30話 笑顔の力
「カレンから手紙か。向こうは元気でやっているのか?」
「はい、春の結婚式には出席してくれるそうです。もちろんグレンダ様も」
舞踏会から一ヶ月が過ぎる頃、コーデリアはアルフレッドと共に王城の温室のベンチでカレンから届いた手紙を読んでいた。
カレンとギルバートは舞踏会の翌日にはアンカーソン村へと帰って行った。これから真冬を迎えるためこれ以上遅くなると雪で帰ることができなくなる可能性があったからだ。
『ほほ笑みの花』を咲かせたことを報告した時のカレンはそれはもう飛び跳ねるほどに喜んでくれた。デビーも泣いて喜び、その場にアルフレッドと一緒についてきていたユージーンはおろおろと慌てていた。
つい一ヶ月前のことなのに思い出すと懐かしくてコーデリアは温かな気持ちになる。
「それは楽しみだな。俺達もカレンとギルバートの結婚式には参加できるようにしないとな」
「ええ、本当に。アンカーソン村……懐かしいですね」
カレンとギルバートの結婚式は夏になる予定だそうだ。
冬の長いアンカーソン領での夏は短いが、涼しく過ごしやすい一番良い季節だという。ギルバートはノールズ領の子爵の息子だが次男なのでアンカーソン家に婿入りしてくれるらしい。いずれカレンがグレンダの後を継いだ時には共に支えてくれるのだろう。
「……まあ、アンカーソン村に行く前には色々片付けないといけないことも多いしな」
「……はい」
はあ、と二人そろって盛大なため息をつく。
それというのも、この一ヶ月コーデリアもアルフレッドも嵐のように忙しかったのだ。
結婚式の準備に妃教育、各所への挨拶周り。それだけでも忙しいのだが、コーデリアにはクローズ家の領地経営という仕事があった。イザベラとカレンが滅茶苦茶にした領地をなんとか立て直そうと新しい使用人達を雇いがんばっているところだ。その使用人達もアルフレッドが王室経由で紹介してくれた人達なのでとても優秀で助かっているのだが。
王子妃になればいずれ誰かに引き継がなければならないだろうが、今はコーデリアしかクローズ伯爵家を守れる者がいない。
そんなわけで二人が仕事以外で会えたのは十日ぶりだった。
「……それにしても、ここは不思議ですね。外はまだ寒いのに不思議と温かいです」
「王室付きの魔法使いが温度を一定に保たせているからな」
ガラスの窓と壁に囲まれた温室には外では寒さで枯れてしまいそうな季節外れの花や緑がたくさんある。噴水やテーブルもあり、ちょっとしたパーティーもできそうだ。
コーデリアはこの場所に初めて連れて来てもらったのだが、どうも初めてという感じがしなかった。
「それになんだか懐かしい景色のような……」
「なんだ、やっと気づいたのか?」
「え?」
穏やかな木漏れ日の中、アルフレッドが呆れたようにこちらを見た。コーデリアはもう一度周囲をゆっくりと見渡して、アルフレッドを見つめた。
「アルフレッド様、私ここに来たことがあるような気がします」
「……ああ。君はここに来たことがある。もうずっと昔にな」
「アルフレッド様が昔私に会ったことがあるという話ですよね。ずっと気になってたのですけど、どうしても思い出せなくて……」
アルフレッドはコーデリアが思い出したら教えてくれると言っていた。けれどなかなか思い出せないままだったのだ。
遠い昔の記憶をたどるようにゆっくりとコーデリアは立ち上がって温室内を歩いた。噴水にベンチ、テーブルセット。季節外れの花や緑の間に続く細い小道。温かな木漏れ日の中若い婦人や子供達が集まって過ごしていた光景が蘇る。
その日、茂みの陰に隠れてしかめっ面をした男の子がいた。
「……王妃様のお茶会!」
「ようやく思い出してくれたか」
勢いよく振り返るとアルフレッドが苦笑していた。
◆ ◆ ◆
あれはまだコーデリアが四歳になったばかりの頃だ。
若き王妃主催の王城での茶会に同年代の貴族の婦人達が招待された。コーデリアもイザベラと共にその茶会に出席していたのだ。王妃様からのお招きにイザベラはいたくご機嫌で、この頃から遠ざけられ始めていたコーデリアを珍しく一緒に連れて行ってくれた。
とはいえ、婦人達の社交の場である茶会で子供達は暇を持て余し自由に遊んでいるのだが。コーデリアもお茶とお菓子を堪能した後は早々に飽きてしまった。
「この温室の中は安全だから自由に遊んで大丈夫ですよ」
王妃の許可をもらって子供達は温室の中で走り回ったりおしゃべりしたりと自由に過ごしていた。
コーデリアも見たことのない花や木を眺めながら温室内を歩きまわっていた。そのとき背の高い木を見上げていて、木の根に足を取られて転びそうになってしまった。
「きゃっ」
「あぶない!」
転びそうになったコーデリアを咄嗟に助けてくれた少年がいた。突然茂みから飛び出してきた少年にコーデリアは目を丸くして瞬いた。
「そ、それじゃあな」
「え、まって!?」
コーデリアにまじまじと見つめられた少年はむすっとした顔のまま視線をそらしてまた茂みの奥に戻っていこうとする。一体この子は何をしているんだろうとコーデリアは不思議でつい後を追いかけてしまった。振り向いた少年がぎょっとする。
「なんでついて来るんだ?」
「だって、何してるのかと思って」
そこは温室の通路からは茂みが影になっていて誰にも見えない狭い空間だった。
(かくれんぼかしら?)
