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あゝ憎むべき紅炎の騎士  作者: 和泉キョーカ
フォースナイト襲来編
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24/24

談合

 ロシアの能力者育成学校、『カンプォス』生徒会長、エレオノーラ・マルティノヴィチ・ヤスクノヴァに目をつけられた忍。彼のもとに現れたエレオノーラは、果たして何を語るのか。

 忍が唖然として立ち尽くす前で、エレオノーラは勝手に部屋の中を物色し、何も言わず勝手にキッチンで茶を淹れ、ちゃぶだいの前に腰を下ろし、テレビをつけた。

「え――いやいやいや! お前誰だよ!」

 そこで我に返った忍が、ホームルームで配られた万国用翻訳機を耳に装着し、エレオノーラに食って掛かる。

「アタシか? アタシはエレオノーラ・マルティノヴィチ・ヤスクノヴァ。ロシア新帝国陸軍大佐、洋上学園『カンプォス』生徒総統だ。」

 その名に、忍の表情は一瞬で強張る。

「そう怖い顔すんなよ、お前も座れや。何、今回アタシは武装を全部解除している。武器を持たぬ能力のない人間なぞ、お前らからすればアリンコも同然だろう?」

 そう言って、自らの傍をトントンと叩く。忍は言われた通り、ちゃぶだいの前に腰掛けるエレオノーラの真正面に座った。

「――さて、アタシは回りくどい世間話とか苦手なんだ。単刀直入に言わせてもらうよ。」

 そう言って、エレオノーラは紅茶をすする。

「あんた、異形サヴェッジの姫さまの骨と肉を移植されたらしいじゃないか。アタシゃお国でそっち方面の研究をしててね。あんたの普段の生活とか、感覚とかが気になって仕方がないのさ。」

「……骨と肉を移植された結果どうなったかは知っているのか。」

「あぁ、暴走したんだろ? 表向きは・・・・。」

「!」

 エレオノーラは、部屋に入るまで被っていた帽子を指でくるくると回しながら、忍の吃驚をよそに、『表向き』と言った根拠を話し始めた。

「アタシゃ今までたくさんの人間に異形のウイルスを注入して、能力を持たぬ者を能力者にしようとしてきた。でも、被験者が拒否反応で命を落とすことはあっても、ウイルスによる自然暴走なんて一度も起こらなかったのさ。」

「お前……っ、まさか無実の人間にウイルスを!?」

「当たり前だ、科学の進歩に犠牲はつきもの。言っておくが、被験者は全員志願者・・・だからな。」

「……っ!」

 忍は明確な怒りを孕んだ視線でエレオノーラを睨むが、その後に語られた真実が、忍をまたも唖然とさせることになる。

「シノブ・イマガワ。異形にはな、『異核いかく』っつー、心臓みたいな部位があるんだ。大抵は脳みそに入ってる。そいつが未熟だったり、脳みそが過度な刺激を受けたりすると、異核が暴走して、異形は暴れまわるのさ。そこから行くと、お前は何者かに意図的に異核を刺激されたことによって、暴走してしまったと言う他ないのさ。姫さまと言われるような異形の異核が未発達ってこたありえないだろうしな。」

「な……!?」

 エレオノーラはちゃぶだいの上のせんべいをバリバリとかじりながら、さらに話を続ける。

「しかし……お前みたいに完全な人工能力者は見たことがないよ。大抵は拒否反応を起こして心臓麻痺で死んじまうんだが……。もしかして、骨肉移植だからなのか? だが、その技術はさすがの私でも人道に反しすぎていると思う。一体お前は、どこのどいつにそんな体にされたのさね?」

「『大橋能力工学研究室』……そう呼ばれている場所に、拉致されてな。」

「詳しく話を聞かせてもらうことはできないか? いや、あくまで私利目的だ。他の誰にも言わないと誓おう。」

 忍は、エレオノーラの真剣な目を見て、少し逡巡し、やがて、ぽつりぽつりと語り始めた。


 ――俺は、五歳のころに研究室の職員に拉致された。そこから五年と少し、ずっと真っ白い狭い部屋の中で過ごした。壁はガラス張りになっていて、隣にも、その向こうにも部屋があることがわかった。そのいずれにも、俺と同じくらいの年代の少年少女が囚われていた……。

 毎日、どこかの部屋の誰かが連れ出され、帰ってこなかった。みんな、なんとなく直感で「連れ出されたら死ぬ」ってことがわかってたんだろうな。誰も、自分から行きたいと志願する奴はいなかった。

 そうやって数年間、気が狂いそうな日々を過ごした。それで俺が十歳になった時、とうとう俺の番が来た。俺は変な部屋に連れていかれて、ガスで気を失い、そこから先は……覚えていない。かすかに聞こえた小さな女の子の悲鳴くらいしか覚えていない。

 気が付いた時、俺は手術台の上にいた。周りには焼死体だらけ。訳が分からず――俺は、まだ麻痺している身体をなんとか動かして、研究室から這い出た。そこから先は……また覚えてない。新聞の記事が正しければ、山道でタクシーの運転手に見つかって、警察に保護されて、両親のもとに帰ったんだと思う。


