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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
彼女のこと

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いじめっ子

 須美ちゃんは、その日からあらゆる子たちに無視されるようになった。


 遠巻きにヒソヒソ言われたり、馬鹿にして笑ったりした。

 最初は小学校高学年の子たちの間にしかなかった嫌な空気が、幼い子たちの間にも広まった。


 幼い子たちは、なぜ須美ちゃんがからかわれているのか、イマイチわかっていなかったから、ただ雰囲気に流されただけだった。

 高学年の子たちの間で、須美ちゃんをいじめるのがブームになっていたから、それに乗っかったというだけのこと。私はこれも純粋さだと思う。


 子どもは身近にいる人たちを見て育つ。

 自我が未発達だから、周りの影響を大きく受ける。

 良い環境なら良い人間に。悪い環境なら悪い人間になるだけ。


 何もかもが環境のせいってわけでもないけれど、元々の性格がどうこうというよりも、環境の良し悪しの方が、よっぽど影響があると思う。


 良い環境にいれば、ちょっとくらい性根が悪くっても、そんなに悪いことはしないんじゃないか……と私はずっと考えている。


 だから私は、このままこの場所にいてはいけないと思うんだ。

 こんな場所に居続ければ必ず駄目になる。これ以上私が私を嫌わなくてすむように、早くここを出たい。


 それまで、ひっそりと息をひそめて毎日をやり過ごそう。

 そう思っていたのに……。


 私はもう一生自分を好きになれそうにない。


 須美ちゃんは、私を信頼して私だけに秘密を打ち明けてくれたのに、私はそれを大勢の子たちに言いふらした。


 しかも私は、須美ちゃんがいじめられるようになってから、須美ちゃんに話しかけなくなった。


 バッタリ顔を合わせそうになると、用事があるふりをして、来た道を引き返した。

 須美ちゃんに話しかけられるのが怖かった。話しかけられるところを別の子に見られるのも。


 私は須美ちゃんから必死に逃げ回った。

 唯一の友達。生まれて初めてできた友達。

 そんな大切な友達を私は無視し続けた。


 結局私は自分が一番可愛いんだ。私なんかが人の役に立てるわけがなかった。

 こんな最低な人間は誰からも求められない。

 私は一生一人ぼっちだ。


 それが罰なのかもしれない。この世で一番大切な人を裏切った罰として、私は誰からも迎えに来てもらえない。


 私に下った罰は一つだけではなかった。

 私には新しい習慣ができた。

 その習慣はあまりにも恐ろしくて、耐えられないものだった。

 朝目が覚めて一日が始まるのが怖くて、眠っている間に地球が爆発すればいいのにと思った。


 私はあの日から、ガキ大将に目をつけられてしまった。

 それが地獄の始まりだった。


 11歳のガキ大将は、みんなからデカポンと呼ばれていた。体が大きく、身長だけなら中学生にも負けなかった。乱暴で声が大きくて機嫌の浮き沈みが激しかった。


 もっとも噂では、学校では大人しくクラスの子たちから根暗だと思われているらしかった。

 同年代の子とはそりが合わないようで、クラスに友達は一人もいない。放課後はクラスの子たちと遊びに行っていてもおかしくないのに、いつも施設にいた。


 デカポンは、施設にしか自分の居場所がないのだった。

 デカポンには、取り巻きの男子が何人かいて、全員がデカポンよりも年下の10歳未満の子だった。


 その子たちは、乱暴者の機嫌を取り彼のお気に入りになることで、自分の身を守りたいのだ。

 デカポンの子分になることで、何かあった時——例えば他の子にいじめられそうになった時に、親分を引っ張り出せば、暴力で守ってもらえる。


 また、乱暴者に媚びを売って好かれれば、そいつにぶちのめされないですむ。腹立ち紛れにポカリと一発殴られるのは、まあしょうがないということで。


 取り巻きは、彼のご機嫌取りの係でしかない。到底友達とは言えない奴らに囲まれて、デカポンはいい気になっている。オレはここでは人気者なんだ、とますます暴君になっていた。


 デカポンは『オレの気分を悪くする奴は全員死んだ方がいい』という考えの持ち主で、どんなに些細なことでも、それが彼の気に障ったなら報復は絶対だった。


 廊下を歩いていてぶつかりそうになった、というだけで、因縁をつけてビンタするような奴だ。実際にぶつかったわけではなく、あと少しのところで体が触れ合いそうだった、というだけの理由で、6歳の子に手を上げる人間だった。


 私がデカポンにしたことは、そんなものとは比べ物にならないほど、彼を怒らせることだった。

 何と言ったっておしっこを浴びせたんだから。


 一回ボコボコにされるだけでは足りないだろう。

 デカポンは、怒りっぽい上にねちっこくて恨みがましかった。


 一度目をつけられれば、徹底的に痛めつけられる。恨み辛みを忘れることがなく、時間が経てば怒りもおさまってくれるかな……という望みがまったく持てない相手だった。そういうところがまた、多くの子たちに怖がられている理由だった。


 私はおしっこをひっかけた日の夜、デカポンに呼び出され、顔が腫れ上がるまで殴られた。

 呼び出されて殴られた場所は、例の空き教室だった。


 "秘密基地"の存在を知ったデカポンは、そんな面白そうな場所を、お前らなんかが使っているなんて生意気だ、と言って、私と須美ちゃんの遊び場を奪い取って、自分のものにしてしまった。

