3件目
「商人? ……いや、だとしても今は持ち合せが無くて」
「まぁ、無理に何か買っていけなんて事は言わないさ。ただ、ここに来たのも何かの縁だろう。体を休めるついでに少し物を見ていけばいいさ」
「あ、あぁ……」
さて、適当に商人だと言った手前、何か物を見せないといけないのだが……彼女の世界の文化がどこまで栄えているか分からないしなぁ。変な物を見せて落胆させるわけにはいかない。何せ、彼女は第一異世界人として交流を持つことになるかもしれないからだ。
「これなんてどうだ? さっき、武器がどうとか言っていただろう?」
「なんだ、これは」
一番右から包丁、牛刀、それから鋸だ。
向こうの魔物に通用するかどうかは不明だが、少なくとも鋸だったら用途はあるんじゃなかろうか。
「あとは、暗い洞窟を歩いていく用の光源。他にはトンカチとか釘とか……あぁ、飲み物を入れて持ち運ぶことが出来る瓶とかかね」
「見たことも無い物が、こんなにも……で、では、これを頂きたいのだが」
おずおずと指さしてきた物は、牛刀と釘だった。
釘? 牛刀はまぁ……攻撃手段として、リーチは短いだろうが使えるだろう。しかし、釘をどこで使うのだろうか。トンカチを指定するでもないし、向こうでも釘は使われているのだろうか。鉄製とまでいかなくても、木製の釘だったら流通してるかもしれない。
「分かった。で、お代の方なんだが」
「す、すまないが、これで何とかならないだろうか!」
「ん?」
腰に下げていた布袋から取り出した何かを目の前に突き出してきた。
何かの貴金属で出来ている通貨だろう。向こうの世界ではこういう形の通貨が流通しているのだろうが……女性の顔が彫られているが、精巧な造りをしている。向こうの鋳造技術はどうなってんだ?
「あぁ、良いぞ」
「え? ……ほ、本当に良いのか!?」
「お、おぉ」
なんだ、この食いつきは。
何で牛刀と釘なんかでそこまで喜んでいるんだ? ちょっと刀身がガタついていたところで、君が持っているその剣の方が圧倒的な火力を発揮してくれると思うんだが? 一体彼女は何と戦うつもりなんだろうか。
「では、仲間が待っているだろうから私はこれで失礼します」
「もう少しゆっくりしていっても良いんだが……」
「いえ、また機会があれば来させていただきます」
そう言って彼女は入ってきた押入れの戸を開き、そのまま帰っていってしまった。立つ鳥跡を濁さずと言うが、彼女は知らずのうちに部屋を汚していってしまった。まずは、その掃除から始めないといけないらしい。
それから数日。
俺から異世界に行くこともなく。向こうからの来客もないまま数日が経っていた。あの一件から、敷いていたカーペットを外して押入れの前を玄関みたいに仕立て上げた。汚れてしまったカーペットは、足拭きとして再利用している。
例の女性から交換してもらった通貨については、近くに良い店が見つからなかったため、アンティーク品としてネットで売ることにした。一日置きにネットを確認しているが、今のところ買い手は見つかっておらず、このままではガラクタになってしまうのではないかと危惧しているところだ。
……てか、この通貨が売れてくれないと新しく物を買ってくる事も出来ない上に、マイナス収支になってしまう。別段、本当に商人としてやっていこうなんて思ってないんだが、マイナスと言うのが少し悔しい。
近くの書店に行って数冊、異世界関係の小説やら書物を探しては読んでいるのだが、どれも街についての話であったり、異世界人との交流についての話になっていて、『洞窟』においてどうすべきか触れてある本は一切無かったのである。
当たり前だ。
取りあえず、買うだけ買って読んで終わりでは気が済まないので、作者に激励の言葉を贈るのと同時に、洞窟ではどうすれば良いかを聞いてみよう。熱心な異世界物小説等作者であれば話を聞いてくれて、タメになる話をしてくれるだろうと、ほんのちょっとしかない可能性に掛けることにしたのだった。