2児の母
明奈は太輔のみならず、他のメンバーにも自己開示などはあまりしてこなかった。
いつもいつも全員が集まれるわけではないのだが、小規模の集会みたいなことはしょっちゅうやっていた。
アジトは一部のメンバーたちにとって、すっかり溜まり場みたいになっていた。
物はそこまで持ち込まないように太輔が命令したので、室内がぐちゃぐちゃに散らかったりすることはなかったが。
メンバー全員が集まると、不幸自慢大会みたいな流れに自然となってしまう。
恨みやつらみを溜め込んで、自分がどれだけ辛い状況で生きてきたのかについて、他人に思い知らせてやりたい人間が大半だからだ。
その結果、この前みたいな胸糞エピソード発表会からの決起会……という流れになることがしばしばあった。
リーダーである太輔自身がその流れに持っていきたいこともあって、メンバー全員が集まる時は負のエネルギーが場を支配した。
憎い。許せない……というドス黒い感情が、彼らの間に強い結束を生み出していた。
俺たちは運命共同体だ! と言わんばかりの空気の中で明奈は浮いていた。
明奈は、自分のことを話したがらない。
どんな過去を持っているのか、どういう経緯を経てこの計画に参加すると決意したのか。
そういったことを、質問されても真面目に答えないのだ。
適当にはぐらかしたり逃げたりを繰り返す明奈に、不満を募らす者は少なくなかった。
自分たちはこんなに心を許して一丸になろうとしているのに……なんかあいつ一人だけスカしてない?
そんなふうに思われていることは、明奈自身察していた。
しかし、色々な事情が手伝って、明奈は面と向かって責められることはなく済んでいた。
一つ目は、リーダーの太輔の古い知り合いで、彼のお気に入りだということ。
二つ目は、アジトは明奈の金で買ったものだということだった。
明奈は、詐欺などの"人を騙くらかす"系の犯罪を何年もやってきた。
それで大金を稼いできたので、50人以上の人間が集まれるビルを買うのは容易いことだったのだ。
自分たちが世間の目を隠れて集まれるのは明奈のおかげ。それを思えば、そう悪し様に言うのも気が引けるのだった。
その二つの理由のほかに、もう一つ明奈の反乱分子を抑えていたものがある。
流夢と歩。この二人が明奈にベッタリくっついていたからだ。
流夢と歩は、明奈を母親のように慕っていた。
いや、ように、ではなく完全に母親視している。
事実、流夢は「ママ」と、歩は「お母さん」と明奈のことを呼んでいた。
明奈が東京にいる時は、ほとんどこの二人が彼女のそばに張り付いていた。それこそ母親にまとわりつく幼女たちのように。
流夢と歩は、非常に攻撃性が強く精神的に幼かった。
もし明奈の悪口を言っている人が目の前にいたとしたら、カッとなって殺してしまいかねないほどだ。
流夢と歩のモンスターチルドレンぶりを恐れるあまり、メンバーの中に明奈のことを悪く言う者はいない。
いわば流夢と歩のおかげで、組織の中で問題なくやれているのだが、明奈は二人を鬱陶しく思っていた。
ベッタリした距離感も高いテンションも、全てが鬱陶しかった。
嫌い、とまではいかないけれどダルかった。
まあ、このダルさもほんの少しの間だけだ。
明奈はそう思って、勝手に娘面してくる流夢と歩を適当にあしらっていた。
流夢は、ちょっと前まではキャバクラでナンバーワンキャバ嬢として働いていたのだが、一度だけナンバーワンになれなかった月があった。
その時の流夢の落ち込みぶりは、世界が終わったのかと思えるほどだった。
意気消沈した流夢は仕事を辞めた。
一日中家でボーッと過ごしている時に、SNSを通じて太輔と出会った。
太輔の言葉は、流夢の中で燻っていた感情をパッと燃え上がらせた。
SNSを通して同類を集めていた太輔は、流夢を受け入れた。
そしてメンバー入りを果たした流夢は、見覚えのある顔を見つけて目を見開いた。
明奈を見た時、ナンバーワンの人だ、と思った。
二人は同じ子カフェで働いていた。
明奈の方は流夢にそれを指摘されても、すぐにはピンと来なかったが、やがて「ああそういえば」と思い出した。
幼い流夢にとって、明奈はスーパースターでとても到達できない高い位置にいるお姉さんだった。
年長者のくくりに入るにも関わらず、多くの子どもたちを差し置いて、ナンバーワンの位置に居続ける明奈は流夢の目標だった。
ナンバーワンになりなさい、という母の言いつけを、流夢は微妙な形でしか実現できなかった。同年代の中では一番、というのが自分の限界だった。
当時の流夢にとって、明奈は憧れの存在だった。あまりの距離の遠さに、妬ましいという気持ちも湧かなかった。
元々好意的な感情を持っていたのも手伝って、流夢はあっという間に明奈に懐いた。
歩も太輔のSNSを見て、仲間入りを果たしたクチである。
というか、ほとんどのメンバーがその流れで集まった。
流夢も歩も、母に対する執着ぶりが激しい人であった。
二人とも、母親はすでに他界しているのだが、それが受け入れられない様子だった。
流夢は、ママからどうすればいいか教えてもらえないと、生きていくのもままならないほど、母を絶対的な存在として捉えていた。
歩は、表向きは実母のことを、憎らしい、死んでくれてせいせいした、と言っているのだが、お腹の中ではそれだけではない思いを抱いているのだった。
本当は優しくされたかった、愛してほしかった……という未練が見え透いていた。
流夢と歩が明奈を母親視する理由は、彼女が自分の母と少し似た感じがする、という——安直といえば安直すぎる理由だった。
見た目は似ていなくとも、雰囲気や言葉遣いなどに通じるものがあると、流夢と歩は感じていた。
流夢と歩は、いつも喧嘩ばかりしていた。時に髪の毛を引っ張り合うほど、ヒートアップすることもあった。
この二人は、どうにもお互いが気に入らなかった。
二人は、自分の母親を横取りしかねない目障りな存在として、互いを認識していた。
明奈は二人のうちのどちらも好きではないのだが二人は、私の方がママに好かれている、いやお母さんは私の方が好きなんだ、と互いに競い合っていた。
それは、幼い姉妹が母親の愛情を取り合って、戦いを繰り広げる様子によく似ていた。
幼い姉妹たちと同じように、母親を巡ってちょくちょく喧嘩が勃発する以外には、流夢と歩は特に問題を起こすこともなく、度々談笑なんかもしていた。
喧嘩をしていない時の二人は、仲の良い友達同士に見えた。
アジトを溜まり場にして、一緒にお菓子を食べながらお喋りをしている流夢と歩の姿がしょっちゅう見られた。
二人のコンビネーションはなかなか息が合っていて、明奈に何かありそうな時は、手を組んで力になってくれるだろう、と誰の目にもそう思えた。
もし明奈が道を逸れようとしたら——その際は何が何でも食い止めるだろう、と。




