二人のシンパシー
ここで、大戸太輔のことについて少し話しておこうと思う。
彼は現在24歳の男で、中学・高校時代は非行少年として周囲の大人たちを、特に一緒に暮らす家族たちを大いに悩ませていた。
「どうしてそんなに私たちを困らせるの」
「お前さえいなければ、この家はなんの問題もないのに」
夫婦は、度々問題行動を起こす太輔さえいなければ自分たちの家庭は完璧なのに、とことあるごとに嘆いていた。
そんな逆風の中でも、太輔は態度を改めるどころか、ますます乱暴な行いに走っていった。
家族から叱れば叱るほど「お前さえいなければ」と言われれば言われるほど、彼は問題を引き起こすのだった。
太輔とこの夫婦の間には、直接血のつながりはない。
太輔は、小学生の途中まで実の両親と暮らしていた。
しかし、虐待に気づいた学校教師が児童相談所に通報したことで、太輔と実の両親の生活には終止符が打たれた。
そして、中学生に上がる頃になって、親戚の夫婦の元で養育されることになった。
夫婦は、太輔を罵ったり手を上げたりといったことはしなかったけれど、太輔の存在に戸惑っていることは明らかだった。
困った子。可哀想な子。面倒見なくちゃいけない子。
そんなふうに憐れんでいるのが、太輔には痛いほど伝わってきたのだった。
夫婦は憐れみから太輔を引き取ったのであって、そこに愛情はなかった。
太輔が不良として他所に迷惑をかけるまでは、彼が何をしても寛容に見過ごしていた。
あの子は可哀想な子なんだから、それくらいのことはしょうがない、と。
太輔がわざと家の物を壊したり、財布からこっそり千円を抜き取った時に、彼らは太輔を責めるのではなくて、憐れみの目で見るのだった。
それから太輔の非行は、どんどんエスカレートしていった。
下級生を殴ったり、教師の車を破壊したり、万引きを繰り返したり——そんなことが続くうちに、とうとう夫婦も太輔が疎ましいという感情を表に出すようになった。
夫婦は共に、太輔の悪口で盛り上がった。
「あの子さえいなければうちは完璧なのに」
これが二人の共通認識だった。
高校卒業と同時に、太輔は家を追い出された。
そこまで面倒を見れば、引き取った義務は果たせる。あとはどうとでも放っておけばいい。
太輔は、特に文句を言うでもなくそれを受け入れた。
高校を卒業してからの彼は、仕事らしい仕事はせずに、チンピラみたいなことをして生活していた。
明奈に出会ったのは、彼がニセ電話詐欺グループで働いていた時だった。
太輔は"掛け子"というターゲットに電話をかける役割。
明奈は"受け子"というターゲットの元に出向いて、金を受け取る役割を担っていた。
明奈は、受け子として活動していたが、詐欺の計画や手順を考えていたのも彼女だった。
小規模のグループの中で明奈はリーダーだった。彼女が立てた計画を、太輔や他のグループのメンバー、そして明奈自身が実行する——そういうやり方で何人もの人から金を騙し取り、懐を潤わせてきた。
最も金を得ていたのは、もちろん司令塔である明奈だった。
当時の明奈は、人を騙して大金を手にするということに並々ならぬ情熱を注いでいた。
そのうち、ニセ電話詐欺よりももっと大金を一度に稼げる詐欺があると気づいた明奈は、組織を解散させて新しい詐欺を始めた。
組織を解散させる際、明奈は他のメンバーには何も言い残さなかったのだが、唯一太輔にだけは声をかけた。
自分の協力者として働くつもりはないか、と。
太輔がその誘いに乗ってから、早5年。
二人は、腐れ縁的な関係を築いていた。
明奈が太輔の何に引き寄せられたのか。
それは本人にしかわからないことだ。
この5年の間に、二人の間にはある結論が出た。
自分たちがどういう未来を望んでいるのか。
何をしていても常にまとわりついてくる鬱屈した気持ちや、抑え難い激しい怒りから、どうすれば解放されるのか。
人を騙しても、大金を手に入れても、他人より優位に立っても、大勢の人間から恐れられもてはやされても、心は晴れなかった。
一時的に爽快な気分になれたけれど、その爽快感は長くは続かず、心の底から喜べない。
他人から搾取して、優位な立場に立てれば、幸せになれると思っていたのに。
望んでいた感情はいつまで経っても湧いてこなかった。
ただ、一瞬だけパッと明るくなるだけ。湧き上がってくる快感は花火のように儚かった。その一瞬の快感を求めて、駆け回り続ける。
