12話 コーデリアの願い
「二人とも今日は本当にありがとう。じゃあ、行ってくるわね」
「いってらっしゃい。楽しんできてね」
「いってらっしゃいませ」
お昼過ぎに迎えに来たギルバートの馬車に乗ってカレンは出かけて行った。
少し恥ずかしそうだが嬉しそうな様子にコーデリアの気持ちも上向きになる。昨日とは一転して穏やかな陽気で昨夜積もった雪が溶けだして庭はきらきらと輝いていた。
「ふふ、うまくいくといいですね」
「ええ」
きっと大丈夫だろうとコーデリアは思っていた。
いつもより少しだけお洒落をして、ほんのりと化粧をしたカレンを見た時のギルバートは彼女に見惚れていたように見えた。
その様子を見ているとなんだかコーデリアまで緊張してしまいそうだった。
「それじゃあ私はグレンダ様の手伝いをしてくるわね」
「わかりました。私はハンナさんと厨房にいますので、何かあったら呼んでくださいね」
くるりと踵を返して二人は屋敷の中へと戻った。今日は教会での授業が無い日なのでコーデリアはグレンダの内務の手伝いをすることになっている。デビーはハンナと一緒に屋敷内の家事をこなすのが最近の日課だった。
最初は侍女としてコーデリアの傍を離れることを不安がっていたデビーだったが、最近は屋敷の中に限ればそれぞれ別行動をとることも多い。貴族の令嬢としては眉を顰められそうだが、ここはそれだけ平和で自由だった。
その後、偶然会ったアルフレッドと少しだけ会話を交わしてからコーデリアは執務室へと向かった。
「失礼します」
「ああ、悪いわねコーデリア」
「いえ、勉強になります」
領主の執務室へとノックをして入るとグレンダは机に向かっていた。
クローズ家にいた頃も領地運営の雑務をしていたこともあり、アンカーソン領を治めているグレンダの元で手伝いをすることはコーデリアにとっては興味深いものだった。イザベラとダイアナは貴族達との交流以外にはあまり積極的ではなかった。必然的にコーデリアが領地運営の仕事をする比重が大きかったのだが、仕事の内容自体は嫌いではなかったのだ。
コーデリアは山積みになった書類を仕分けしながらグレンダを伺った。
今日はひとつ聞きたいことがあるのだ。
「あの、グレンダ様。少しお聞きしたいことがあるのですが」
「ん? なにかしら」
「あの、ユミル・エヴァンズのことなのですが……」
季節は本格的に冬になり、最近は毎日のように雪が降り続いていた。
教会の中も暖炉が無ければ寒くてとても過ごせないだろう。聖堂の隣には牧師のための暖炉の設置された控室があるので、冬の間はそこで授業をすることになっていた。
子供たちと一緒に暖炉を囲んでの授業が終わり、皆迎えの大人たちが来るまで思い思いに遊んでいたときだった。コーデリアは部屋の隅で膝を抱えているユミルにそっと近寄った。
「……ユミル、あのね、私と一緒に本を読まない?」
「本?」
「絵本もあるし物語もあるわ。あと図鑑も……」
「動物の図鑑……」
「ええ、もちろんあるわ!」
わずかに興味を示したユミルにコーデリアは抱えていた本の中から『どうぶつ図鑑』を差し出した。
そして恐る恐るユミルを見た。
「隣に座ってもいい……?」
ユミルはおさげにした髪と同じ亜麻色の大きな瞳をぱちりと瞬いてから小さく頷いた。とりあえず拒絶をされなかったことにほっとして、コーデリアはユミルの隣に並んで座った。
「ユミルは動物が好きなの?」
「好き。うちにはメアリ―がいるから」
「メアリ―?」
「うちで飼ってる猫」
動物は本当に好きらしく、無口だったユミルがぱっと表情を明るくして話し出した。ユミルは飼い猫のメアリーをとても大切にしているようだ。
その話を聞きながらコーデリアは内心でグレンダに感謝していた。
コーデリアにユミルが読書と動物が好きなことを教えてくれたのは彼女だったからだ。
笑顔になれないことで怖がらせてしまったけれど、コーデリアはユミルと仲良くなりたいと思っていた。
グレンダもアルフレッドもアンカーソン村の人々もコーデリアを否定せず受け入れてくれた。だからだろうか。最初は自分は厄介者なのだから、と役に立とうとしていたけれど少しずつその気持ちは変わってきていた。
(私は笑顔を作れないけれど、この村の人々と近づきたい。力になりたい)
コーデリアはアンカーソン村とそこに住む人々が好きになっていた。
そしてもうひとつ、胸にはある思いが生まれていた。
ギルバートと会っている時のカレンの輝くような笑顔を見て、純粋に素敵だなと思ったのだ。
自分もいつかあんな笑顔を浮かべられるようになれればいいのに、と。
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