アイス
「夕飯までに帰る」
姉にそう言って、私は外に出た。
『明日の朝も迎えに行くよ』
LINEに立花から一言だけそのメッセージが入っていた。
あんなこと言った後なのに、その事には一切触れない立花のLINEに心が温かくなった。
立花の家に行ってみたが立花はまだ家に帰ってなかった。
立花が行きそうな場所…。
心当たりなんて無かった。それほど、私は立花の事を知らなかった。
でも…。
立花に逢いたい。その一心で走っていた。
こんなに誰かに逢いたいと思ったこと今まで一度だって無かった。
ひっそりと灯っている外灯が立花へまでの道を照らしてくれている気がした。
気が付くと、裏の土手に来ていた。
草木がそよそよと風に揺れている中、長身の人影がこちらに向かって来るのが見えた。
栗色の髪がサラサラと揺れている。
暗闇でもハッキリとそれが誰だか分かる。
「椎名?」
立花…。本当に立花がいた。
あまりの衝撃に胸が撃ち抜かれる思いがした。
あまりにも全速力で走ったからなのだろうか?それとも立花に会えたからだろうか?呼吸が早くて胸が苦しくて何も言えない。
「どうした、椎名?」
そんな私の肩を軽く叩き、私の顔を覗きこむから、立花の目に私が写る。
立花の目ってこんなに優しかったっけ?
せっかくだから座って話そう、と、なりまたあのベンチに腰かけた。
「食べる?」
レジ袋から雫型のアイスを取り出し、自然にあーんと言うから。
「え?え?えーーーー?」
激しく動揺してしまう私を面白そうに、クスクスと笑われてしまった。
「早くしないとアイス溶けちゃうっすよ」
確かに。既に溶けかかっているアイスが立花の長い指を汚し始めていた。
「あ…えっと、は、はい」
恐る恐る口を開けると、イチゴの味が口中に広がった。
「美味しい…」
アイスは甘くて美味しいけど、おかしい。アイスを食べたのに、顔が熱い。
「美味しいでしょ?オレの一番のお気に入りっす」
屈託無く笑う立花の笑顔に心が救われる。
「オレに何か用があったんすか?」
アイスを指で弾いて自分の口に器用に入れる立花をいざ前にすると、言いたかったこと何も言えなくなってしまう。
「あ、あの、今日は…何て言うかごめんね」
「それだけのためにオレを探してたの?」
「う…ん」
「そんなのLINEで良かったのに…」
「ちゃんと会って言いたかった」
「大丈夫っすよ、確かに哀しかったけど、こうして来てくれただけでうれしいっす」
「どうして、どうして?そんなに優しいの?」
「そんなの…決まってるじゃないっすか?椎名のことが好きだからだよ」
そんな風に自然に好きって言われるとどうしていいか分からなくなる。
「今だに信じられないんだよね、立花の言葉が…」
思ったより冷たく言ってしまったらしく、立花の顔が一瞬曇った。
「まだ思い出さない?遠足の日のこと」
そう言えば今朝そんなこと言ってた。
そうだ…あの日、立花泣いてた。
「立花あの日泣いてたよね?私が何かしたっけ?」
「えーーー、そこしか覚えてないんすか?」
唇を尖らせてそっぽを向きながら、話始めた。
「あの遠足の日。恐竜が怖くて泣き出したオレの手をずっと握って、『大丈夫だよ、怖くないよ、私がいるじゃん』って言ってくれた椎名のこと好きになってた」
え?私がそんなこと言ったの?
昔の私何て事を…。
恥ずかしくなって俯いてしまった。
そこでベンチから立上がり、私の目を真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐように放った。
「椎名雫深がオレの初恋だよ」
涙腺が急激に緩み涙が零れ落ちた。
まさかそんなこと言われるなんて思ってもみなかったから。
「ちょ、ちょ、ちょっと泣かないでくださいっすよ、もう…」
そう言ってぐいと腕を引かれ、抱き締められ、髪を撫でられた。
「彼氏として認めてくれた?」
顔を上げると立花が優しく頬を撫で、ストロベリーの甘い香りのキスを落としてくれた。