 秘密基地は、私と須美ちゃんのものから、デカポンと取り巻きたちのものへと変わってしまった。


 『夜の12時に一人で来いよ』

 その命令に逆らったら、もっと恐ろしい目に遭わされることは、私にもわかった。


 ちょっとの間だけ。ちょっと痛いのを我慢すれば、許してもらえる——。

 そう期待したけれど、たった一回好きに殴らせたり蹴らせただけで、スッキリしてくれるようなデカポンではない、と頭ではちゃんとわかっていた。


 でも言うことをきく外ない。

 私は言われた通り空き部屋に行って、無抵抗でボコボコにされた。


 レパートリーは少なかったが、殴られる度に暴言を吐かれた。

 暴言と暴力のコンボで、心がポキリと折れる音がした。


 デカポンの怒りが一旦おさまるまで、30分はかかった。部屋にある時計を見て、よくもまあこんなに怒りのエネルギーを溜めておけるものだ、と思った。

 私には無理だ。おしっこをかけられてもゲロをかけられても、ここまで怒ることはできない。


 なんだかデカポンが可哀想に思えてきた。

 こんなに怒りっぽくては、心が休まる暇もない。常にイライラし続けなればならないなんて、とても不幸せだ。


 デカポンは、親の虐待が原因で施設にやってきた。


 デカポンにとっては、暴力がコミュニケーション方法なんだろうな。


 暴力を使えば、自分よりも弱い存在を支配できる。

 親を見て、学んだことを実践しているんだ。


 その方法は間違っているからやめなさい! と強く叱られたこともないんだろう。学校では根暗で通っているみたいだし、デカポンは下級生にしか威張れない奴だ。担任の先生も、デカポンの乱暴なところは知らないんだと思う。


 施設の先生たちは、大きな問題が起こらない限りは、子どもたちの好きなようにさせている。

 デカポンを何とかしてくれ、と頼んだ子もいたけれど、子どもの喧嘩に大人が入ると余計ややこしくなるから、とあしらわれてしまった。


 喧嘩とは違うだろう、と文句を言いたくてたまらなかったけれど、先生の気を損ねればあからさまに冷たくされてしまう。ただでさえ私は大人に好かれない子どもなのに。


 大人に媚びを売ることも、上手く笑うこともできない私は、先生から"えこひいき"してもらえる子にはなれない。

 えこひいきされている何人かの子は、〇〇ちゃんに悪口言われた、の一言だけで気に入らない子に嫌がらせができるのに。


 デカポンは、子どもたちだけでなく施設の先生たちからも嫌われていた。腫れ物のように扱われているのを、本人が気づいていないわけがない。


 この施設にいる子たちは、表向きは自惚れが強い子でも、根っこのところでは自信がない。

 自分は誰からも必要とされていない。

 人によって差はあるけれど、みんながみんなそんなふうに悲観しているものなんだ。


 デカポンが相手を殴るのは自信がないから。

 相手が自分に怖がってくれれば、自分は相手よりも上だ、と思えて、安心するんだろう。

 暴言を浴びせ暴力を振るうことだけが、デカポンを安心させる方法なんだ。


 誰か一人でも注意してくれる大人がいれば、違ったかもしれない。

 暴力が止んで、デカポンが息を整えている最中に、私はそんなことを思った。


 この人は可哀想な人なんだ……。

 そう思うといくらか自分を慰められた。


 その時、デカポンの顔が真っ赤になった。長い間殴り続けて、ある程度落ち着いたと安心していた矢先に、その顔が怒りに染まり出したので、不意を突かれた私は、なんで、と声に出てしまった。


 首に手をかけられる。ガッと勢いよく掴まれたので、苦しくてしょうがない。


 「なんだその目は!」

 唾が落ちてくる。一際大きな声に耳がキーンとなった。


 私は一体、どんな目をしていたんだろう。首を掴まれるほど、ムカつく目つきをしていたのか。


 その台詞、ヒステリーを起こす寸前の大人がよく言うんだよなあ。


 あまりの恐怖に、私は現実逃避を始めていた。

 デカポンは、親からしょっちゅうその台詞を吐かれてきたのかな。


 そんなふうに想像していると、首に強い力がかかった。

 デカポンの太い指が、首元の薄い皮膚に食い込んでいる。


 これは流石にまずい。殺される——私は叫びたくてたまらなかったけれど、首を絞められた状態では、思うように声を出せなかった。


 このまま死ぬのか、と大げさじゃなくそう思った。

 目の前が真っ暗になった時——急に圧力から解放され、空気が流れ込んだ。


 水面から顔を上げた直後のように、ゼエゼエと肩で息をする。

 私の上にいたデカポンは、数歩離れたところに立ち尽くしていた。心の底から不愉快そうな顔をして、こっちを睨みつけていた。


 「お前またかよ! いい加減にしろよゴミが!」


 足の間が生温かいことに気づいた私は、また漏らしてしまったのだと理解した。


 「どこまでオレを馬鹿にすれば気が済むんだ! さっきも——」

 「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 「謝れば済むと思ってんじゃねえ!」


 こんなに大きい声を出しているのに、建物内はシーン……と静まり返っていて、誰も起き出す気配はなかった。


 もしくは、実はみんな起きているけど、聞こえないフリをしているのかもしれない。


 うるさいな……誰かが騒いでる。デカポンの声だ。ああ、今日はるかにおしっこかけられたから、怒ってるんだな。はるかが殴られてるのか。気の毒に……早いとこ終わってくれないかな、うるさくて眠れないから。


 そんなふうに迷惑に思っているのかも。こんなに騒いでいるのに、誰も助けに来てくれないということは。

 みんな私が殺されかけているのを知っている上で、あえて無視しているんじゃないか。


 やっぱりここでは誰も助けてくれない。

 ここから出なくちゃ駄目だ。

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