11話 アルフレッドの決意
※アルフレッド視点
「まったく気が早すぎるんだから。ギルバート君が迎えに来るのはお昼過ぎでしょうに」
「それでクッキー作りを?」
食堂と繋がる厨房では女性陣が集まってわいわいと何やら楽しそうだ。
アルフレッドとユージーンが食堂に朝食を取りに行くと、すでに食事を終えたカレン達が珍しく厨房で何かをしているようだった。コーデリアも長い髪を一つにまとめ水色のエプロンを着けて真面目な顔で何か作業をしている。
テーブルで食後の紅茶を飲んでいたグレンダに話を聞くと、どうやら今日カレンは幼馴染のギルバートとデートをする予定なのだそうだ。ただし彼が迎えに来るのはお昼過ぎだというのに、カレンは朝からお洒落をして待ちきれない様子なのだ。
そこでコーデリアが手土産にお菓子を作ってはどうかと提案したのだそうだ。
「なるほど、楽しそうだな」
「俺たちの朝食は……」
「ご安心くださいな。ちゃあんと用意してますから」
遠慮がちにユージーンが呟く。するとハンナが厨房から二人の朝食を持って出てきた。
湯気のたつポトフからは美味しそうな匂いがする。雪が積もり冷え込んだ日にはぴったりの食事だった。
「こちらのポトフはコーデリア様が作るのを手伝ってくださったのですよ」
「コーデリアが……」
「美味しそうでしょう? 大分腕も上がったのですよ」
何か含みを持ったグレンダの笑顔に素知らぬ顔でアルフレッドは頷いた。コーデリアはとても真面目で努力家だ。それに呑み込みも早いのだろう。隣でユージーンが「美味しい」と呟いていた。アルフレッドも続いてポトフを食べてみた。村で採れた野菜の旨味がよく出ているスープが身体を温めてくれそうだ。
「……」
「コーデリア、次はこっちをお願い」
「ええ、わかったわ」
「形はどうされるのですか?」
コーデリアとカレンとデビーの三人は厨房の奥に集まって菓子作りに夢中になっているようだった。
年頃の少女達らしい楽し気な後姿を見てアルフレッドは声をかけるのをあきらめた。菓子作りすら生真面目にこなすコーデリアの姿を横目に食事を終えたアルフレッド達はこっそりと席を立ったのだった。
「あの調子だと今日はコーデリアとあまり話せそうにないな……」
「アルフレッド様」
別館に戻りながらアルフレッドは誰ともなしにぼやいた。
今日は教会での授業は無いが、午後からアルフレッドは村長の家の茶会に呼ばれている。コーデリアは午前中はカレンの準備で忙しそうだから、今日は彼女と話す暇が無さそうだった。
背後から窘めるようにユージーンに名前を呼ばれた。
「いくら休暇とはいえ、もう少しお立場を考えてください」
「わかっている」
「わかっていたらこんなことしないんじゃないですか? いくら田舎とはいえ特定の女性とあまり親しくなりすぎるのはよくないです」
「はいはい、わかってるよ」
「はいは一回ですよ!」
まだ子供だというのにまるで母親みたいなお小言を言うユージーンにアルフレッドはこっそりため息をついた。まったく誰も彼も真面目すぎて困る。
煩い周囲を黙らせてようやくもぎ取って来た長期休暇なのだ。せめて休みの間は自由にやらせてほしい。
このアンカーソン村はアルフレッドにとって数少ない心安らげる場所だ。偶然にもコーデリアがこの村に送られたと聞いてアルフレッドは慌てて休暇を取ったのだ。
「アルフレッド様」
別館に宛がわれた客間で時間を潰した後、ぶつくさと文句を言うユージーンから逃げるように屋敷の中を歩いていると急に鈴の音のような綺麗な声が聞こえてきてぱちりとアルフレッドは目を開けた。思わず慌てて姿勢を正したのは先日つい口を滑らせてしまったことをまだ気恥しく思っているからだろうか。
振り向くとコーデリアがそこに立っていたからだ。
「か、カレンの支度はもういいのか?」
「はい、今しがた送り出してきたところです。これからグレンダ様の手伝いに参ります」
「そうか……。ずいぶんと楽しそうだったな」
「こういうことは初めてでしたので」
そう呟くコーデリアはいつも通り淡々とした表情をしているが、心なしか機嫌が良さそうに見えた。ここで出会ったばかりの頃より少し明るくなった様子の彼女にアルフレッドもほっとする。コーデリアは紫水晶のような瞳を伏し目がちにしたまま小さく頭を下げた。
「アルフレッド様、先日は申し訳ありませんでした。教会で、色々とつまらない話をしてしまいまして」
「そんなことはない。俺の方こそ不躾に色々と言ってしまって悪かった。困ってしまっただろう」
ずっと気になっていたのだろう。
コーデリアに教会でのことを謝られて慌ててアルフレッドは否定した。むしろ自分の方がコーデリアに踏み込みすぎてしまったのに。ただ、彼女があまりにも自分を悪く言うのが許せなかったのだ。
「だが俺はあの時の意見を曲げる気は無いからな。君はそのままだって素晴らしい人だ」
「……アルフレッド様は私を褒めすぎだと思います」
驚いたように瞳を見開いたあとコーデリアはまた俯いてしまった。また困らせるようなことを言ってしまっただろうかと思ったが、彼女はそのまま呟いた。
「でも、ありがとうございます。グレンダ様にも似たようなことを言われました。皆さんは本当に優しいです」
そんなことはないのだがな、とアルフレッドは内心思った。
コーデリアはぺこりと頭を下げてグレンダの手伝いをするからと去っていった。その華奢な後姿を見つめて考える。彼女にはまだ周囲の言葉をそのまま受け取ることができないのだろう。
クローズ伯爵家の長女である彼女がどうしてそんなことになったのかはもちろん調査している。色々と噂はアルフレッドの耳にも入ってきていた。
彼女は笑顔を作れない、そして自分は醜いのだと言った。
けれどそんなことは絶対に無いとアルフレッドは知っていた。
(君の笑顔に救われた人間がいる)
だからコーデリアの笑顔を取り戻したい。
ユージーンのお小言を聞き流しながらアルフレッドは一人胸の内で決めていたのだった。
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