休憩時間になるので、息が整ってきたところで椅子から立ち上がる。
この立ち上がる時が一番気合が必要なため、先の言葉でその場の三人が少し目を丸くして顔を見合わせ、それぞれが生温かい笑みを浮かべてこちらを見ていたことには気付かなかった。
「もうワルツを覚えたのか。仕事も忙しいだろう、無理はしていないか?」
「大丈夫ですわ。早く旦那様と踊れるようになりたいのですもの。上手に踊れたら褒めてくださいね」
夕食の席で、前科があるせいで心配されながらも訝しげな視線をもらったけれど、お墨付きを頂いた喜びが勝っているので、上機嫌を隠さず笑みを浮かべて思いのままを伝える。
旦那様は僅かに目を瞠り息を飲んで、誤魔化すように小さく咳払いをすると、それなら、と会話を繋げる。
「明日は私が練習相手になろうか。本番で初めて踊るよりは慣れておいた方が良いだろう」
思いがけない提案だった。本音を言えば一緒に練習できればなと思ってはいたが、私のレベルが低過ぎてとても言い出せなかった。けれど、お墨付きをもらった今ならば遠慮しなくても良いはず。
「ほ、本当ですか?!嬉しい、明日が楽しみになってしまいました。で、でも、本当によろしいんですの?」
一気にテンションが上がってしまって、はしゃぎ過ぎないようにとは思うものの、抑えきれない喜びが言葉の端々に出てしまった。
「勿論だ。私もダンスはしばらく疎かにしていたから、レッスンは受けておいた方が良いと思っていたところだ」
「そうなのですね。では、明日は一緒に頑張りましょう」
想定よりも早く貰えることになったご褒美のせいで、その日は寝支度が済んでも小一時間程は眠れなかったのは言うまでもない。
今回はちょっと短めで蛇足的な話になりましたが、繋ぎの小話ということで…。




