夏の宮〜第一の試練〜
「──先ずは、試練の説明をしよう。龍王の試練で出される課題全部で3つ。課題を行う場所は龍王城にある夏の宮、秋の宮、冬の宮だ。それぞれ宮を周り課題を解決して、貴殿等の知恵と勇気と運を試させてもらうぞ」
──知恵と勇気と運。一体どんな課題が出るのかしら?
はっきり言って雨桐には不安しか無かった。知恵ならば、文官の漢や医師の呉が、勇気と言うならば武官の李、運ならば絵師の趙当たりがそれぞれ優れていそうで、雨桐には彼等に勝る点などないように感じていたからだ。
──宝玉のお眼鏡にかなった自体が運が良いと言えるのかもしれないけれど……。
そんなことを考えながら、雨桐は他四人と共に夏の宮へと移動した。
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龍王城の東にある夏の宮は青を基調とした清涼な雰囲気の建物だった。ちなみに春の宮は龍王城の南に位置し、朱色を基調とした建物である。
龍王が扉に手をかけると自然と扉が大きな音を立てて開き、5人を目も眩む程の眩い光が包み込んだ。
「──何だ此処は!?」
光が収まり、目を開くと5人は見慣れない農村にいた。
「私達は龍王城にいたのでは?」
「此処は何処でしょう」
「何処かの村の様ですが、一瞬で移動を?」
皆、状況が分からず疑問を口にしていると、頭上から龍王の声がした。
『安心せよ。そなた達は夏の宮の中にいる。そこで起きる問題を解けば自然と外に出る事が出来るだろう』
──それは解かなければ出られないということでは……?
雨桐は顔を青褪めさせた。それは他の3人も同様だった。絵師だけは趙は好奇心の方が勝っている様で、キョロキョロと周囲を見回している。
『ま、頑張れ!!』
碌な説明もないまま龍王の声は無責任な声援と共に聞こえなくなった。
「──どうしましょう」
「取り敢えず、起きている問題を解決するしかないだろう」
雨桐が不安そうに言うと李将軍が諦めたように言い放つ。
「そうですね。それ以外に此処から出る方法もないようですし」
漢文官も同意する。
「では、何が起きているのか知る必要がありますね」
呉医師が提案すると皆一様に頷いた。
「取りあえず、村人達に訊ねましょう」
「そうですね。しかし、どうやって聞き出しましょう」
「え? 普通に聞いては駄目なのか?」
首を捻る李将軍に漢文官が説明する。
「此処が何なのか分かりませんし、聞いて答えてくれるかも不明です。なので、ある程度決めてから動いたほうが良いでしょう。下手に警戒されては問題を解くどころではなくなってしまいます」
そこから、好奇心のまま何処かに行ってしまった趙絵師を除いた4人で打ち合わせをした。
設定としては、辻馬車で王都に向かう際に乗り合わせたが、馬車が故障した為、徒歩で辻馬車を拾える所まで一緒に旅をしている──という事にした。多少無理のある設定だが仕方が無い。
「──そんなところで良いでしょう」
「じゃあ、二組に分かれて先ずは情報収集だな」
「おい、あの絵師は……」
「何?」
言い掛けた李将軍の後ろからひょいと趙絵師が顔を覗かせ皆一斉に『ひっ!!!?』と悲鳴を上げた。
「何をしてたんだ!」
直ぐに我に返った李将軍が趙絵師を怒鳴りつけた。
「何って、村の人と世間話をしていたんだよ」
将軍だけあって、李将軍の怒鳴り声はかなり迫力があったが、趙絵師はそんな状況でも飄々としていた。
──何だか、趙絵師は掴み所のないお人ね。でも、初対面の方と簡単に打ち解けられるのは凄い事だわ。
雨桐は内心で一商人として感心していた。商売をする上で相手が何を求めているか、何処までなら妥協出来るか等相手の情報を引き出すのは非常に重要な事だと教えられていたからだ。
「あの、趙絵師様は村の方とどんなお話をなさったのですか?」
雨桐は今にも喧嘩に発展しそうな二人に勇気を持って割って入った。すると、趙絵師は良くぞ聞いてくれたとばかりに話始めた。
「ああ、この村の事さ。何でも今この村は水不足に悩まされているらしい」
「水不足ですか? 作物はきちんと育っているようですが……」
漢文官が首を捻る。畑を見れば彼の言う通り確かに作物はきちんと育っている。
「それは山の上に水源があるからだよ。その水を村の男達が樽に汲んで下ろしている」
趙絵師が地面に木の棒で絵を描いて説明する。
「重労働ですね。怪我人も出るかも知れません」
「それに、崖崩れなどが起これば水の汲み出しが出来なくなる」
「そこに日照りが加われば死活問題だな」
「という事は、この夏の宮での課題はこの水不足を解消する事か……」
──水不足……でも、水源は山の上にあるのよね?
雨桐は趙絵師の言った事が気になった。
「山の上にある水源を別の場所、村の近くに移動させる事はできないのでしょうか?」
「上の水を別の場所に?……それなら」
雨桐の言葉に漢文官が何か閃いたらしい。
「村の近くに貯水池を作って、山の上の水源から通路を伸ばすのです」
「それだ!」
李将軍は感嘆したが、呉医師は眉間に皺を寄せている。
「水を指すようで申し訳ないが、山の上の水源から水を直に貯水池に流したら溢れてしまったりしないのだろうか?」
──呉医師の言うことももっともだわ。単純に山の上から水を流しただけなら、貯水池がいっぱいになっても水路から水が流れ続けてしまう。何か止める方法がなければ……。
「それは問題ありません。異国の書物でそういった仕組みを読んだ事があります。実際にその技術を応用しようとしていたので、幸い方法は覚えています」
漢文官にあっさりと言われ、雨桐達は目を丸くした。しかし、彼は渋い顔をする。
「ですが、それを村の方々に説明し、動いて貰わなければなりません」
「そこは、思う程難しくはないと思いますが……」
漢文官に不思議そうな顔をされ、雨桐ははっとする。
「あの、村人達は水不足に悩まれています。また、山の水源から水を汲んで下ろすのも重労働かつ危険が伴います。そこで、貯水池を作り、山の上の水源とその貯水池を繋げることで得られる利点を伝えればきっと動いて下さるのでないでしょうが」
つまり、水路を作らないよりも、作った時の利点をより分かりやすく伝えればよいのだ。
漢文官を含め皆納得したところで実際に行動を始めた。趙絵師のお陰で思った以上に早く理解を得ることが出来たのだ。
「──一段落付きましたね。後は実際に水路を作っていくところですが……」
そう漢文官が言い掛けた時、目の前に扉が出現していた。扉はゆっくりと開かれ、5人は眩い光に包まれた。
──気が付くと5人は夏の宮の前に立っていた。