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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
子どもと子ども

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虐待

 「リオ、聞いてよ! 私ちょっと前から子カフェ通いにハマってるんだけど〜」


 仕事中に、()()()()という言葉を耳にし、一瞬ギクリとする。

 嫌悪感を悟られないように、すぐにスマイルを作る。


 「私、通ってた店に()()がいたんだけど、最近辞めちゃったらしいんだよ〜! 店の人が『グミちゃんはもうこのお店にはいないんです』って涙目で言って! 最近の楽しみになってたのに超ショックだよ〜!」

 「グミ?」


 その名前を聞いて、俺はもしかして……と思う。


 「その子さ、1ヶ月くらい前にニュースになってた子じゃない?」

 「えっ? ニュースに? なんで?」

 「〇〇区グミちゃん虐待死事件だって。ほら」


 スマホの検索結果を見せる。


 この辺で起こった事件なので、記憶に残っていた。

 5歳の女児が母親に殺された事件。


 被害者であるグミちゃん(5歳)が、母親に反抗し、怒り狂った母親が娘を痛めつけて殺した事件だ。


 「もうヤダ、もうヤダ!」と繰り返す女児を、母親は殴り蹴り——それでも反抗をやめなかったので、湯を張った浴槽の底に沈めた。

 暴れる子どもを、大人の全体重で押さえつけたのだ。


 女児はうつ伏せの状態で酸素を求めてジタバタし続けたが、やがて動かなくなった。


 大人しくさせるためにやった。ちょっと落ち着かせようと思っただけ。殺すつもりなんてなかった。

 私は我が子を心から愛していた。


 加害者である母親は、号泣しながらそう語ったという。


 「うわ……」

 ニュースを読んだ女が絶句する。


 「本当だ。この写真の女の子、グミちゃんだ……私、ニュースとか全然見ないから知らなかった……」


 両目が驚きと興奮に見開かれている。


 「だから店の人泣いてたんだ。言ってくれればよかったのに」

 「事件のことは話さないように言われてたのかもね。それに、お客さんに積極的に話すような内容でもないし……」


 隠したところで、知っている人は知っているだろうけど。


 このニュースは、ネットで少し記事になっただけで、大々的に報道されたりしなかった。

 街頭ビジョンで流れでもしたら、もっとたくさんの人に認知され話題にもなっただろうに。


 俺だって、まったく知らない土地で起こった事件だったら、気に留めなかっただろう。

 知らない人の方が圧倒的であろうマイナーニュースだ。この女が知らなかったのも当たり前だろう。


 「つらいね……グミちゃん、かわいそう。この母親、クソだね。許せない」


 客が顔を歪めて、憎々しげに吐き捨てる。


 「私、子ども好きだから、こういうニュース見ると本当に腹立つ。なんで自分の子どもにこんなことできるの? 意味わかんないよ。異常者だよ。根っからの悪人なんだろうね」

 「りんかちゃんは優しいね」


 俺がそう言うと、満足そうな顔になった。


 「そんなあ。私は普通だよ。こんなに可愛い子どもを愛せないなんて、そっちの方がマトモじゃないだけ。こういう親はホンット何考えてんだか。存在しちゃいけないよ」


 それから適当に持ち上げた後、すぐに話題を替えた。

 客はまた打ち興じてくれた。


 一瞬暗い雰囲気になってしまったけど、簡単に軌道修正できてホッとした。




 「ただいま」

 「おかえりなさいっ」


 もはや、彼方が家にいることに何の違和感も抱かなくなっている。


 こいつは何が楽しいのやら、俺が帰ってくると必ず弾んだ声で挨拶してくる。

 最初はそれを気持ち悪く感じていたが、もう慣れてしまった。


 さすがに一日中俺のところにいるわけではないが、自分の家にいるよりもここで過ごす時間の方が多いだろう。

 道子のやつ、マジで帰って来ないんだな。または帰宅したとしても、息子の存在に注意を払わないのか。


 俺はこいつをどうしたいのだろう。

 ここに置いとくべきではないとわかっているのだが、なぜ好きにさせておくのか。


 ……もう来るな、と言って、嫌だ! と駄々をこねられるのが面倒だからだろうな。

 追い出すのも追い出すので億劫だから、放っているだけだ。

 まあ、こいつもそのうち飽きるだろ。


 俺はそう自分を納得させて、今日も彼方のやりたいようにやらせていた。


 「おい、その腕どうしたんだ」

 彼方の左腕に青色のアザがあることに気づいて、俺は問うた。


 「あ、これ……」

 「道子か? お母さんなんだな?」

 「ちがうよ。転んだだけだよ」

 「いや、この感じだとぶつけたっていうよりも、つねられたんだろ」


 彼方の腕を掴んで、まじまじと観察してみたところ、そんな印象を受けた。


 「あっ、えっと……そうだよ。ぼくがつねったんだ」

 「自分の腕を? なんで」

 「えっと、えっと……なんとなく——じゃなくて! ほくろを取ろうとして……とにかくお母さんのせいじゃないから!」

 「そんなわけないだろ!」


 想定していたよりも大きな声が出てしまう。

 彼方がビクッと体を震わせる。

 俺は、無性にムシャクシャした気分になっていた。


 「別に怒ってるわけじゃない。だから正直に話せよ」

 「……うん。お母さんにつねられたの」

 「なんでそんなことになったんだ? そういうことは前からあったのか?」

 「ボクが悪いんだ。お母さんが疲れてるのにしつこく話しかけたから。ぼく、お母さんがため息ついてたから、食べてたパンを半分あげようと思って……いらない、って言われたのに。でも美味しいよ。食べたら元気が出るよ、ってお母さんの口に持っていったんだ。そうしたら怒っちゃって……お母さんはいらないって言ったのに、無理やり食べさせようとしたぼくが悪いんだ……お母さんは悪くないんだ」


