第二十一話 拾われた奴等
『夕焼けこやけで日が暮れて~、や~まのお寺の…ン?…ぇ、ぇあ?…な、なっちゃんちょっと来て!人が倒れてる!!』
『…人?、あ、本当。』
『本当じゃないよ、何とかしなきゃ、』
『何とかって…どうする…?』
『どうするも何も……、』
「…っハッ?!」
「っぐぇぁ?!」
突然頬に何か温かいものが当たる感覚に驚き、私は勢いよく身体を起こした。唯その勢いが余り過ぎて誰かの脇腹辺りを蹴ってしまった所為で、目の前で呻き声があがる。
「痛、何?…何処?」
その呻き声の主はどうやら長船だったらしく、軽く脇腹と胸を擦りながらキョロキョロと首を振っていた。
「あ、あの…?」
その声にまたも意識を引き戻され隣を見てみれば、パッツン前髪の長髪女子がタオルを持って固まっている。長船も此方に気が付いたらしく、互いに気まずい空気を纏いながらもぎこちない会釈が交わされる。
「すいません、僕等ちょっと状況が分からないんですけど、お世話になってしまったようで、」
「あ、待って、私は何も知らないんです。呼んできます。」
そういうと、少女は慌ててタオルを丸めながら"なっちゃんなっちゃん"と部屋を出ていった。
「「…?」」
私と長船は目を合わせ、伝わってるか伝わってないか分からないテレパシーを送り合う。
(私達さっきまでライブしてたよね?)
(うん、してた。)
(何が起こったの?)
(分からない。)
なんだかそんな会話が頭に流れる。普段私は澤中や浦井としかはなさないから気まずいのは確かなんだけど、かといって長船が苦手な訳ではない。単に距離感が曖昧なだけ。
「…脇腹、蹴ってごめん。」
「ん?あぁ、こんくらい平気。」
「「…。」」
駄目だ、やっぱ気まずいわ。意識してなかったけど私長船の事苦手かも知れない。
そんなこんなで絶妙に長く感じる沈黙の後、またあの長髪女子が部屋に戻って来た。今度は一人ではなく、ほっそりとした薄ピンクの着物を纏う女の人がついてきている。
「すいません遅くなって。此方が貴方方様を発見した夏目さんです。」
「どうも。この宿舎の女将の佐藤夏目です。昨夜、此処とは少し離れた公園で貴方方様が倒れていたのを…、」
「あ、どうもお手伝いの後藤季夏です。」
「そう、季夏さんと見つけて。病院も満室でうちが宿だったもんですから、一旦連れて帰ってから医者を連れてこようかという話になりました。」
と説明する女将さん。それぞれの的確な考えの上で今に至るんだとそんなに必死に説明しなくても分かるのにと思う反面、見知らぬ人に此処までもてなしてくれたんだという感謝の思いが改めて込み上がってくる。あとどうでも良いけど今お手伝いさんの名前忘れてなかった?
「どうも本当にありがとうございます。正直、僕等も意識を失う前の記憶があやふやでして、申し訳ない事に身分証明になるものもお金も、何も持っていなくてですね…、」
長船はそこまで言うと、困ったように私の方を振り返った。あ駄目だ、今後の事考えてて何も聞いてなかった。そんな問題目で見られてもと私も困惑の顔を見せると、気を利かした女将がお手伝いさんに何か耳打ちをする。
「(ボソボソボソボソ…)」
「(ボソボソボソ)」
私達には聞こえないその会話が途切れると、お手伝いが一旦部屋の外へはけ、バインダー代わりであろう木の板と紙と鉛筆を持って戻ってきた。
「えーと、状況はお察し致します。金銭面も、免除できる分は免除致します。ですから、御両親の連絡先とお名前だけでも此処へ書いていただけませんか?」
そうして返事も待たずに差し出されるそれらの物。
「分かりました…。」
あまりの圧と表情に返事はしてみるものの、両親の連絡先なんて書けない訳で。女将さん等が帰ってくれたおかげで少しは相談する猶予ができたけど、未だ答案用紙は白紙のままだった。
「取り敢えずこいつ起こそうか?」
「うん、いや、全員起こそう。」
今まで気が付かなかったが、そもそもこんな大事に全員が向き合ってない方が可笑しいんだ。私は澤中の側に寄ると、死なない程度に肩を揺さぶった。一方長船は遠慮無く浦井のお腹をしばいている。
「…ん、何?、やめて沙耶香?」
