秋の宮〜第二の試練〜
「──ご苦労! 先ずは夏の宮の課題解決おめでとう!」
扉の前で呆然とする5人に龍王が愉快そうに立っていた。
「では、次の秋の宮に……」
「いや、龍王様? ちょ、ちょっと待って下さい!!」
さっさと次の宮に移ろうとする龍王を李将軍が引き留める。
「ん? 休憩が必要か? 少しくらいなら構わんが……」
「いえ、龍王様。説明をお願いします!」
頭を物凄い勢いで李将軍が下げ頼み込む。
「説明なら夏の宮でしただろう?」
「あれで!?」
さも不思議そうな表情で言ってのける龍王に李将軍が愕然とする。
「龍王様、私からもお願いします」
「私ももう少し説明をして頂きたいです」
漢文官も前に進み出て言った。それに呉医師も続くと龍王は趙絵師を見てから、雨桐を見た。
「ふむ、お前もか?」
「はい」
「仕方が無い」
雨桐も頷くと観念したのか、龍王は5人に向き直り、言い放った。
「説明は出来ん!」
『は?』
その場に一瞬沈黙が落ちた。龍王は気まずそう言う。
「我も原理は知らんのだ。ただ、我が次の龍王に相応しいと思う者を相応しい課題を与えて見出すのことが出来るものなのだよ。だから、お前達は夏・秋・冬の宮に入り、課題を解決しさえすれば良い。細かい事は気にするな」
全く細かい事では無かったが、これ以上説明を求めても無駄であるという事は5人とも理解した。
✧✧✧
終始無言のまま、秋の宮に到着した。北に位置する秋の宮は黒──と言っても赤と黄色が混じったような黒である──を基調とした建物であった。
「では、開くぞ」
龍王が声を掛けると扉が自然と開き、5人は再び眩い光に包まれた。
光が収まって、目を開けると今度は町中であった。
「──今度は町中か……」
「また、趙絵師様に情報収集していただきましょうか」
「そうだな」
「異論はありません」
「じゃ、僕ちょっと行ってく……」
──きゃあああ!!!
話しが纏まりかけた時、劈くのような悲鳴が聞こえた。急いでそちらの方に駆けつけると、店の前で身なりの良い老人が一人倒れていた。苦しむ老人に店のものが必死に呼び掛けている。
「医者です! その方を見せてください!!」
呉医師が迷いなく飛び出すと近くにいた供の者に水を頼むとその水を大量に飲ませて、胃の内容物を吐き出させた。
──流石は、雲仙一の医師なだけあるわ!
雨桐は呉医師の手早く適切な処置にまじまじと見入ってしまった。
「毒か?」
李将軍が他の四人にだけ聞こえる様に訊ねると、呉医師は神妙な顔で頷いた。
「この方は何をお召し上がりになったのですか?」
「ま、饅頭を召し上がっていました」
呉医師が店主に訊ねると、彼は強張った顔で答えた。
「饅頭?」
「ほら、この御隠居爺が自分で持って来た饅頭が残ってます」
──自ら持参した? 自分で毒の入った饅頭を持って来たというの?
