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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
交わる人生

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依存体質からの自立

 物語は再び、彼方とはるかの話に戻る。


 あの運命的な出会いから3日しか経っていない。

 それにも関わらず、はるかはまた別の男を家に連れてきていた。


 言うまでもなく新しい彼氏だ。

 はるかは、自身が失恋したことを、早速その日のうちにSNSで呟いた。


 『もう無理……死んじゃいたい……』


 その文章を投稿したアイコンは真っ黒に変わっていた。失恋する前までは、可愛いハムスターのアイコン画像だったのに。


 その投稿を見た職場の男が、

 「どしたん話聞こかー?」

 と傷心中のはるかに声をかけたというわけである。


 それで親身になって話を聞いてもらううちに、

 「お試しでいいから俺と付き合ってみない?」

 という流れになり、まあお試しなら……とはるかは例の通り『性的なことはしない』という約束を取り付けたのである。


 そして、仮交際2日目で自宅に招待、という今の状況になったのだが——。


 「何してるんですか、はるかさん!」

 すぐ隣から男の声がしたことに気づいた彼方が、バン! と勢いよく玄関から飛び出してきた。


 「え? はるかちゃん、この子誰?」

 「彼方くん……!?」


 はるかと男が手を繋いでいることに気づいた彼方は、思わず顔を覆いたくなった。


 「はるかさん。三日坊主ですか? 俺と話したこと、もう忘れちゃったんですか?」


 はるかはぐうの音も出なかった。


 「あの日、俺が帰る間際に言ったことは嘘だったんですか?」

 「確かに、変わりたいし変わる、って言ったよ……でも、今度は大丈夫だから! 彼方くんに言われた通り、寄りかかることはやめる。恋人に頼りきりにするのはもうやめるよ!」

 「じゃあ、恋人なんて作らないでくださいよ」

 「ちょっと待てよ」


 黙って成り行きを見守っていた彼氏が、会話に参加してくる。


 「お前誰だよ。はるかちゃんは成人済みの立派な大人だよ? 誰と付き合うべきかくらい自分で決められるんだけど」

 「いや、この人はまだ子どもです。分別がついていないんです。はるかさんに恋愛は早すぎる。それよりも先にやるべきことがあるはずです」


 それは親が自分の子に「あなたにはまだ早い」とたしなめる口調にそっくりだった。


 「はるかさん。あなたはしばらくの間は誰とも付き合わない方がいい。また同じ過ちを繰り返すことになりますよ」

 「大丈夫だから……今度は失敗しないように頑張るから……だから心配しないで、彼方くん。それとも、私は自由に恋愛すらできないの?」


 非難がましい目線を浴びせるはるか。

 しかし、彼方は少しも怯んだ様子はなく続ける。


 「大丈夫。すぐにまたできるようになりますから——もっとも、それははるかさん次第でいかようにも変わりますけど」


 はるかは、まだ何か言いたそうにしていたけれど、次に出た彼方の言葉で、何も言えなくなってしまった。


 「というか、たった3日で新しい恋に目覚めるなんて、いくらなんでも早すぎるでしょう」

 「…………」

 「…………」


 はるかだけでなく、彼氏の方まで気まずそうな顔をして黙っている。


 お前それは言うなよ……というような薄ら笑いを浮かべて彼方を見ていたが、やがてはるかと繋いでいた手をパッと離した。


 「なんかテンション落ちたわ。じゃーねーはるかちゃん」

 「えっ、ちょっ……」


 スタスタと去っていく彼の後ろ姿に、追い縋るように手を伸ばすはるか。

 彼は、もう遥か彼方へと行っていた。


 「はるかさん。家にあげてくれませんか?」


 彼方がそう言うのを、はるかは拒むこともできずに、こくんと頷いた。




 「もうあんなことはやめてください」

 「…………」


 はるかは返事をしてくれない。


 3日前と同じように、テーブル越しに向かい合う二人。

 はるかは、ふてくされたようにむっつりと押し黙っていた。


 それは、なんで自分が責められてるのか理解できない、という無言の意思表示に他ならなかった。


 「別に好きな人を作るくらいはいいでしょ。好きになっちゃったらしょうがないじゃん」

 「はるかさんは、あの男の人のことまったく好きじゃないでしょ」

 「そんなことないもん」

 「なら、あの人のどういうところが好きなの?」


 そう訊かれると、はるかは困ってしまった。


 「いい人だって思ったんだ。彼と別れて絶望のどん底にいた私を優しく気にかけてくれたの。私が何を言っても嫌そうな顔一つせずに、口も挟んでこずに、うんうん、って頷いて聞いてくれたの」


