汚らしい存在
世間では父親と息子が裸になって触れ合う事が〝普通〟ではないと知り、大きなショックを受けた。
男女の体のつくりの違い、どうやったら子供が生まれるかを教えられる中、父親と息子との関係は語られない。
LGBTQについても教わり、異性同性問わず、同意なく水着ゾーンに触れてはいけないという話も教わった俺は、ようやく世の中の仕組みを理解した。
――僕は、お父さんから性的な虐待を受けている。
理解した瞬間、自分がとても汚らしい存在に思えた。
それまでは友達と普通に接していたのに、自分みたいな〝モノ〟が彼らと一緒に遊んでいいのか迷い、戸惑った。
その頃から俺は顔がいい、運動神経がいいという理由で、女子から人気を得ていた。
何人もの女子から告白されたが、父親に性暴力を受けている俺が、女の子と付き合える訳がない。
断り続けているうちに周囲の男子の反感を食らったのか、六年生の時には集団無視をくらった。
だが中学、高校は私立の一貫校に通うようになり、環境が変化して集団無視から脱する事ができた。
しかし中学生になっても父親の性暴力は止まらず、むしろ俺が成長した事によってさらに『お母さんに似てる』ようになったらしく、性被害はさらに大きくなった。
夜になると父親が俺の部屋に入ってきて、ベッドに忍び込み俺を押さえつけて無理矢理行為を始めるようになる。
恐怖と痛みで気がおかしくなりそうで、必死に『やめて』と哀願しても、父は生ぬるく荒い息を吐きながら俺を蹂躙した。
そんな生活が高校一年生の半ばまで続いた。
高校一年生の時、救いを求めるように女子と付き合った事があった。
初カノと過ごす時間は楽しかったが、彼女はすぐ俺が悩みを抱えている事を察し『なんでも言って』と言ってきた。
当時の俺にとって、悩みを打ち明けられる信頼できる第三者の存在は、何よりもありがたくかけがえのないものだった。
俺は藁にも縋る思いで彼女に自分が受けている虐待を打ち明け、どうしたらいいか意見を求めた。
しかし翌日から彼女は俺を無視するようになり、気がつけば連絡先もすべてブロックされていた。
――拒絶された。
自分の境遇が他者から拒絶されるほど異常な事なのだと初めて知り、信頼して秘密を打ち明けたのに手を振りほどかれた事がとてもショックだった。
その後、噂を広められるかと思ってビクビクしていたが、特に俺を変な目で見る者は現れなかった。
一応、彼女にも良識があったのだと思って安心したが、差し伸べた手を振り払われたショックは大きく、『二度と彼女など作るものか』と決意した。
父親に人としての尊厳をごっそりと奪われた俺は、自分が生きる理由を春佳に求めていた。
おむつを替えてミルクをあげる頃から妹を可愛がった俺にとって、彼女は妹であると同時に、自分の大切な半身にも思えた。
――母が春佳を大切にしないなら、俺が誰よりも可愛がる。
俺は両親からまともに愛されない代わりに自分の愛情を春佳に注ぎ、彼女の前では〝頼れる自慢の兄〟として振る舞った。
いっぽうで父親に支配される生活から脱したいと思い、ネットで金を増やす方法を調べると小遣いをもとに投資を始めた。
祖父に『投資に興味があるんだけど』と相談すると、将来性のある孫だと思われ、一からじっくりと教えてもらう事ができた。
その時に祖父母に性暴力の事を相談できたら良かったのだろうが、嫌悪されるのが怖くて何も言えなかった。
金を貯める事については割とスムーズにいき、高校を卒業したら鬼の棲まいから脱出する事だけを考えていた。
春佳はとても可愛い。本当に目に入れても痛くないほど愛しい。
綺麗に伸ばした黒髪は美しく、すんなりとした手足に華奢な体、牝鹿を思わせる黒目がちの大きな目はとても清らかに澄んでいる。
控えめな性格をしているが、内に秘めた真摯さや、まじめさ、清く正しくあろうとする姿が美しく、眩しかった。
春佳を気にするからこそ、十八歳になって俺が家を出る時、十三歳の彼女をあの家に残すのがとても心配だった。