そう言って店の店主は老人の食べかけの饅頭を差し出した。中身には具が入っている。それを見て呉医師は何か気が付いたらしい。
「これは、恐らく毒茸です。刻んであるので分かりにくいですが、食用茸と間違えて食べたのでしょう。毒茸と食用の茸を間違えて食べて食中毒を起こすのはよくある事ですから」
「では、この方はただの食中毒だった、という事でしょうか?」
漢文官が、尋ねると呉医師は首を左右に振った。
「分かりませんが、その可能性は高いでしょう」
「ただ、自ら持参してってのが気になるな。よくこの御隠居はこの店に持参してたのか」
「はい、止めるように言っても聞いてくれなくて」
「ふん、なら食中毒か? 一応聞くが、誰かに狙われてるとかはないのだな?」
「それは……」と店主は言葉を濁した。どうやら思い当たる節があるらしい。
「私も詳しくは存じ上げませんが、この御隠居はかなりの金持ちでその遺産を狙ってた親族がいるらしいのです」
雨桐達は顔を見合わせる。これが、この秋の宮での課題ということだろう。
毒茸を食べた御隠居から話を聞くのは、呉医師にまかせて、何時の間にか情報収集を行なっていた趙絵師の情報を元に彼の家へと向かった。
✧✧✧
御隠居の家の台所には茸が籠に入れられ無造作に置かれている。雨桐はその中から一つ選び取ってその柄を割いた。
──ヒラタケに似ているけれど、黒い斑点がある。ツキヨタケね。
ツキヨタケは毒茸の一種だ。念の為、手をかざして影を作ると発光した。ツキヨタケの特徴である。
「これが毒茸か」
李将軍に訊ねられ、雨桐は頷いた。
「では、これを持って店に戻りましょう」
「──貴様ら! 何をしている!!」
漢文官が籠を持って出ようとすると、怒りを顕にした男が怒鳴り込んで来た。男の手には棍棒が握られており、雨桐達に殴りかかって来たのだ。
李将軍が、素早く動き相手の手から棒を叩き落とす。そのまま、男を地面へとねじ伏せた。
「お前こそ誰だ?」
「──そいつがあの御隠居の親戚さ。因みにその茸を御隠居に渡したのもそいつで間違いない。近所の人が見てたんだ」
趙絵師の言葉に男は「嘘だ!」としらばっくれていたものの、彼が証人を連れて来ると男は真っ青になって静かになっていた。
「──呉医師のところに戻って、御隠居確認をした後、刑吏に引き渡して一見落着だな」
「何だか呆気ないですね」
──本当にこれで一見落着なのかしら? でも、他の皆様もそう言ってらっしゃるし……。
李将軍と漢文官が話をしているのを聞きながら雨桐は一人悶々としていた。
店に戻って呉医師にも御隠居の家から持って来た茸を確認してもらうと矢張り毒茸のツキヨタケで間違いなかったらしい。また、意識を取り戻した御隠居から聞いた話も近所の人から聞いた話と一致しており、後は刑吏を呼んで男を連行してもうだけとなっていた。
「──王家のお嬢さん、気になる事があるなら今のうちだよ」
「え?」
趙絵師に不意に声を掛けられ、雨桐は顔を上げた。
「何かまだ気になる事があるようだったからさ」
趙絵師は人好きする笑みを浮かべている。
「何か気になる事があるなら言ってくれ」
「ええ、私達も見落としているかも知れませんから」
李将軍、漢文官、呉医師も趙絵師に同感の様だった。
雨桐は思い切って言ってみる事にした。
「少し気になる事があります。先ずは、御隠居様がお店で倒れられた事です。御隠居様はよくお店で持参したものを召し上がっていらっしゃいましたので、お店の方は不思議に思われなかった。でも、矢張り違和感があります」
これには他の四人も同意した。
「次に毒茸が堂々と台所置かれているところです」
「それは変な事なのか?」
李将軍が首を捻る。
「見つけてくれ、と言っている様に感じたんです。また、その毒茸を貰うところを近所の住人が見ていたという事です。渡した親戚の男はきっと自身が渡すところを見られない様に配慮したでしょう」
些細な違和感だ。
「一つ一つは些細な事なのですが、ある仮説を立てると別の見方が出来るのです」
「御隠居が親戚の男が自身を毒殺しようと計画しているのを知り、自ら毒茸を食べたと」
その先はある程度予測がついたのだろう漢文官が続けた。
「危険な! あの年齢なら亡くなってもおかしくはないのに!!」
それを聞き呉医師が怒りを顕にした。彼は根っからの医者なのだ。
かかかっと笑い声がして振り向くと、別の部屋に寝かせていた御隠居が顔を覗かせていた。5人の話を聞いていたのだろう。顔色は悪いが元気そうだ。
その様子で雨桐の予測が当たっている事を理解した。
「ちっとばかし、運を試したのさ。さて、儂はどんな罪になるのかね?」
そういう御隠居は少し疲れた様子だった。毒茸を食べたのは御隠居自身だ。彼を罪には問うことは出来ないだろう。
もやもやした気持ちで店を出ると、そこは秋の宮の前だった。