第1話
創造主は世界を保つため六つの神器を創り、放った
三つは世界を祝い、包み、人々に良き方へ導いた
三つは世界を拒み、閉ざし、人々を悪しき方へ陥れた
神器の力を何者も欲しがった
分かたれし世界はそのことを知っていた
だから奪い合った
それらは人の為のものだから
エンシェル神話 第■章
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気がついたら僕はそこに突っ立ていた。
ここはどこだ?周りは木しか生えてないみたいだけど……。
あれ?なんでこんなところにいるんだっけ……?
一度整理してここまでの経緯を思い出してみよう。
ええっと僕は……。
まず何をしていたんだ?どこから来たんだ?
うーん…………
……思い出せ、ない?何か覚えていることがひとつくらいあるはずだ!まず自分の名前、そう!自分の名前!僕の名前はっ!
……自分が何者かも、思い出せないのか。
些細な事でも良かった、必死に思い出そうとした。が、僕の中には何も残っていなかった。
そんな状態でどこかも分からない森の中か。
もしかして相当にまずい状況かもしれない。
まずは自分が何を持っているか確認しよう。
そう思いながら自分を見回すと腰元には長身の剣が携えてあった。
それをおもむろに鞘から引き抜き掲げてみる。
それは漆黒にきらめく刀身。
これが何かわからなくとも、特別なものだということはわかった。
それだけじゃない。
首元には白く光輝く宝石のような綺麗なペンダントがかけれていた。
とても大切な、かけがえのないもの。
記憶になくとも確かに心が動いた。
まだ残されている、自分が何者であったかの手がかりが。
この剣と動きやすい服装、もしかしたら冒険者のような魔物を狩る職業だったのでは?それならどこかに証明書がどこかに……。
……どこにもないみたいだ。革袋や衣服の隙間、靴の中まで探したが、身分を証す物は何も見つからなかった。
止まっていても仕方ない。とりあえず歩こう。
心当たりはないけど。
でもただ不安に怯えて何もしないよりはきっとマシだその程度の記憶なら残っている。
街に行けば何とか情報を集めよう。
そして魔物に襲われた時はこの体を信じよう。
この黒剣できっと戦ってくれるはずだ。
僕は思い出せないけど……。
進み始めてからどれくらい経っただろうか。
景色の変わらない森の中を歩き続けていると、どの方角に歩いているかわからなくなってきそうだ。
頼みの綱の太陽も木々の葉に隠れて位置を上手く把握できない。方向だけじゃなくて時間の感覚も分からなくなってきた。
それだけ深くまで来てしまったということなのだろうか。
あと不思議なことにこれだけ歩き続けているのに魔物はおろか虫の一匹も見ない。
そのため森の中は時折吹く風を除けば常に静寂が保たれている。森って元々そういう場所なのかな、記憶の欠けた今では断定できない。
またしばらく進むと前方から水の流れる音が聞こえてきた。木の葉が擦れ合う以外の音だったので思わず駆け寄った。
「!なんて綺麗な泉なんだ……!」
あまりの美しさに感嘆してしまう。
泉から湧き出る水は底が見えるほど澄んでいて、水面は木漏れ日に照らされキラキラと乱反射している。
僕はこの泉のほとりで少し休憩することにした。
皮袋から同じく革製の水入れを取り出し泉の水を汲む。その際、鏡のような水面に顔が映った。
白い髪の青年、これが僕なのか。
自分の見た目も忘れていたなんて、今になって自分が置かれている状況を理解してしまう。
本当に僕は何者なのか……。
またもや漠然とした不安にかられる。
そんなことを考えていた時だった。
さっきまで平穏だった森から突如としてただならぬ気配を感じた。
そして、その気配がゆっくりとこちらに近づいてくる。
気配自体は微弱である。
しかしただの魔物の気配ではない異様なものだ、そう体が空っぽの記憶に語りかけてくる。
すぐに剣を抜き、前に構え、臨戦体勢に入る。
無駄のない動きに自分でも驚きを隠せない。
きっと記憶を無くす以前の僕は、相当の手練だったのだろうな。
この森の魔物の知識は当然ながら今の僕にはない。
向こうの正体が分からない以上、迂闊に手を出すのは危険だ。
どれだけ弱そうな魔物でも予想外の能力を持っている可能性があるため油断してはならない。
……だんだん思い出してきたぞ。
気配は止まることなく近づいてくる。
なおも静寂な森の空気が、この場をより張り詰めさせる。
前方の薄暗い木陰からうっすらと人影が見えてくる。
小柄で、薄汚れたローブを羽織っていて顔は詳しく確認できない。
明らかにこちらに意志を持って歩みを寄せてくる。
こちらも一定の距離を保ちたいが背後の泉がそれを許さない。……やるしかないみたいだ。素性の分からない相手に覚悟を決め、剣を固く握りしめ飛びかかろうとした。その時だった。
「……女の、子?」
不意に森の中に吹いた風がその気配の主のローブをめくり、それの顔を見せた。
紫紺の髪に、自分とは違う褐色の肌。
現れたのは、あの異様な気配からは到底想像できない、ただ1人の可憐な少女だった。
「ねぇ。その黒い剣を納めてくれる?ワタシとしてはそうしてくれるとありがたいのだけど」
少女はその姿が顕になっても動じることなく、こちらの目をまっすぐ見てそう言った。
「あ、ああごめん。女の子に剣を向けるなんて、ハハ……」
彼女を見た衝撃でひとつ思い出された。
あの異様な気配、以前に似た経験をしたことを。
それは幼き頃の記憶のよう。
昨日までの日常が一瞬にして壊れるのを目の当たりにし、自分の無力さを見せつけられた記憶。
炎と悲鳴に呑まれる街の中で瓦礫の中で全く動けなかった時、その向こうから感じたあの気配と、どことなく似ている。
思い出すほどあの時の恐怖が鮮明に蘇ってくる。
あまりの恐怖に息が詰まりそうだ。
あの時の気配では、「悪魔」では決してないと必死に自分に言い聞かせ、落ち着かせる。
そうしてやっと出来たのは彼女の言う通りに剣を納めることだった。
もちろん理解している。彼女は只者ではなく可愛らしい少女の姿は化けの皮だと。
気を緩めてはならないと。
記憶喪失なりにわかっていたつもりだった。
でも言う通りにもう剣を納めてしまった。
……僕の負けだ。
後ろは泉、逃げ道もない。
ここまで近づかれては為す術はないだろう。
手段を選ばず僕は殺される。
そう死線を超えそうになるのを怯えている中、少女(仮)はこちらをただ見つめている。
「長身で白髪の男で、黒い剣に純白の宝石の首かざり。間違いない……」
少女(仮)は何やらつぶやき、何かを確信したのか、一息入れてはっきりと言った。
「単刀直入に言うわ。アナタ、ワタシと一緒に勇者を裏切らない?」




