後輩
『……瀧沢先輩って、北條先輩の事が好きなんですか?』
ある日、図書室で後輩の長瀬にそう尋ねられた。
彼女は三つ編みおさげの地味な雰囲気の女子生徒で、大人しく本が好きな少女だ。
好んで読んでいるのは少女向けの恋愛小説で、遊びに来ているクラスの友達と本の話をしては笑顔を見せている。
『物語のような素敵な恋をしたい』と言っているのを聞くと、『純粋でいいな』と思ってしまった。
そんな彼女に尋ねられ、私は淡々と答える。
『違うよ』
嘘ではない。
優那の事は恋愛的に好きという感情を超え、崇拝に近い想いを抱き、守護者になろうという揺るぎない決意を固めている。
だから「好き」という容易い言葉で表せる感情ではない。
そう答えると、長瀬は溜め息をつき、少し苛立ったように言う。
『あの人、瀧沢先輩のいないところで、先輩の事を馬鹿にしてますよ?』
批判の籠もった声を聞き、逆に私のほうが苛立ちを感じた。
『そうやって〝告げ口〟をして、何か楽しい? 彼女と僕が違うタイプなのは分かっているし、友達との話の流れ上、僕みたいなのを馬鹿にする事だってあるだろう。本人の気持ちを確認していないのに、決めつけるのはやめたほうがいいと思うけど』
冷淡に言うと、長瀬はサッと赤面して黙った。
『……だって、好きな人の事を悪く言われているの、嫌だったんだもん』
(……は?)
生まれて初めて女子からそんな言葉を向けられ、私は目を見開く。
『好きって……』
戸惑いを見せると、長瀬は目を潤ませて俯く。
『……瀧沢先輩の事が好きなんです……っ』
そのあと、長瀬は私の事を好きな理由をあれこれ述べていたが、これといった感情はこみ上げなかった。
(……なんだこいつ)
心に浮かんだのは、喜びや照れではなく、まったく理解できない言葉を口にしている異国人を前にしたような気持ちだ。
(僕の事が好き? 対して話した事もないのに、勝手に僕を知ったつもりになって何を言っているんだ)
まくし立てるように私の良い点を並べ立てている長瀬を見ると、もともと冷めていた気持ちがさらに冷めていく。
やがて長瀬の一方的な話が終わったあと、私は努めて穏やかに言った。
『長瀬は図書室とか、先輩とか、そういうシチュエーションに酔って恋をした錯覚に陥っているだけだ』
そう言うと、彼女は明らかに傷付いた顔をした。
けれど私も自分の考えを変えるつもりはない。
彼女に好かれようと思って接した覚えはないし、特に意識的に優しくした事もない。
悲しいかな、私は自分が男として劣っているタイプだという事を自覚している。
身長だけはヒョロッと高いが、筋肉はつかず痩せていて、顔立ちも凡庸で成績だって軍を抜いていいわけではない。
クラスの皆がワイワイお喋りをしている時、一人で机に向かって本を読んでいるようなタイプ。
長瀬は優しいとかミステリアスとか、陰のある美形だの美辞麗句を並べ立てたが、何を聞いても極端に美化しているとしか思えない。
思春期の少女が恋に恋をするのはよくある事だし、大人になったあと『なんであんな人を好きになったんだろう』と笑い話になるのがオチだ。
私は異性と付き合って輝かしい青春時代を送るつもりはなく、ただ優那の黒子となって人知れず彼女の役に立ちたいと思っているだけだ。
『気持ちはありがたいけど、受け取れない。ごめん』
そう言うと、私は返却された本を書架に戻しに行く。
そんな私を、長瀬は物言いたげな目で見つめていた。
感情で動いているような年代だから、そのあと図書室に来なくなるものとばかり思っていたが、その後も長瀬は図書室に来続け、何事もなかったかのように後輩として接してきた。
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