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あゝ憎むべき紅炎の騎士  作者: 和泉キョーカ
校内大会編
9/24

対五十嵐戦・前編

 情報戦に長けた少女、伊予理を仲間にした忍と希は、次なる対戦相手の情報を集め始める――。

 伊予理は、手元のA4用紙の束に目を落としながら、希と忍に説明を始めた。

「次の対戦日は、五月二十九日。マレさんの番っスね。」

 場所は、伊予理が秘密基地にしている第三予備棟三階の一室、通称『ISMセンター』(伊予理命名)。伊予理は手にした書類から一枚を抜き取り、長テーブルの上に投げるように置く。忍は、そこに記載された名前を読み上げ、希にも見えるように位置をややずらした。

五十嵐いがらし……若菜わかな。」

「はい。能力はリクガメ。能力の詳細は、超防御力、地形変更、鈍足などっスね。」

「超防御力……。」

「突出すべきは、まぁ確かにその防御力なんスけど。その他にも、受けた衝撃を二乗にして相手に叩きつける、<フルカウンター>という技を保有しています。」

「『フル』どころの話じゃねぇな……。」

 希が細かい文字を見て睡魔に負けても、伊予理は話を続ける。

「まぁ、これを見てください。」

 そう言って、伊予理は白衣のポケットから、正四角錐の頂部を切り除いたような、鋼色のオブジェクトを取り出した。空気中に水蒸気を噴霧し、それをスクリーンとして映像を映し出す空間映写機だ。それをテーブルの上に放ると、スイッチを入れる。

「あれ? これじゃないなぁ……。」

 いくつか学生がみるにはやや早い映像をいくつか飛ばし、ようやく目的の映像が流れ始める。それは、五十嵐が戦っている姿だった。身の丈以上の大きさを誇る片手用の大盾で身を隠し、叩き込まれる連撃を防いでいる。

「見ての通り、デカイ盾のせいでほぼ攻撃は当たりません。それに加えて。」

 突如画面の中の五十嵐が動いた。盾が変形し、先端部分がハンマー状となったそれで、相手を殴る。青い電撃が両者の間で閃き、相手はあっという間にカメラから見切れて飛んでいった。

「……今のが<フルカウンター>っス。尖っている盾を変形させ、ハンマー状にし、相手が今までぶつけてきた衝撃を二乗にして返す……。」

「……。」

 忍は呆けた顔で映像を見つめていた。

「正直、マレさんの大剣とは最高に相性が悪いっス。加えてマレさんの過眠症。勝率は一桁代ではないかと……。」

「……そうか。じゃ。」

 忍は立ち上がると、教室の扉近くにあった冷蔵庫を開けた。

「秘密兵器を使うか!」

「みゃあ……。」

 忍は冷蔵庫を閉めると、微睡む希を見てにやりと笑った――その手には。


 巴桜にはいくつかの庭園とやや小さめの山が存在する。その山のうちのひとつの、五メートル級の滝場で、、その少女五十嵐若菜は滝行を行っていた。そこに、忍が近づいていく。

「ん。」

 若菜は滝から離れ、タオルでその長い髪を拭き、簡単に纏める。

「君は……。今川くんだよね。こんなところまでどうしたの?」

「いや、マレの対戦相手を見てこようかと思ってな。」

「はは、熱心だね。でも私なんかを見ても何もわからないよ?」

「ここでなにをしていたんだ?」

「見てわからなかった? 滝行だよ。私、修験者の娘でね。父親によくやらされていたんだ。習慣になっちゃった。はは。」

「ふぅん……。」

 忍は、何を考えているかわからない故に、若菜をじっと見つめた。

「はは、照れるね。」

「あっ、すまん。」

 忍はとっさに目を逸らした。――と。

「はい、まだまだ。」

 首筋に、木の枝が触れていた。

「これから戦う相手に油断しない。とはいえ、君は対戦者じゃないけどね。はは。」

「……っ!」

 忍は悟った。この若菜という少女は、どうやら映像に見る以上の実力を持っているらしい。

「あ、私を見に来たなら、能力も見たいよね。いいよ。」

「いいのか?」

「うん。その方がフェアだと思うし――。」

 こちらの能力を見せていないのでそれはアンフェアだと思うのだが、都合の悪いことは喉の奥にしまって、忍はただ首を縦に振った。

「うんむ。では見せてしんぜよー。ナイト……解放!」

 白色のナイト駒を天高く放り投げ、駒の代わりに降ってくる紫色の炎と大盾を。受け止める。それを体を隠すように構えると、忍に殴るよう促した。忍は、言われたとおり右ストレートをまっすぐ盾に打ち込む。それを受けて盾はびくともしなかったが、若菜はほぼ目視できない速度で盾を篭手のように、持ち替え、ハンマー状に先端を変形させ。

「――<フルカウンター>。」

 そのハンマーは忍の下腹部に迫る。その瞬間、あふれる殺気に恐怖した忍は、とっさにポケットにしのばせていた黒色のポーン駒を解放させてしまった。

「しまっ……!」

 身体の硬度が高く上昇した状態の忍の体であっても、その衝撃はすさまじく、忍は背後にそびえる岩壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられた衝撃で岩はいくらか崩れ落ちた。

「君のように格闘技を少しでも知っている場合、殴る力は手加減していても二百キロはある。私の<フルカウンター>はその二乗だから、君の体にぶつけた衝撃は約四万キロだね。あれ? これって四十トン?」

「……最高に走馬灯の見えるパンチだったぜ……。」

 忍は、そもそもの話二百キロのパンチなんて繰り出していなかった。出ていてせいぜい数十キロ単位だろう。それでも、最低で百キロはぶつけられたのだ。走馬灯が見えてもおかしくはない。

「ん、なにその炎。」

 盾を横にずらし、はじめて吹き飛ばされたあとの忍の姿を見た若菜は、彼の背後に揺らぐ紅炎を指さした。

「え、知らないのか、俺の能力。」

「知らないよ。私四国の生まれだもん。君が人を殺した、っていうのも、上京してきて初めて知ったもの。」

「……へぇ。」

 忍はなんとも言えない感情を抱きながら、白装束から制服に着替える若菜を見つめていた。

「……君、年相応の羞恥心とかないの?」

 若菜は隠そうともせずに堂々と着替えていたが、その顔はほんのり紅潮していた。

「あぁ……すまん。」

 言って、忍は若菜に背を向けた。しばらくして、若菜の「いいよ。」の声に振り向くと、そこにはまたしても木の枝を忍の首筋にピタリと当て、にこにこと微笑む彼女がいた。

「鹿毛井さんに言っておいて。私は一筋縄ではいかない――少なくとも、今まで鹿毛井さんが相手にしてきた人たちとは……私は、違うよ、ってね。」

 忍は、冷や汗を垂らしながら、激しく首肯するのであった。

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