 彼方は、早い段階から鼻声になっていた。


 「前にもこういうことはあった。その時もぼくがお母さんをイライラさせちゃって……久しぶりに会えて、ついベラベラ喋っちゃったんだ」


 彼方は、あくまでも自分が悪いのだという主張を覆さなかった。


 「つねられる以外にもされてるんだろ? どうせ。今までされてきた中で一番痛かったのはなんだ」

 「お腹をね、殴られたことがあるんだ。あっ、でも一回だけで、あとも残らなかったよ。たった一回であんなに痛いなら、何回も殴られたらどうなっちゃうんだろう、って何日も想像して一人で怖がってたなあ」


 彼方の言うことに、俺は深く共感していた。

 あれはかなり痛いものだ。頭や顔を殴られるのとは違った激痛が、腹部から上半身全体に行き渡る。

 初めて食らった時は、あまりのショックに後日自分の腹を見るたびにダメージを思い出して、震えていた。


 俺は何度も何度も殴られるうちに、ある程度慣れてきたが、それでも最初の一発が来る時は、恐ろしさに全身の鳥肌が立った。


 ちょっと痛めつけるつもりでポカリとやるにしては、腹を狙うのは異常だ。

 おでこやお尻などを軽く叩くくらいなら、手が早い親なのだろう、と納得できなくもないが、腹を殴るのは……。


 道子のそれはハッキリ暴力と言っていい。

 暴力とは一度振るってしまえば、際限なくエスカレートしていくものだと、俺は確信していた。


 一度殴った奴は何度でも殴る。


 その日、彼方が部屋から出ていった後、俺は考えていた。


 道子と彼方の親子関係について。色々と想像を膨らませていた。


 彼方の話を聞くところ、道子は基本的に家に寄りつかない。

 たまに彼方に必要な食材をドカッと置いて、すぐに出ていってしまう。


 家で少しの間腰を落ち着けることもなくはないが、そんな状況はレアらしい。

 一緒にいる時間が少ないなら、暴力を振るわれることもそんなにないだろう。


 そう思うと体から力が抜けて、息がしやすくなった。


 彼方の生活環境は、決して良い状態とは言えないけど、親に殴り殺される危険は少ないだろう。

 少なくとも今のところは。


 道子のやっていることは、明らかに罪に問われることだ。

 幼い我が子を家に置き去りにして、食事はろくなものを取らせない。身の回りの世話を一切してやらない。そして、時には腹を殴ることもある——。


 もしこのことがバレたら、道子はホストクラブに通うなんて出来なくなるだろう。

 俺は、道子の所業を隠しておこうと決心した。


 それはひとえに自分のためだ。金を落としてくれる存在を失いたくないがために、俺は憐れな子どもを見捨てようとしていた。


 道子のような太客を逃したくない。


 俺は、つくづく自分のことしか考えられないクズ人間だった。


 それから2週間くらい経った頃。

 前回の来店で、グミちゃん虐待死事件について話した客が「リオ、会いたかった〜!」と体をくねらせる。


 しばらく中身のない会話をした後で、

 「あっ、そうだ!」

 と客がパンと手を叩いた。


 「私、新しい推しができたんだ! 今度は6歳の男の子なんだけど〜」

 「え?」


 一瞬、反応が遅れてしまった。

 少し間をおいて、子カフェでお気に入りの子ができた、という話だと気づく。


 でも早すぎないか?

 だってつい2週間前に、あんなに『グミちゃん可哀想』と悲しんでいたじゃないか。

 その命を奪った母親に対して、あんなに怒りを露わにしていたじゃないか。


 「もうマジで可愛くて! 寂しがりなんだよ、その子。私と別れる時にすっごい悲しそうな顔してんの! 『また来てね、絶対だよ』って抱きついてくるんだあ」

 「それはたまらないね」

 「でしょでしょ! これが大人だったら、社交辞令とか営業で言ってるんだって思うけど、まだ6歳の子どもには、そういう打算みたいなこと考えられないもんね。本当にそう思ってるってことがわかる分、胸にくるんだよねえ。大人と違って汚れがないっていうかあ……あっ、リオへの嫌味とかじゃないから誤解しないでね」

 「大丈夫だよ。りんかちゃんには、俺の真剣な気持ちは伝わってるって信じてるから」


 俺は、そっと悲しげに目を伏せる。


 「こんな仕事してるとさ、疑ってかかられることも多いんだよね。特に初めて店に来てくれた女の子たちにはすごく警戒される。この仕事も長いから、だいぶ慣れてきたけど……やっぱり辛いんだよね。金を搾り取るクズみたいに誤解されるの。俺はみんなに楽しんでほしいだけなのに」

 「リオ……」

 「りんかちゃんは俺のこと信じてくれるよね? 俺が真剣だってこと信じてくれるよね?」

 「信じる! 信じるに決まってんじゃん! 私がリオをナンバーワンにしてみせる! よーしボトル頼んじゃうぞー!」

 「ありがとう! やっぱりりんかちゃんは最高の女の子だよ」


 なんでこんなにクズばっかりなんだ。

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