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終章 未来に繋ぐ花

「――俺は君の笑顔に救われたんだ」

「私の笑顔に……?」


 コーデリアの頬に触れたアルフレッドは過去を懐かしむように目を細めた。

 朧気な記憶だが、確かにあの日コーデリアはアルフレッドと出会っていた。コーデリアにとっては幼い日の何気ない出会いだった。

 けれどアルフレッドにとってそれは違ったようだった。


「君はにっこり笑って、俺の笑顔が素敵だと言ったんだぞ。覚えているか?」

「うーん……なんとなくですけど。なにしろ四歳だったので」

「はは……確かに小さかったもんな。でも、俺は君の言葉のおかげで人前にも堂々と出られるようになったんだぞ」


 今では常に堂々としていて明るいアルフレッドが引っ込み思案の人見知りだったなんて嘘のようだ。


「俺はなるべく笑うようになった。そうしたら君の言ったように勇気が湧いてきたし、楽しいことや嬉しいことも増えた。そうしたら自然と笑顔が浮かぶようになっていたんだ」


 小さなアルフレッドにとってコーデリアの言葉は救いだったようだ。まさか幼い自分の発言がそんな影響を与えていただなんて、とコーデリアは驚いていた。


「俺にとって君は恩人だ。だからもう一度会いたいと思ったけれどあの日の茶会は参加人数が多かったからな。誰の娘か特定はできなかったんだ」


 アルフレッドと共に温室を歩きながらコーデリアは昔を思い出す。確かにあの日は大勢の人々が招待されていた。アルフレッドはそれからもずっとコーデリアのことを心の片隅に留めておいてくれたのだろう。


「……そして妃選びの舞踏会の日、君を見つけたんだ」


 一度目の舞踏会の夜のことだ。

 アルフレッドは恩人の少女の特徴によく似たコーデリアを見つけて、最初は半信半疑だったそうだ。けれどその後コーデリアから礼状が届き、身元がはっきりしたことであの日茶会に参加していたこともわかった。


「俺は君ともう一度話したくて何度も手紙を書いたんだ。けれど返事は一度もなかった」

「え……!? アルフレッド様からお手紙なんて受け取って……あ」


 コーデリアは以前、屋敷の事務室から裏手にある焼却炉でイザベラが手紙を破って捨てている姿を見ていた。きっとあの手紙がアルフレッドからの物だったのだろう。

 そしてダイアナをアルフレッドに嫁がせたいイザベラはコーデリアを邪魔に思って屋敷から追放したのだ。


「馬車を用意したくらいで令状をよこす礼儀正しさがあるのに俺の手紙を無視するというのがどうも納得いかなくてな。色々調べているうちに、君がアンカーソン村へ行ったという情報が入ってきたんだ」


 そしてアルフレッドは長期休暇をもぎ取ってアンカーソン村へとやって来たのだという。


「どうしてそこまでしてくださったのですか?」


 幼い頃たった一度会っただけの相手だ。

 いくら恩を感じてくれていたにしても、どうしてそこまでしたのだろう。コーデリアの問いにアルフレッドは少し考えるように上を向いた。


「そうだなあ。恩人である君が酷い目に遭っていると聞いて助けたかったのもあるが……やはりコーデリアにどこかで惹かれていたんだろうな」

「アルフレッド様……」

「でも最初はすごく心配したんだぞ。君の天使のような笑顔はすっかり消えてしまっていたしな」

「え!? や、やめてくださいアルフレッド様……! そんな大げさです」


 アルフレッドの言葉に気恥しくなって赤くなると、それを見てコバルトブルーの瞳が満足げに笑った。


「大げさだなんてことはないさ。俺にとっては世界で一番の笑顔だ」


 大きな手がコーデリアの頬を優しく撫でる。最近のアルフレッドはとにかくコーデリアに甘い。それはとても嬉しいのだけれど、なんだか困ってしまう時もある。胸の中が温かさで満たされて安心しきってしまいそうだ。こんなことで王子妃が務まるのか少し心配になる日もあるけれど――今はこの幸せに浸っていよう。