「やめてじゃない、起きて。何故かは知らないけど、また時間が戻っちゃった。」
「…?ぁ、え?」
澤中は意識がはっきりしてきたのか、ふっと身体を起こして辺りを見渡す。ライブ様に整えられた短髪が見事に崩れて、何ならピアスも片方取れてしまっていた。
「何、何処、何が起きて、」
「…っぁえ?!」 「っ痛いって、起きるから?!」
と、どうやら二人も起きたみたいで。私は門崎の驚く声を聞いたのは初めてだったから、一瞬誰か入ってきたのかなって部屋の入り口に視線を譲ってしまった。
「まぁまぁ、説明するから一旦落ち着いて。」
「うん、一旦、一旦落ち着こうよ皆。一旦ね?」
と浦井が言えば、お前が一番パニクってんだよと長船が浦井の頭をしばく。
「取り敢えず此処に名前かいて。それで、取り敢えず三人は怒らないで話聞いて…ね?、」
「…はぁ?!あんた等何勝手な事してくれてんの?」
「ごめんその、ちゃんと考えた上で、」
「いや別に過去に戻るのは良いけどせめて相談くらいはしなよ!最後の曲ラストまでやりきりたかったし普通に混乱した。」
「それは本当ごめん、相談すれば良かったね…。」
手っ取り早くけど分かりやすく状況を説明する長船と、珍しくキレて大声をあげる澤中。はぁと分かりやすく溜め息を吐いた門崎は、まぁどうするよと机の紙を指差した。
「まず名前は書けるとして、親への連絡先…そもそもさ、親への連絡先なんか聞くか普通?俺等もう大人だぞ?」
そう文句をいう浦井。でもその意見は間違ってはなく、私も気になっていた所である。こんな良い年した大人に、"親"なんて文字を持ってくるかな。普通"親戚"せめて"家族"とか?いや、気にしすぎか。配偶者何て言ってしまった方が失礼な場合もあるからね。
「本格的にどうする?」
いよいよ終止符が付かなくなってきた頃、じゃあこうしようといきなり浦井が紙を取る。
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浦井悠真
長船哲夫
明堂沙耶香
門崎徹
澤中スミカ
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「…はい、これだけでいい。すいませ〜ん。」
え、ちょっとという私の制止を無視して、浦井は部屋の扉を開けた。
「すいません電話番号とかがちょっと忘れてしまって書けてないんですけど。」
「やはりそうでしたか。」
「…へ?」
「いや、実は稀にあるんですよ。貴方達の様なお客様が。」
「…へ?」
やっぱり分からなかった。二回目のへ?を迎えた辺りで、さっきまで真剣だった女将さんやお手伝いさんの真剣な顔が崩れると同時に、重かったはずの空気圧も急に軽くなった気がした。
「その、実は前にも気を失って此処へ来た人がいらしてね?家もなくて親もいなくて、普通調べれば世界の何処かにいる筈なんですけど、絶対にいないからと言い張る人が一人いたんです。お金も何も持ってなくて、しまいには此処が自分の家だったんだとまで言い張って。」
「…俺が言うのもなんですけど、その話信じたんですか?」
「勿論信じましたよ?だって信じられる証拠より疑える証拠の方が少なかったんですから。」
その様子を思い出したのか、女将さんはふふと上品に笑って話す。
私は一旦現実を見ようと真上の古臭い証明を見上げてみたものの、やっぱり何処を見ても慣れない景色過ぎて頭が混乱してきた。結局澤中の顔を見てるのが一番安心。それに気付くまでの三分間の間に、どうやら浦井と長船が女将に駆り出されて行った。
「…ハハ、何見てんの?うちの顔になんかついとる?」
「ん?、あぁいや、何でもないけど。」
「あんた今絶対現実逃避してたやろ。」
あはは、なんだ、バレてんじゃん。心の中ではぁとため息を吐きながら、私はもう一度天井を見上げ、そのついでに硬い畳の上に寝転んだ。
「この先どうなるんだろうねー。」
「ほんと、どうなるんだろうねー。」
「「アハハハハ。」」
何時も流されてばかりの自分を卑下しながら、これからも流されてしまおうかと何となくの未来を想像する。その瞬きの度にちらつくあの天井の窪み、私はそれに見覚えがあった。




