拒絶
デカポンは徹底的に私をいじめるようになった。
一週間経っても、一ヶ月経っても、いじめは止まなかった。
できるだけ視界に入らないように逃げ回ったけれど、あまり意味はなかった。
デカポンは、学校から帰ってくるとすぐに私の姿を探した。向こうから熱心に探されては、隠れるのにも限界があった。
ほどなく見つかって、いじめ抜かれる毎日が続いた。
これはさすがに一線を超えているんじゃないか、と思うことを頻繁にされた。
学校でされているいじめとは明らかにレベルが違っていた。
私のところの小学校で問題視されている"いじめ"とは、本人に聞こえるように悪口を言ったり、シカトをしたり、といったものだった。
デカポンにされていることに比べれば、学校で行われているいじめなんてお上品だった。
でも、大人にとっては同じようにいじめと呼ばれるものなんだろうな。
子どもと子どもの間で起こった事件は、全部いじめで片付けられ、殺しでもしない限りは、"犯罪"として見てもらえないんでしょ、どうせ。
あまりにも辛いこと続きで、私は世界全体が敵に見えてきた。
まともな人間が誰一人いなくなったかのような——みんながみんな、私の敵で私が傷つくことを望んでいるような妄想に取りつかれた。
でも、あながち妄想でもない。
私はクラスの担任に、施設でデカポンにされていることについて話した。
できるだけ酷い部分、耳を疑わざるを得ない部分を切り取って、誇張して涙ながらに話したのに、先生は不快そうに眉をひそめただけでこう言い放った。
「どうしてそんなことを私に話したの?」
先生曰く、吉野さんが相談するべき大人は、私じゃなくて施設の大人たちだ——ということだった。
施設で起きていることは、まずは施設の大人たちに相談するべきで、それをサボって私のところに来られても困ってしまう。
あまりの衝撃に一瞬声が出なくなった。
「施設の先生たちは駄目なんです。どうせ聞いてもらえない。助けてもらえない——あ、あ、あの人たち、人としてどうかしてるんです。自分のことしか考えてない……本当に酷い人たちで——」
「なんてこというの!」
バン! という大きな音に、私は身を固くした。
職員室にいる先生たちの視線が一斉に集まってくる。
机を叩いて立ち上がった先生は、
「ちょっと廊下に出なさい」
と私に命令した。
放課後の廊下は、これから下校しようとする生徒が、何人も通る場所だった。
大勢の人が通りすぎる中、私はきつく叱られた。
「何も知らないのに決めつけるなんて、あなたの方こそ酷い人です! 施設の先生たちもね、頑張ってるんです! 大勢の言うことをきかない子どもに囲まれて生活して……毎日いっぱいいっぱいなの! 毎日耐えて耐えて耐え抜いて。何言われても我慢しなくちゃいけなくて。それなのに——なんなの、あんたは!」
知ったような口をきいて……。
何も知らないくせに。
先生があの施設の何を知っているのか。
先生は、私を大声で私を責め立てているけれど、その口調は誰かのために怒っているものではなかった。
多分、私のことも施設の大人たちのことも、どうだっていいんだろう。今こんなふうに怒っているのも、自分のためでしかないんだ。
「助けて、って言わないうちから、勝手に心を閉ざして諦めて——何もしてないくせにどうせ駄目だから、なんて言ってれば、そりゃあ助からないでしょうが」
「ちがっ……ホントにあの人たちはやる気がないんです! あそこには、ろくでもない大人しかいなくて……」
「黙りなさい! やる気がない? これ以上頑張れって言うの!? 一体どれだけ自分を犠牲にして頑張れば認めてもらえるんだ!」
話が通じない——。
担任の目はキマっていて、私のことを見ていなかった。今の先生には何も目に入らないらしかった。
私は、先生がこんな顔をしているのを見たことがなかったので怖くて、すっかり何も言えなくなってしまった。
怒り狂う先生と震え上がる私を、生徒たちが面白そうに横目で見ながら、通り過ぎていった。
私は、もう完全に担任に嫌われてしまった。
長い説教の終わりに、担任に言い渡された言葉があまりに憎らしかった。
「あなたが生活できているのは誰のおかげ? あなたは子どもなんだから、もっと大人に感謝しなければ駄目」
衣食住を与えられていれば、他のことは期待してはいけないのか。
そっちこそ、大人なんだから、もっと子どもを守ろうとしなければ駄目なんじゃないのか。
何か困ったことがあったら、周りの大人に頼りましょうね、と教えたのは先生じゃないのか。
私が担任の先生に相談してみて、唯一良かったと言えることは、大人は平気で約束を破る、と教えてもらえたことだった。
私は、誰からも人として見てもらえていないのではないか。
前々からうっすらと感じていたことが、改めてふっと心に湧いてきた。
でも須美ちゃんだけは違った。
私の意思を無視したり、思い通りに動かそうとしたり、頭ごなしに意見を押し付けたりしなかった。
聞かれたことには何でも答えてくれたし、何かを強制したり、偉そうに振舞ったりもしなかった。
須美ちゃんと過ごす時間が、どれだけ心地よかったかを思い出しても何にもならない。
むしろ辛くなるだけだとわかっていても、私は須美ちゃんのことを考えずにはいられなかった。
一人前の大切な人間として接してもらいたい。
