明奈の罪悪感
明奈は、田舎の家で近々やってくる将来について思いを馳せる。
ようやくだ。
ようやく終わりにできる。
わたしの人生は、12歳から一変してしまった。
子どもの頃は、自分は幸せの中にいると思っていた。そして、今よりさらに幸せになれるのだと、何年後何十年後の未来について明るい想像を描いていた。
なんておめでたかったのだろう。
信じ続けてきたその幸せは、崩れることが約束されていたのに。
ずっと騙され続けていたのに。
それにまったく思い至らず、自分の家は"あたたかな家庭"なのだと、思い込んでいた。
ちょっと話を聞いただけの部外者のはるかでさえも、すぐその可能性に行き着いたというのに——。
不愉快な顔を思い出してしまい、ムカムカする。
あいつは、今頃どうしてるんだろう。
あいつの両親も大概なクソのようだし、まあ順風満帆な人生は送ってないはずだ。
死ぬまで両親のために働かされる人生かもね。
そんなふうに考えると溜飲が下がった。
わたしもあいつも、親の都合で子カフェなんかで働かされて、給料を搾り取られていた身。
あいつだけが幸せなんてありえないし許されない。
自分と似通った境遇の者が、自分と違って幸せになっているなんて、明奈には許せないのだった。
明奈はまったく幸せではなかった。
彼女は不幸のどん底にいた。
12歳の時にそこに落とされてからというもの、彼女は這い上がれるどころか、自分の幸せのために何かしようと動けば動くほど、不幸の坩堝にハマっていった。
明奈は、目には目を歯には歯を、的な感じで、騙された傷を騙す側に回ることで癒やそうとしていた。
かつての自分のように、何の疑いもなく幸せな明日を信じているバカな人間をはめて、それでトラウマを癒せると思っていた。
そういうやり方で大金を手に入れたら、きっととても気持ちが良いだろう、と思っていたのに。
貯金が一億を超えた時、少しも喜びを感じていない自分に気づいて、絶望してしまった。
何やったって無駄じゃん。ずっとクソみたいな気分のまま、何も変わらないじゃん。
こんなことしても、幸せになんてなれないじゃん。
恨みも悲しみも満たされない気持ちも……一つとして消えてくれなかった。
信じ続けてきた方法は、わたしを不幸から救い出してくれなかった。
どうしたらいいのだろう……と明奈は途方に暮れた。
彼女はもう疲れていた。
消えてくれないトラウマを抱え続けることに。
幸せを求めることに。
生きることそのものに、疲れ切っていた。
もう終わりにしたい、と思っていた時に、太輔から素晴らしいアイデアを聞かされた。
明奈は、そのアイデアに取り憑かれた。
これだ! わたしを何もかもから解放してくれる方法。
自分を差し置いてヘラヘラ笑って生きている他人への憤りも、心の傷も。ありとあらゆる精神的苦痛を和らげて、全てをリセットしてくれる。
その先に新しいわたしが待っているんだ。きっとそうなんだ。
わたしの気持ちがわからない幸せな他人たちはきっと、間違っている、と言うんだろう。
それでいい。
間違っていることは百も承知だ。
間違っていても構わない。
もうわたしには——わたしたちにはこれしかないんだ。この道しか残されていない。
それにもう疲れた。新しい道を探す気力なんて、もうなかった。
だからこれでいいんだ。
どうせ変われない。
どうせ幸せになんてなれない。
そんなの信じないから。
それにわたしは、幸せになっていい人間ではないのだった。
だからだろうか。今まで一度も幸せを感じたことがなかったのは。
きっとそうなんだ。本当はもっと早く終わりにすべきだったんだ。
明奈の頭の中を駆け巡るのは、家族の記憶だった。"幸せな家族"が壊れ始めた頃の記憶が、脳みそからじわじわと滲み出してくる。
子カフェでの数年間がまったくの無駄になったと知らされた日のこと。
弟が死んだ日のこと。
母の本当の姿を知った日のこと。
母を殺した日のこと。
わたしは家族を二人も殺した。わたしは人殺しだ。
思い返せば、わたしの人生には罪しか残されていない。
終わりにしたいし、終わりにすべきだとも思う。
ようやくこの苦しみから解放されるんだ。終わりにできるんだ。
明奈の体が震えてくる。
彼女は、自分の体を両手で抱きしめて、その震えを抑え込んだ。
怖がらなくていい。大丈夫、怖くない。
わたしは一人じゃないんだし……。
明奈は太輔の顔を思い浮かべる。その後、歩と流夢の顔も。
全員、意思は一つだ。わたしと同じ気持ちでいてくれている。
怖くても大丈夫なはずだ。
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