 はるかがこういう女だということは察していた。

 だから彼方は、不愉快そうな素振り一つ見せるでもなく、はるかの話に耳を傾けていた。


 「『はるかちゃんは何も悪くない』って言われて、私にとって必要なのはこういう人なんじゃないか、って思ったの。だから勇気を出して心を開いてみようかな、って思った。……ねえ、別に悪いことじゃないでしょ?」


 はるかは、本気で自分の過ちに気づいていない。

 もはや本能レベルで、依存体質が染み付いているのだった。


 かなり苦しい闘いになるかもしれないとは覚悟していたものの、彼方はめまいがしてきた。


 本当にこの人は変わることができるのか、と不安になってくる。


 いや。

 彼女は確かにあの日「変わりたい」と言った。

 その思いは本物だと信じたい。


 はるかと似た状態の人たちはたくさんいる。


 しかし、その人たちは苦しんでいながら、そんな状況を変えたくないと願っている。

 本人がどの程度自覚しているかは知らないが、"このままでいい"と思っている者がごまんといるのだ。


 そんな人たちに比べれば、はるかなどまだ易しい方だ。

 大丈夫、彼女はきっと変われる。


 彼方は、気持ちを強く持とう、と決意した。


 「はるかさん」


 自分を見すえる彼方の目。その眼差しのあまりの真っ直ぐさに、はるかは思わず目を逸らした。


 俺は心からあなたに期待している——そんな意思が伝わってくるような眼差しに、はるかはその場から逃げたくなった。


 「他人に心を開く前に、まずはあなたが自分自身に心を開いてください」

 「私が私自身に……?」

 「そうです。あなたは他人にありのままの自分を受け入れてほしいと願っていますが、あなた自身、"ありのままの自分"をどの程度まで把握できていますか?」


 本当の私を愛してほしい。

 ありのままの私を認めてほしい。


 はるかはそう強く願っているが、果たして彼女自身、本当の自分がどういう感じか、ちゃんと理解しているのか。


 自分のことがわからないのに、どうして自分を幸せにする道が見えてくるものか。


 「まずははるかさん自身が、ありのままの自分を認めてあげることが大事です。そのためには自分がどういう人間か知る必要がある。どういう過去を経て、どういう感情を抱いてきたのか。そして、これからどうしていきたいのか——そういうことを手探りでやっていくことが、自分を変える近道になると思います」

 「まずは自分で自分を愛するように、か……」


 はるかは、小馬鹿にするような笑みを浮かべてみせた。


 「それ、前向きなことばっか書いてある本とかによく書いてある言葉だよね。価値のない人間なんていないとか、自分を愛せない人間は他人のことも愛さないとか。どれもこれも歯の浮くような言葉で嘘ばっかり」


 はるかは俯いて、

 「ただ生きてるだけで価値があるなんて、そんなわけないのにね。だってそれが本当ならなんで私は……」

 と言葉を詰まらせてしまった。


 「自分を愛することなんてできるわけない……そんなのは、大勢の人からたっぷり愛されてきた人たちだけの特権だから」


 はるかは、眩しそうに目を細めた。


 「私はそういう人たちとは違う……自分を愛せるほどの自信なんてないの……! そんなこと簡単に言わないで……!」


 わっと顔を覆って泣き出してしまうはるか。


 彼女は、感情が限界まで高ぶると、こんなふうに勢いよく泣き出してしまうのだ。


 「はるかさん。自信は後から身につけられるんです。たとえすぐには身につかなかったとしても、意識し続ければ自ずとついてくる——それがわずかなものだとしても」


 別の世界の常識を耳にしたように目を見張るはるか。


 「それに、自信を全ての悩みが解決できる無敵の力のように、解釈することも行き過ぎです。何もそんなに特別な力じゃないんです。選ばれた特別な人間だけが持てる、特別な能力でも何でもないんです」