 アルフレッドの顔が近づいてきて、コーデリアはそっと瞳を閉じたのだった。




 季節は巡り春――。

 ウォーレン王国ではアルフレッド王子とその妃コーデリアの結婚式が行われていた。

 王城の周囲に集まる民衆に向けてバルコニーから手を振るコーデリアは誰もが見惚れてしまいそうなほどに美しかった。

 室内ではデビーが涙ぐんで見守ってくれていた。


「コーデリア様……本当に綺麗です」

「本格的に泣いたら化粧がはげるぞ……」


 デビーの隣で待機していたユージーンの呆れ顔にデビーがぷいっとそっぽを向いた。コーデリアはちらりとその様子を見てクスりと笑った。

 二人はこれからもアルフレッドとコーデリアを支えてくれる予定だ。



「アルフレッド王子殿下、コーデリア王子妃殿下、ご結婚本当におめでとうございます」

「両殿下、おめでとうございます!」


 アンカーソン村からはグレンダとカレンがお祝いに駆けつけてくれた。

 ありがとう、と二人は笑顔で応える。


「グレンダにかしこまられるとなんだか変な感じだなあ」

「アルフレッド様、こういう時はきちんとしなければ駄目なのですよ」

「グレンダ様……本当にありがとうございます。私にとってアンカーソン村はもう一つの故郷になりました」

「ええ、いつでもおいでください。皆で歓迎いたします」


 グレンダに出会わなければコーデリアはいつまでも笑顔を忘れたままだったろう。アンカーソン村での経験がコーデリアを成長させてくれたから今があるのだ。コーデリアにとって彼女はもう一人の母のようなものだ。

 そしてカレンがこっそりとコーデリアに耳打ちする。


「ねえ、今回は一週間くらい滞在できる予定なの。一緒にお茶に行けないかなあ?」

「もちろんよカレン。絶対行くわ」


 二人でこっそりとほほ笑み合う。

 カレンという初めての友人ができたこともコーデリアにとってはかけがえのない出来事だった。


「村の皆は変わりないですか?」

「ええ、ハンナもサムも相変わらずですし。ジェシーの店は今度ウィングフィールドに支店を出すんです。カーターさんの家は息子が出稼ぎから戻ってきましたし、教会学校のフランツ達は来年からはノールズの寄宿学校に通うことになりました。ユミルも仲良しのお友達ができたみたいですよ」


 村を離れて半年ほど経つが色々と変化があるようだ。皆、元気に暮らしているようでほっとする。


「カレンとギルバートの結婚式には絶対行かせてもらうからな」

「色々とお手伝いさせてくださいね」

「楽しみ! おっと……光栄です。ぜひおいでください」


 一瞬素を見せそうになって慌ててカレンがお上品に礼をするので、アルフレッドとコーデリアは顔を見合わせて笑ってしまった。




「……それにしてもこの花は不思議ですね」


 結婚式の晩餐会の会場には二人の席の脇に『ほほ笑みの花』が飾られていた。

 水をやっているわけでもないのにこの花は美しく咲いたままだ。やはり普通の植物とは違うのだろうか。

 一通り貴族達との挨拶を終えて席で休憩していたコーデリアはしみじみと花を眺めていた。

 

「この花が枯れるのは国の継承者が亡くなる時だ。その時に枯れて種を残すらしい。その種をまた魔法使い達が育てるんだそうだ」

「そうなのですね……」


 隣の席についていたアルフレッドが教えてくれた。

 現国王と王妃の部屋にも当時咲かせた『ほほ笑みの花』が飾ってあるという。そしてコーデリアとアルフレッドの咲かせた花の種は、国王の父、つまりアルフレッドの祖父である前国王と妃が咲かせた『ほほ笑みの花』のものらしい。

 この国を建国した賢者がクラムの丘で拾ったという種から咲いた花。

 どんな想いで賢者が種を拾い育てたのかは誰にもわからないけれど。


「この花を途切れさせないことは、この国がずっと幸せに続いていくということなのですね」

「ああ、そうだな。……俺たちで繋いでいこう」

「はい、アルフレッド様」


 アルフレッドにじっと見つめられ重ねられた手を見てコーデリアはほほ笑んだ。

『ほほ笑みの花』は人の想いで咲く花だ。きっとこの国を継承する者がお互いを思いやり愛することのできる相手と出会えるならば……この花を咲かせることができるのならば、きっとこの国は幸せに続いていくのだろう。

 どんな困難も共に支え合って乗り越えて行けるはずだから。


 いつまでもこの花が咲き続けますように。

 コーデリアは静かに祈りをささげた。



 それから十数年後、王妃となったコーデリアがその花のように優しげな笑顔から『ほほ笑みの王妃』と呼ばれるようになることはまだ誰も知らない。

これにて完結です。

ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございました!


少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブクマや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると幸いです。

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