でもそんな生活にも、もう疲れてきた。
大切に思えないものを必死に追いかける日々に、憔悴しきっていた。
一体どうすれば、全てから解放されるんだろう。
自分たちが救われるには、どうすればいいんだろう。
それで太輔が行き着いた答えが、例の計画だった。
太輔の考えを聞いた明奈は、それだ! というようにパッと顔を輝かせて、そのアイデアに飛びついた。
「どうせやるなら、規模を大きくして派手にやろう」
明奈はそう言って、同志を集めることを提案した。
太輔と明奈は、SNSを通じて50人以上もの仲間を集めていった。
自分たちと同じ思いを抱えて、もう何もかも終わりにしてしまいたい、と人生に絶望している若者たちを——。
「そういえば、"私小説"の方はどうなんだ?」
例のアジトで、太輔が明奈に呼びかける。
「もう書き終わったよ。ほら」
パサッとテーブルの上に乗る紙束。
「すげえな。わざわざ印刷までしたのか」
「もちろんネット上にも公開するけど、こうやって手に取れる形で残しておくのもいいかなって」
「『わたしは小説にしようと思う』って言い出した時はびっくりしたよ。他の奴らが作文とも呼べないメモみたいなものを書く中、お前一人だけ小説にして訴えかけるって言うんだから」
それなりに厚さのある紙束には、明奈の人生の重要な部分が——子ども時代のことが書かれていた。
そして、"子カフェ"に対する非難、その存在を許していた大人たちへの非難が記されていた。
「うん……うん、いいな」
明奈の私小説を読んでいる太輔が、子カフェでの仕事のところで、しきりに頷いている。
「よく書けてる。計画が終わったあとに、これを読む奴らの反応が楽しみだな」
「いい感じに憐れみを誘う文章だったでしょ? まあ、誇張して書いた部分は一行もないけどね」
明奈が、大手の子カフェでナンバーワンだったことを、以前太輔は軽く聞かされたことがあった。
私小説を書く、と言う明奈に彼は頼んだ。
子カフェでの経験について、そこらへんのクソっぷりについて、詳しく書いてほしい——と。
「それにしても、お前にこんな過去があったなんてなあ……長いこと一緒にいたけど全然知らなかったよ」
「教えるつもりもなかったしね。……でも、もう気にする必要もないから」
「だな」
どうせ、近い将来にこいつともおさらばだ。
今さら何を気にすることがあるだろう。
そういえばわたしは、こいつに家族のことを何も話したことなかったな。
わたしは、こいつがどれほどクソみたいな人生を歩んできたのか、よく聞かされたけれど——。
明奈は、そんなことをふっと思い返した。
明奈の言う通り、太輔は彼女に色々なことを話した。
父親に毎日殴られて育ったこと。
児童養護施設での生活。
親戚の夫婦に引き取られてからの、荒れに荒れた暮らしぶり。
その家庭の居心地の悪さと異質さについて。
そういった過去を、太輔は明奈によく話した。
明奈は特に興味はなかったのだが、何度も聞かされるので自然と太輔の半生が頭に入ってしまった。
太輔は、明奈に対して強いシンパシーを感じていた。
それは明奈も同じだったけれど、彼女の方はあまり自己開示をしたがらなかった。
それを太輔は、内心不満に思っていた。
ようやく明奈の過去を知れた太輔は、ご機嫌だった。
「残念だったな、色々と」
「ふん。もうどうでもいいよ」
明奈がそっぽを向く。
慰めなんていらない、と言っているみたいだった。
太輔の方も、慰める気なんてさらさらない。
今さらそんなもの、なんの役にも立たない。
自分たちは、もう終わっているからだ。
苦しみに満ちた長い人生をようやく終わらせることができる。最後に思いっきり"復讐"して。
「ああ、そういえば」
太輔が、引き出しから封筒を取り出す。
「これ、欲しけりゃやるよ」
「金?」
「パチンコで大勝ちしたんだよ。お金大好きなお前に恵んでやろうかなー、って思って」
「いらない」
中身も見ずに断る明奈。そんなものには本当にまったく興味がない、とでも言うような調子だった。
「昔の話はやめて」
「そう言うと思った。そんな不機嫌な顔すんなって」
「お金なんて……」
明奈は言葉を途切れさせて、それから長いこと遠い目をしていた。
太輔はそんな明奈を、いつまでも嬉しげに見つめていた。
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