 確かにそれがあれば、何か災難が起こった時に何とかなることも多い。

 しかし、それのみでありとあらゆる問題に立ち向かえるわけではない。


 はるかは自分と他人を見比べて、だってあの人たちには自信があるから……と諦めてきた。


 あの人たちは、揺るがない自信を持っているんだ。だから何があっても大丈夫なんだ。

 私とは違う別世界の人間だから。私は持たざる人間だから。


 どこにでもいる普通の人たちを離れたところから眺めて、自分には手の届かない存在だと思い込んでいた。


 「手を伸ばしてみてください」


 自分の考えていることが伝わったのかと、ギクリとする。


 「他人に与えてもらおうと思わないで、自分から手を伸ばして掴み取ろうとしてください。そうじゃないと、本物は手に入らない」

 「手に入らなかったらどうするの? 失敗したらどうすればいい?」


 はるかは、極度に失敗を恐れているのだった。

 失敗は許されない。失敗したら価値がないってことだ。一度失敗したら取り返しがつかない。


 そんな強迫観念に、何年も縛られ続けていた。

 ガチガチに凝り固まったものを今から解くのは、言うまでもなく困難だろう。


 しかし、どれほど大変でも振り解こうとしなければ、一生そのままだ。


 自分のことを何も知らず、愛が何なのか自分なりの解釈を持たず、その時々で声をかけてくれた別に好きでもない人と、何の目的もなく付き合う。


 構ってくれる誰かに依存して、相手が潰れるまで期待を押し付ける。ものの数ヶ月で別れて病む。


 『やっぱり自分なんかが幸せになれるわけがないんだ。自分みたいな人間、誰からも愛されるわけがない』


 と、愛されない自分への哀れみの情を無限に膨らませていく。


 そんなことが、何年も何十年も続いていく。


 成人しても、人生の節目を迎えても、肌にシワが刻み込まれても、腰が曲がっても、寝たきりになってもだ。


 一生をかけて世界を恨み、自分を憐れむ。

 そして今際の際で、絶望と共にこぼすのだ。


 「やっぱり人生なんて苦しいだけで、一つも良いことなんてなかった」


 はるかがそんな最後を迎えないように、彼方は全力を尽くす。

 自分にできることをできる範囲で。


 はるかが変われるのかどうかなど、彼方にはわからない。彼女はきっと変われると信じたい、というだけで、自分の行動に確信なんて持てない。


 どれだけ言葉を尽くしても、何も届かないかもしれない。

 何も変えられないかもしれない。

 全部無駄に終わるかもしれない。


 そういう恐怖と、彼方は闘っている。


 「もし失敗したとしても何度でもやり直せます。心が挫けそうになったら俺を頼ってください」

 「なんなの……嫌なこと言ったかと思ったら、急にそんな優しさ見せて。態度をハッキリさせてよ。私の味方なのかそうじゃないのか——」


 はるかには、一か百しかない。


 常に優しくて、自分の望む言葉をくれる人じゃないと、安心できない。

 一度でも関係性にヒビが入るとそれでもう終了。修復不可能だと絶望してしまうのだった。


 失敗したら取り返しがつかない。その考えは彼女自身のみならず、他人に対しても適用される。

 だからはるかは、他人と関係性を築いても、一つとして長続きしたケースがなかった。


 「俺はいつだってあなたの味方です。それを忘れないで」


 それが一番覚えておいてもらいたいことだと言うように、力強く断言する彼方。


 彼方の言葉は、はるかに届いたのか。

 良いところ、2パーセント程度しか伝わっていなかった。


 はるかは、自分に向けられた真摯な言葉の数々を、疑わしく思っていた。


 3日前に初めて会話した程度の付き合いの少年に、私の何がわかるの。


 偉そうに説教垂れちゃって、自分が気持ちよくなりたいだけじゃないの?

 正論ばっかりベラベラと。正論じゃ人は救えないの。それよりも私を慰めてよ。頑張ったね、あなたは何も悪くない、って褒めてよ。絶望している人に本当に必要なのは、そういうものなのよ?


 私の味方だ、私を助けたい、って口では立派なこと言うけど、私が傷つかないように守ってくれるわけじゃない。むしろ、嫌なことばっか言ってきて、私を傷つけてくる。本当に口だけ。


 すぐに根を上げるに決まっている。

 ちょっと面倒なところを見せてやれば、こんなやつさっさと消え失せる。私のことなんか、さっさと見限るに違いないんだ。


 もうこうなったら——。


 「じゃあ彼方くん。今日から私の部屋で暮らしてよ」


 目を見張る彼方に構わず、とんでもない提案を告げるはるか。


 「私が心配だって言うなら、そばで私が何かしでかさないか見張ってればいいよ。今日みたいなことが起こらないように監視すればいいでしょ」

 「本気で言ってるんですか」

 「うん。彼方くんがうちで暮らしてくれるなら、彼氏はもう連れてこないよ」


 彼方は神妙な目つきで考え込んでいたが、案外早く答えを出した。


 「わかりました。よろしくお願いします」


 はるかは1週間もしないうちに、彼方が白旗を上げることをイメージしていた。


 彼氏と同棲していたことも何度かある。

 みんな半年もしないうちに「もう耐えられない」と出ていった。


 せめて私との生活に耐えてみせてから、大きな口をきいてほしい。

 安全圏から、気持ち良い言葉を吐いてきたこいつに知らしめてやりたい。

 私がどれほど手に負えない人間かってことを。


 『一人じゃ不安だと言うなら、俺がそばで支えになります。あなたを一人で闘わせたりしません』

 『心が挫けそうになったら俺を頼ってください』

 『俺はいつだってあなたの味方です。それを忘れない』


 それらの言葉が気まぐれに過ぎないことを証明してみせる。

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