業を孕む炎
失態をおかし、その過ちを露呈してしまった忍。彼は、その場でトラウマにより気を失い、意識を失う。その意識の中で、希の能力により希と会話した忍は気付く。自らの手の中にあった本当に大事な者は、忍のことを見捨てはしないと。そして、忍は立ち上がる。
後日、忍は何事もなかったかのように教室にいた。守られる側に救われてプライドが折れたというのもあるが、むしろ昨夜にとある少年から言われた一言が原因だった。
「今川忍。君の雑兵祭参加を強制的に命令する。」
それは、巴桜にひとりしか存在しない、キングの駒を持った少年、真坂直雪。巴桜の生徒には能力の制御用にチェス駒を模した封印装置を支給されるが、この駒は専用の試験に合格すると、ポーン、ルーク、ナイト、ビショップという風にその階級が上がっていき、その頂点には、五人の王者がいる。巴桜にそれぞれひとりずつしかいないキング、クイーン、キャバルリアキング、エンプレス、そしてエンペラーの駒の持ち主は、学園の理事会に口出しができるほどの権力を有する。だが同時に、その五つの駒だけは、それを所持している生徒との決闘で勝利しない限り手に入れることはできない。そう、その駒を持つことは、それだけで絶大な実力を兼ね備えていることになるのだ。直雪はこの強制参加の理由をこう語っていた。
「過去の都合がどうであれ、あれほどの実力を持った者の不参加は、我々『五王会』が許さない。あと、能力の登録もお願いしますよ。」
一年前にキングの駒を得たわずか14歳の小さな王は、その後何かを呟きながら男子寮へ戻っていった。
というわけで、忍は今、濃厚な怨嗟の視線に耐えつつ、その日の授業の準備をした。しかし誰も寄ってこないのは、忍の能力が起因しているのだろうか。その後頭痛と吐き気に襲われ続けること3時間超、忍は巴桜の中央闘技場になんとかたどり着いた。この日のJブロック予選決勝に、忍は出場する。忍がこのまま能力を隠していた場合に決勝に行こうとしていた者は、忍が個人的な決闘で下した。巴桜五祭では、個人的な決闘の結果を五王会に報告さえすれば、五祭の途中参加が許される。もちろん、公正な審判の立会いのもと行われた決闘に限るが。
(こんなことをしてまでどうして俺が……。)
そんなことを思いながら、忍は中等部から使っていた位置の観客席に座った。隣には、すでに桜と将真がいて、笑顔で忍を迎えた。希も、忍の左隣にやってきて、ちょこんと腰を下ろす。忍の出番が来るまで、しばしの談笑。これもいつも通りだった。忍は三人に心から感謝した。こんな自分でも、ちゃんと接してくれている、と。
だが。
こつん、と、忍の後頭部に何かが当たった。拾ってみれば、それは無造作に丸めた授業用のプリント。こつん、こつん。次々と丸められた紙が、忍の体にぶつかる。最前列にいるだけに、後ろの誰が投げているかわからない。次第に投げられる量は増していき、その被害は将真や桜、希にも広がっていった。
「やめ……!」
忍が怒鳴ろうとしたとき。がつん、と。
「あつ……っ」
明らかに紙にあるまじき音が、希の方向から聞こえてきた。希の足下に転がっていたのは、スチール缶。忍は、頭に登ってきた血流を、深呼吸で抑えた。
「マレ。……大丈夫か。」
「ん……かすっただけ……。」
「思い切りぶつかってたがな!」
将真が苦笑交じりでそうおどけるも、忍の硬い表情はそのままだった。その後、決闘のために放送席から呼び出されるまでずっと、忍の呼吸は深くゆっくりとしていた。
「まさか、俺が全校生徒代表でお前をぶっつぶすことになるたぁな。」
観客席から伝わる野次やブーイングの嵐の中、忍と相対した青年は青筋を立てながらそう嘯いた。小野淳という名のその高校二年生の青年は、手にしたルークの白駒を地に叩きつけ叫んだ。
「ルーク、解放!」