きょとんとしているコーデリアに少年は眉間に皺をよせたまま呟いた。
「……お、俺は茶会なんか出たくないんだ。でも無理やり連れてこられたから」
「どうして?」
「俺はみんなと仲良くしないといけないんだって言われたんだ。……でも、みんな俺が王子だからニコニコしてるんだ。俺が気づいてないと思ってるんだろうけど」
木の根元に腰かけてぎゅっと膝を抱えて少年が座ったのでコーデリアも隣に座る。
「王子様なの!?」
「だ、だからなんだよ。王子っていっても俺なんて全然かわいげがないって言われてるし」
一瞬しまった、という顔をした少年……アルフレッドが言う。
アルフレッドは人前に出ると緊張で固まってしまい笑顔を作ることができなかった。周囲の大人達がいずれ国を継ぐ王子の一挙一動に注目しているのを子供ながらに敏感に感じ取っていたのだ。おそらく王妃はこの頃アルフレッドをなんとか人に慣れさせようとしていたのだろう。
確かにコーデリアにとっても王族というのはいつも笑顔を浮かべているものだと思っていた。
「王子さまって大変なのね」
「そうだ。王子なんていいことない。将来の結婚相手だって自分で選べないし」
「……ほほ笑みの花?」
「知ってるのか?」
「おとうさまとおかあさまから聞いたことあるの。でもきっと『ほほ笑みの花』が王子様にぴったりな女の子を選んでくれるんじゃないの?」
ウォーレン王国では『ほほ笑みの花』の伝承を子供達の寝物語にすることが多いのだ。コーデリアも父やイザベラからその話を聞いていた。すごく不思議でロマンチックだとうっとりしていたのだが、当のアルフレッドはおもしろくなさそうだ。
「そんなのわかんないだろ。すっごく嫌な奴かもしれないぞ」
「ええ!?」
そんなことあるのだろうか?
もしすごく嫌な奴が結婚相手になってしまったらそれは絶望するだろう。しかし『ほほ笑みの花』は王国の継承者にふさわしい妃を選んでくれるというし……。コーデリアは腕を組んで悩んだ。すると、アルフレッドが急に吹き出した。
「ははっ、そんなに真面目に悩むなんて変な奴だな」
「だ、だって王子さまのお妃さまが嫌な奴だったらかわいそう……あ、笑ってる!」
「え!?」
アルフレッドはコーデリアを見てくすくすと笑っていた。ずっとしかめっ面をしていたアルフレッドは近寄りがたい雰囲気だったが笑顔になると途端に幼く可愛らしい印象になる。コーデリアはアルフレッドに近づいてそのコバルトブルーの瞳を見つめた。
「王子様は笑顔がとっても素敵ね」
「へ!?」
「……そうだ! あのね、笑顔にはすごい力があるの。嬉しいことや楽しいことがやってくるんだって」
コーデリアはふと父から教えてもらったことを思い出してアルフレッドに伝えることにした。幼いながら彼が苦悩していることはなんとなく理解できた。だから彼が元気になれるように励ましたかったのだ。
「それにね、笑顔でいると体の中から勇気がわいてくるの」
「勇気……」
「だから王子さまは笑顔でいれば誰にも負けないし、ぜったい幸せになれるの。素敵な王様になれるのよ。だって、とても素敵な笑顔を持っているんだから」
コーデリアは一生懸命そう語った。
目の前の男の子が顔を真っ赤にしていることなんてまったく気がついていなかったのだけれど。
そのとき遠くからイザベラの呼ぶ声が聞こえた。
「おかあさまの声だわ。それじゃあ、わたし行くね」
「え!? あ、その、おまえ名前は」
「さよなら王子さま!」
あまり遅くなるとイザベラに叱られてしまう。
コーデリアはアルフレッドを置いて慌てて茂みを飛び出したのだった。
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