その願いは、圧倒的な自信をくれる親がほしい、という願望と同じくらい強いもので、私の心に根付いていた。
デカポンは、私を人間扱いしない奴の代表だった。
人間に対してあんなことができるとは思えない。
殴られたり蹴られたり、といったことは体の外側を傷つけられるだけなので、まだマシだったのかもしれない。
デカポンに、あれをされるようになってから、私はそんなふうに考えるようになった。
デカポンは、誰もいないところ——例えば私と須美ちゃんの"元秘密基地"などに私を連れ込んだ。
そういう時、デカポンは誰も取り巻きを連れて来なかった。
デカポンの取り巻きたち大勢に囲まれ、痛めつけられるよりも、デカポン一人の時の方が恐ろしかった。
他の子がいる、というだけで、その子が私をいじめるんだとしても何となく心強かった。デカポンというヤバい奴から、いざという時私を守ってくれる気がした。
デカポンが"それ"をやるのは、いつも誰も来なさそうな場所で、時間帯はバラバラだった。
夕食の前に短時間だけされたこともあるし、消灯前の自由時間に呼び出されたこともある。
私をいじめるためだけに、眠る時間を削りたくはないのか、消灯時間になると必ず解放された。前にみんなが寝付いた時間に呼び出されたのは、例外だった。
私は眠れなくなっていったのに、デカポンはたっぷり8時間は眠る。
私が布団の中で今日されたことを思い出して、カタカタ震えている間にも、あいつはグーグー寝ている。
涙が出てくるのは、いつも布団に入ってからだった。不思議とされている最中はまったく出てこなかった。
周りが静かになると、色々思い出してしまう。受けたダメージが生々しく蘇り、泣き叫びたくなった。
でも、実際は鼻を鳴らすだけで、涙や鼻水のしょっぱさを感じることしかできなかった。
私は、大声を上げることなんてできなかった。
須美ちゃんとは、とっくに隣同士じゃなくなっていた。
私は入り口から一番近いところ——部屋の一番奥に敷いてある須美ちゃんの布団からは、かけ離れた場所で眠るようにしていた。
須美ちゃんは、私に打ち明けてくれたあの行為をまだ続けているんだろうか。
須美ちゃんの"秘密"は施設中に広まって、先生の耳にも入った。
須美ちゃんは先生に呼び出されて、個室で話をされたらしい。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして部屋から出ていく須美ちゃんを、何人かの子が見たと話していた。
『そんな子だとは思わなかった』
またそう言われたんだろうか。
須美ちゃんはますます、私は悪いことをしているんだ、と苦しみを抱えるんだろうな。
私は、須美ちゃんが悪いことをしているとは思わないけれど、理解はできなかった。
須美ちゃんは、例のごっこ遊びの中で、よく無理やりいやらしいことをされるシチュエーションを求めた。そういうのが須美ちゃんの好みだった。
私は、デカポンにあれをされるようになってから、須美ちゃんがなんであの遊びに夢中になっていたのか、なんであんなことが好きだったのか、いっそうわからなくなった。
須美ちゃんがどうしてあんな妄想で喜んでいたのか理解できなくて、須美ちゃんのことを怖いとさえ感じてしまった。
妄想と現実は違う、ということくらい私にもわかっている。妄想する分には楽しいけど実際にそうなるのはごめんだ、というものはたくさんある。
私は、ごっこ遊びでアイドルやお姫様になることが好きだったけど、じゃあ実際にアイドルやお姫様になりたいかと言われると、それはちょっと……となる。アイドルは大変そうだし、お姫様は窮屈そうだ。
須美ちゃんだって、そうだったのかもしれない。
あれはただの妄想で、"お遊び"でしかなくて、現実にああいうことをされるのは、絶対にやだ! と思っていた可能性が高い。
でも……そうだとわかっていても、私は須美ちゃんの気持ちに、まったく共感も理解もできなくて、気持ち悪いとすら思ってしまった。
『だって私おかしいもん。変な子だもん……他の子にあのこと話したら、先生みたいに嫌われるに決まってる……』
私は絶対に須美ちゃんを嫌わない。
おかしいなんて思わない。変な子だなんて思わない。
そう強く信じていたはずだった。
それなのに、最近はその自信が揺らいでいる。
まだ須美ちゃんのことを嫌いにはなっていないけれど、須美ちゃんはどこかおかしいんじゃないか、とずっと考えてしまう。
初めてやった"ごっこ遊び"のことを思い出す。
女の子が年上の男に押さえつけられて、乱暴されるシーンを演じた時のことを——。
今となっては想像するのもおぞましい。須美ちゃんのように女の子役を担当して、あまつさえその状況を楽しむなんてありえない。
たとえ妄想だけの楽しみだとしても、あんなシチュエーションに喜ぶ須美ちゃんが信じられなかった。
私とは別の生き物のように感じられた。
変だよ! おかしいよ! と叫びたくなってきた。
私は絶対に須美ちゃんを否定しない、と思っていたのに、私には到底認められない趣味を持っている須美ちゃんのことを、気持ち悪い、無理だと思ってしまいそうになる。
この調子だと、須美ちゃんのことを嫌いになってしまう日も近そうだ。
だんだんと無視したり避けたりすることにも、申し訳なさがなくなっていくのかもしれない。