紫の炎が淳の体から霧散すると、手にしたレイピアを忍に向け、さらになじる。
「俺のオヤジもお前に殺されたんだよ! 大好きなカメラを買いに行っている時にな! 人のことを全く考えねぇ殺人鬼が、よく平然と生きてるもんだ!」
そうだそうだと、観客席の声も大きくなる。ただ無表情の忍は、ずっと棒立ちのままだ。それに逆上したのか、淳はまた叫ぶ。
「そんなしれっとしたカオで、どうして人が殺せるんだ!? お前なんか……お前なんかいなけりゃ……!」
「うっっっせええぇぇッ!!!」
びりびりと、闘技場全体がその怒号に震えた。ただひとり、鹿毛井希を除く全員が、死の恐怖に凍り付いた。そう、実の妹、桜までもが、だ。それほどに、その声は殺気を帯びていた。
「お前はわからない。わかってたまるか……わかっちゃいけないんだ。あの苦しみも、痛みも。そう、わかっちゃいけない。俺がどんなに罵倒されようと構わない。俺が犯した罪は絶対に消えないんだ。でも……それが、俺がいなければ良かったって言う理由にはならねぇぞ! 罪滅ぼしのできない罪はないんだ!なら、俺はその罪滅ぼしとやらを完璧に遂行する……それも、俺の罪滅ぼしだ!ポーン、……解放っ!」
制限を解除し、武器も出さずに淳に突っ込んでいく。
淳の連続の刺突は全て腕の一振りで弾き、忍の大ぶりのハイキックが淳の顎をかすめる。
(小野先輩の能力がわからない……レイピア……キツツキか?しかし飛翔能力は使ってこないな。)
「さァっ!」
淳の鋭い斬撃が飛び出し、忍は背をのけぞらして回避。しかし、前髪が少しはらはらと散ったところから察するに、やや当たってしまったのか。
(……手加減しすぎたか? いや、でも<レベル1>ならこれぐらいが上限……あれ? 何か忘れているな?)
淳の刺突を弾いていきながら、忍は思い出す。その時。
「<マイティピアッシング>!」
緑色の光を纏った、先程までとは速度が段違いの刺突が、忍の喉元へ吸い込まれていく。
(……あ。そうか……俺、炎が使えたんだっけ。……おかしいな。なんで忘れていたんだろう……?)
がきいぃん!と甲高い音がして、決着がついた。闘技場の中央で、淳の<マイティピアッシング>を紅の炎を纏った右腕で食い止め、同じく炎を纏った左腕で、忍が淳の疑似心臓を彼の体からえぐり出していた。
「え……?」
淳は、自分の体に食い込んだ忍の腕を見て、吐血する。
「……これが、俺の苦しみ。」
淳の向こうで、忍は左手を握りしめた。ぐちゃっ、と音がして、同時に紫色の炎の中に淳が消える。そして気絶し倒れた淳を見下ろして、忍は高らかに言い放った。希たちに危害が及ぶなら、いっそ希たち以外に友達などいらない、と。
「わかっただろうっ! 俺はこんなにも残虐で……人でなしだ! みんな、俺なんて――……。」
その瞬間、どこからか拍手が聞こえた。しんとしていた観客席が、次々に拍手の音に呑まれていく。時折、「いいぞ!」という声も聞こえる。忍は吃驚した。そして、泣き崩れた。そう、彼らは、何も忍を許したのではない。しかし、忍の現在を肯定したのだ。過去には大罪人かも知れない。しかし、今は違う。今の彼はれっきとした強者であり、巴桜は強者を好む。忍は、今を生きろと言われたに等しいのだ。きっと恨む人もまだいるだろう。信じぬ人もいるだろう。だが、それでも――。
細身の青年は、熱に浮く観客たちのすぐ後ろを通り過ぎ、膝から崩れ落ちた忍を見下ろしていた。彼の正体がわかった者は、そこにはいなかったが。彼のウォッチタイプの携帯端末から、少女のような少年の声がする。
「天城様。どこにいらっしゃるのです?」
「ん……ちょっと散歩さ。」
青年は端末の通話を切り、立ち見の生徒たちの波をかき分け、その場から消え去る。
「ふふ……楽しみだね。また……彼女と会えるんだ!」
ひとり、高笑いしながら。