死ねばいいのに
一番過去のフォルダにも両親の姿はなく、いかに冬夜が自分に執着しているかを知って恐怖を味わった。
春佳は時計を確認してから、せき立てられるようにマウスを動かし、写真以外のフォルダを探っていく。
やがて『日記』とつけられたフォルダをかなり奥のほうに見つけ、禁忌の箱を開ける気持ちでクリックした。
春佳はおそるおそる、最も新しい日記を開いてみた。
【今の生活が愛おしい。やっと手に入れた平和だ。春佳をあの家から出すのは苦労したが、これから二人で幸せに生きていけたらと願ってならない。俺たちはあまりに搾取され続けた。〝普通〟に人を愛する感覚を知らず〝普通〟の家族の愛すら知らない。こんな俺が誰かを好きになれるはずがないし、幸せな家庭を築けるとも思えない。いい兄なら妹の幸せを願って、春佳の良縁を願うのだろうが……。俺は駄目だ。春佳の隣に自分以外の男がいると思うだけで、そいつを殺してやりたくなる。……こんな俺は〝兄〟失格なんだろう。……兄と言えるかも分からない存在だが。】
〝今〟の冬夜の考えは、大体想像通りだ。
だがこれまで彼が何を思って生きてきたのか、どうしても知りたかった。
春佳は深呼吸し、最も古い日記から兄の記録を追っていく。
そして、おぞましい真実を知った。
**
あいつ、死ねばいいのに。
俺――、瀧沢冬夜は気がついた時から、父親の庸一から尋常ではない〝愛情〟を受けていた。
物心ついた頃から父はとても優しく、俺を目に入れても痛くないほど可愛がっていた。
周囲から『理想の父親』と言われ、俺もそんな父が自慢でならなかった。
だがいつからか、父は俺を妙に熱の籠もった目で見てくるようになってきた。
『お前はお母さんに似てるな』
俺の頬を撫でながら、父は陶然とした目で呟く。
その目は、ここではないどこかを見ている。
いや、目の前にいる俺ではない〝誰か〟を俺に重ねて見ていた。
その頃から、父は必要以上に俺に触るようになってきた。
五歳の時に〝お母さん〟ができても、父は彼女に興味を持たず、俺ばかりに愛情を注いでいた。
普通の父親でも息子を抱き締め、頬ずりするだろう。赤ちゃんの頃なら『食べてしまいたい』という父親もいる。
だが俺の父親は、母がいない隙をねらって俺の頬や唇にキスをし、何度も『可愛いなぁ』と呟いては顔を見つめ、狂気めいた笑みを浮かべていた。
当時は子供だったから、何が普通で何が悪なのか分かっていなかった。
だから父親が『男同士の触れ合いだ』と言って自身の性器を触らせ、俺の性器に触れてきた時も、あまり抵抗せずにいた。
そのうち父親は、俺に髪の長いかつらを被せると、その姿を見て自慰し、愛撫して全身に口づけてくるようになってきた。
六歳になった時に春佳が生まれ、俺は可愛い赤ちゃん、守るべき妹に夢中になった。
けれど母はあまり春佳を愛していないようで、娘が泣いているのにしらんぷりする。
だから俺は見よう見まねで妹のおむつを替え、ミルクを飲ませていた。
母の愛情は波があり、春佳を『世界で一番可愛い』と言ったかと思えば『こんな子、生まなければ良かった』と泣いた。
俺は『世の母親はそういうものなのか』と思ういっぽうで、兄としてしっかり春佳を愛し、導いていきたいという使命感に駆られていた。
当時の俺は父から受けていた性暴力を、異常な事と感じていなかった。
父は俺の事が大切だから触ってくるのだと思い、どこの家庭でもしている秘密の愛情表現なのだと信じていた。
だが母からは虫けらでも見るような目で見られ、無関心を貫かれた。
『僕はお母さんに嫌われている』
母の愛を受けられないのは悲しかったが、父には愛されているし、可愛い妹がいるから幸せだった。
だが次第に、小学生中学年頃になると父の行為に嫌悪を感じるようになり、小学生五年生の時に性教育を受けて認識がガラッと変わった。




