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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
交わる人生

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変わる恐怖と変わらない恐怖

 彼方から、あくまでも自分の領域は守る、という態度を取られ続けて、もう2週間以上が経過した。


 こんなはずじゃなかったのに。

 はるかは、自分の思い通りにならないことばかりで、悔し涙が出てきた。


 今までの彼氏たちは、はるかの思い通りに動いてくれた。

 はるかの意図が伝わらなかった場合でも、彼らなりに懸命に彼女の望むことを叶えてあげようとしていた。


 今まで泣いたり暗い顔をしていれば、当たり前のように自分を犠牲にしてくれた男たちに慣れきったはるかは、日に日に不信感を募らせていった。


 彼方は自分のことなんてどうでもいいのだと。本人から「違う」と言われても、そんな疑いが湧いてくるのを、どうにも抑えられなかった。


 今まで当然のように自己を犠牲にしてあれこれ世話を焼いてくれた存在が、恋しくなってきた。


 はるかが悲しんでいるのを分かった上で、彼女が望んでいるのが何かを知っていながら、あえてその通りにしない、という彼方のスタンスが、はるかには理解不能で恐ろしく感じられた。


 彼方がどう思っているのかわからない。

 前向きな言葉や、自分を真っ直ぐ見つめる瞳の、何もかもが怖い。

 彼方とこれ以上一緒にいるのが怖かった。


 彼は、私の望んでいる人じゃない。

 私がこれまでずっと夢に見て待ち望んでいた人と彼とは、まったく重ならない。


 だから違うんだ。この人は私に必要ない。

 だって本当に私に必要な人だったら、こんな不安な気持ちになったりしないもの。

 もっと心穏やかになれて、それでいつの間にか救われているはずだもの。


 はるかは、そう自分を納得させて彼方に、

 「もう終わりにしよう」

 と切り出した。


 「もう家に来ないで。自分の家に帰って彼方くん。優しいお父さんも心配してるでしょ?」

 「いいんですか?」

 「いいよ。私、最近変なの。ずっと心がグラグラしてて……彼方くんに会う前は、ここまで不安定になることなかったのに……」


 はるかの心は、もちろん常に不安定といえばそうだったが、彼方と暮らすようになってから——正確に言うなら、初めて彼方を家に招いて話したあの日から、今までに経験したことのない荒波を心に感じていた。


 慣れ親しんで、快感すら感じるようになってきた今までの苦しみとは似ても似つかない——その感傷の中にいる時は、ある種の安心感すら感じるのに、彼方との出会いによってもたらされた新しい苦しみは、はるかに出口の見えない不安を感じさせるばかりで、安らぎとは対極なのだった。


 その不安と恐怖から逃れたい。

 彼方が消えれば、この苦しみは感じなくなるはずだ。


 はるかはそう思って、彼方を追い出す以外に心を安定させる方法はない、と決意したのだった。


 「それは良い変化だと思いますよ。はるかさんが変われている証拠です」

 「変わるって……こんなしんどい思いをしないと、私変われないの? この変化が良いことだなんて、とても思えないんだけど……」


 はるかは、こんなにキツイ思いをしないと変われないというのなら、いっそのことこのまま変わらない方が幸せじゃないか……と思ったりもした。


 それに、苦渋を舐めて耐えに耐えたところで、救われる保証なんてないのだし……。


 先の見えないものに対する不安が無限に膨れ上がっていく。失敗の可能性がはるかの目を覆っていく。


 私はどうなってしまうのだろう。

 今の不安を耐え抜けば、素晴らしい未来が来るのだろうか。

 その未来は確かなのだろうか。


 散々しんどい思いをして、結局何も得られなかったら——。

 はるかは、それが怖くてたまらないのだった。


 変わることが怖い。でも変わらないことも怖い。

 もう私は何もしたくない。恐怖も不安も感じたくない。


 誰か理解のある人が現れて、私を引っ張りあげてくれればいいのに。

 スーパーヒーローみたいな人がやってきて、全部大丈夫にしてくれればいいのに……。


 はるかは、ずっとそう思ってきた。


 変わることへの恐怖。変わらないことへの恐怖。

 彼女の中で、それが24時間常に戦っている。

 そして、どちらの恐怖が強いのかと言うと、変わることへの恐怖の方なのだった。


 そちらの方が、はるかにとって耐えがたいものだった。


 「もう無理だよ……前の方が良かった。前の方が穏やかに過ごせてたよ。これ本当に合ってるの? 確信が持てないってことは、実は間違った道に行ってるんじゃない?」


 彼方の言う通りに正しい道を歩けているのだとしたら、もうちょっと明るい気持ちになれるのではないか。そうでないとおかしくないか。


 どうして彼方はそこまでの自信を持てるのか。

 それは良い変化だと、そこまでの確信を持って言えるのか。


 この人を信じてはいけない。

 彼方くんは所詮他人事だと思っている。だからいくらでも適当なことが言えるんだ。


 はるかは、そういうふうに思えてならなかった。


 「はるかさんが今感じているしんどさは、一時的なものです。もう少し耐えていれば平気になってくるものです。今の苦しみを切り抜ければ、はるかさんは確実に成長する——前よりも幸せになれる。だからその痛みから逃げないでください。ここで辞めるなんて言わないでください」


 彼方が必死に食い止める。


 「例えるなら、アルコール依存症の人が酒を飲めない生活に入って、禁断症状から酒を求めてのたうち回る——今のはるかさんの状態はそれと似たようなものです。何かに依存している状態から抜け出して、真に安定した心を手に入れるためには、必要な痛みなんです」


 ここを耐えられるかどうかにかかっているのだと、彼方は力説した。


 はるかは、もう信じられなかった。信じる気力も萎れてしまっていた。


 そんなわけない。彼方くんの言うことは間違っている。

 そう言って耳を塞ぎたかった。


 彼方の言葉は、いつもはるかをグサグサと突き刺してくる。

 もう嫌だった。安らぎたかった。


 「とにかく出てって。私のために何かやろうとしてくれてありがとうね。迷惑かけちゃってごめんね」

 「ダメです、はるかさん」


 焦った様子の彼方には構わず、彼の荷物を一つにまとめていく。

 それはすぐに終わった。


 ぐいっとカバンを彼方に差し出す。

 彼方は手を両脇に下げたまま、微動だにせずはるかの揺らぐ瞳をじっと見つめている。


 「受け取って!」


 ほら! とカバンを差し出すはるか。それに対して、まつ毛一本も動かさない彼方。


 先に焦れたのは、はるかの方だった。


 「出ていって! もう本当に出ていって!」


 カバンが大きな音を立てて床に落ちる。

 だが、二人ともそんなことはまるでなかったかのように、なんの関心も示さなかった。


 「いいんですか?」

 彼方がポツリと言う。


 彼の顔を見たはるかは、二の句が告げなくなった。

 彼方は悲しそうな顔をしていた。ほとんど泣きそうな表情だった。


 バタバタと騒々しい足音が響いて、ついで玄関のドアが閉まる音がした。

 出ていってしまった。

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