北條樹
「会いに行かなくていいの?」
それを聞き、樹は皮肉げに笑った。
「すでに会いましたが、胸糞悪い結果で終わりました。僕たちは三神家に頼りませんし、今後も二人で生きていこうと決めています。勿論、北條家の皆さんにご迷惑をおかけするつもりもないので、こうしてご報告したあとは、それぞれの生活に戻りたいと思っています」
そう言うと、侑子が首を横に振った。
「それはいけないわ。今まで会えていなかったとしても、あなたは私の孫なの。やっと会えたのに祖父母としての責任を放棄するような事をさせないでちょうだい」
必死に訴える侑子に、他の者たちも何も反対しなかった。
続いて琢磨が言う。
「確かにいきなり優那の子が現れたと聞いて驚いた。けれど本来優那が生きていれば、あの子は誰かの子を産んでいただろう。その孫を守るのは祖父母として当たり前の事だし、隆也たちも樹くんを受け入れる事に賛成してくれている」
彼らを見ると、伯父家族は樹を見つめてしっかり頷いた。
「むしろ今まで、見つからなかったとはいえ無責任に放棄していてすまない。これからはその埋め合わせをさせてくれ」
これが本当の家族の温かさだと思うと、自分には受け取る資格がないように思える。
けれど人が悪魔のような面を持ついっぽうで、天使のように慈悲深い面を持つのも確かだ。
少なくとも北條家の人たちには、自分たちを害する理由はないと信じたい。
「……ありがとうございます」
樹が深く頭を下げると、春佳はおずおずと彼らに言った。
「もし良ければ、樹さんに肉親の愛情を注いでください。いきなり孫、甥として接してほしいと言っても難しいかもしれませんが、今日みたいに場を設けてお話していったら、お互い知り合っていけると思うんです」
言ったあと軽く頭を下げると、侑子が目を細めて笑った。
「勿論よ。皆で仲良くしましょう。樹くんと結婚するなら、春佳さんも北條家の一員になるわね。一度は絶望を得た私たちに、新しい喜びと楽しみをくれてありがとう」
微笑み合ったあと、飲み物が運ばれてきて乾杯し、美しく盛られた先付から和食コースの料理が運ばれてきた。
先日は三神が去ったあと、何とも言えない気持ちで〝タダ飯〟を食べたが、似たような高級和食でもこちらのほうが断然美味しい。
高級料理に舌鼓を打ちながら、冬夜と春佳はこれ以上なく幸せな気持ちで新しい〝家族〟との会話を楽しんだ。
食事が終わったあと、冬夜は改まった顔で隆也に頼み事をした。
「一つお願いがあるんです。先ほど、一度は『今後関わらない』と言いましたが、もし良ければ今後、北條樹と名乗ってもいいでしょうか」
「勿論だ。今さら何を言っているんだ」
琢磨は驚いたように言い、目を見開く。
「僕は春佳と結婚したいと思っています。僕も春佳も養父のもとでろくな生活を送ってきませんでした。育ててくれた事については養父に最低限の感謝をしていますが、可能ならもう瀧沢の姓は名乗りたくありません。……本当にいい思い出がないので。……彼女は瀧沢の姓のままですが、結婚する事で北條の姓を名乗らせてあげたいんです。それによって、僕たちは過去の呪いから解き放たれると思っています。……図々しいお願いと分かっていますが、どうか……。北條家の遺産などは一円たりとも要りません。ただ僕らは居場所がほしいんです。お願いします」
冬夜が頭を下げると、春佳も「お願いいたします」と深く礼をした。
すると隆也が口を開いた。
「水くさい事を言うなよ。君の言う通り、安らげる場所は大切だ。普段当たり前に名乗っている名字も、必要な人にとっては大事なものだ。君たちが北條を名乗って幸せになれるなら、諸手を挙げて歓迎したい。優那だってそう望んでいると思う。それに、北條家の一員となった以上、遺産もきちんと受け取るべきだ。樹くんにはその権利がある」
すると、それまで黙っていた裕喜が、ニヤッと笑って言った。
「柔軟にいこうよ。多様性、多様性」
合っているのだか分からない言葉を聞いて、全員がフハッと気を抜いたように笑う。
「……父さん、母さん、いいね?」