 忍が語り終えた時、忍の目の前に、飲みかけの紅茶が差し出された。

「悪かった。酷なことを強いたな。飲めや。」

 忍はやんわりとそれを断り、それで、何がしたかったのかと問う。

「いや、ただ単純にその分野を任されている人間として、お前のことが気になっただけなんだ。でも……。」

 そこまで言って、エレオノーラは不敵に微笑んだ。

「千五百人の人間を殺したその力、一度この身に受けてみたいぜ……!」

 忍は喉の下で渦巻く吐き気を抑えながら、また視線を鋭くする。

「なぁ、この学校にも、生徒間決闘のシステムはあるんだろう? どうだい、明日の夕方……アタシと決闘してみないか。」

「こと――!」

「シノブ。」

 忍が拒否の言葉を口にしようとした瞬間、忍の右前方から、声がした。そこに立っていたのは、泡だらけの状態の全裸の希だった。

「……あぁ、アンタが『華胥の剣姫』か。トンデモない恰好で現れたもんだ……。」

 忍と希のアイコンタクトによる会話をよそに、エレオノーラはやれやれと首を振る。そして数十秒ののち、ため息をついた忍がエレオノーラに向き直り、今度は先程とは真逆の応答をした。

「その決闘、乗った!」


 古代中華風の街並み。棒と布の屋根だけで設けられた粗末な露店。それがずらっと並ぶ商店街。しかし、賑やかであるはずのそこは、しんと静まり返って、誰もいない。いや、二人いる。忍と、シンシャだ。忍の精神世界で、二人は何かを話し合っていた。

「今度は何の用だ。」

 忍が、誰もいない青果店の西瓜を眺めるシンシャに尋ねる。

「……小童、小童は妾のことを憎んでおるか?」

「……それなんだが。」

 忍は、苦々しげな顔で、シンシャに伝える。

「最近、あまり憎めなくなってきた。」

「調子の良い愛憎よなぁ。」

「お前の力のおかげで、今の俺がいる。今の俺が、みんなを守れている。そう思うと、この力のもとになったお前のことを一概に憎めなくなって……。」

 シンシャはしばらく無言で、露店に並んでいた真っ赤な林檎をシャリシャリとかじっていたが、やがて芯だけになったそれを放り捨て、言った。

「……妾もじゃ。」

「え……?」

「確かに最初、妾は奴らの勝手のためにニンゲンに拉致され、下手な拷問よりも非道な実験を数多受け、結果として物言わぬ肉塊にされ、部分部分を小童の体内に埋め込まれた。その運命を呪い、小童に当たり散らしていた。しかし、小童とて被害者。好き好んで妾をその身に宿したわけではないというのを理解してからは、小童に申し訳なく思えてきたのじゃ。」

「シンシャ……お前、大丈夫か? 風邪でも引いたか?」

「引いとらんわ、阿呆!」

 べし、と鉄扇で頭を叩かれ、痛さのあまり忍はその場にしゃがみこんでしまった。シンシャは、商店街に隣接した民家の屋根に飛び乗り、語り続ける。

「ニンゲンが憎い。今でも憎い。異邦人であるという理由だけで、実験動物のように妾を扱ったニンゲンが憎い。――けれど、今宵の小童が語った過去を聞いて、少し考えが変わったのじゃ。妾だけが苦しい思いをしている訳ではなかった。小童とて、にじむ狂気を抑えて日々を過ごしていたのは同じ。なれば、妾が小童を憎む理由は無いのじゃ。」

 直立不動のまま、忍は半開きの口を動かす。

「――お前は、さっきのマレの意図、わかったか?」

「ん? あぁ、剣姫の言わんとしていたことか? わからぬよ。それがわかるのはお主だけじゃろう、小童。」

「……多分、マレもあのエレオノーラってロシア人のことが知りたいんだろうな。だから、俺とアイツをぶつけて、何かを得ようとしているんだ。」

「……小童。」

 シンシャがぱちんと指を鳴らすと、空が一瞬にして夜闇に包み込まれ、黄金に輝く月が天蓋に浮かび上がった。忍の前に降り立ったシンシャは、そのアメジストのような瞳で、忍の内面を見透かすかのように睨み据えた。

「――もう少し、己の身で考えろ。」

「……。」

「お主はいつもそうじゃ。わからなければすぐ他人に聞く。別に悪いことではないだろうな。じゃが、程度が違う。お主は全く己の身で考えない。そして、受動的に行動する。お主は……本当にそれで良いのか?」

 忍は眉根を寄せ、口を真一文字に結んでしまう。そのままどっかりとその場に腰を下ろすと、言い訳じみた話を始めた。

「俺は、俺のことがわからない。何のために生き、何のために苦しみ、何のために笑っているのか。贖罪のためだなんだと言っていても、結局これと言って贖罪なんかできない。マレを守るためだなんだと言っても、マレはひとりで充分強い。俺は……この世界に、本当に必要のある存在なのか……?」

「必要ないな。」

 きっぱりと言い切るシンシャの顔を見上げると、シンシャは珍しく、慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。シンシャはしゃがみこみ、忍を正面からそっと抱きしめた。

「今のままでは、お主は全く必要のない存在じゃ。お主はまだまだ人生長い。お主が真に必要ある存在だったかどうかなど、今際の際にでも考えるのだな。それまでは、足掻け。足掻いて、世界にとって必要な存在になるために貪欲になれ。

 ――そもそも、お主は『世界』にとって不必要であっても、妾たちにとっては必要不可欠な存在なんじゃ。妾はお主がいなければ、こうして凝り固まった怨嗟の念から抜け出すことはできなかった。周りを見ろ。お主がいるだけで、笑ってくれる仲間がおろう。だから、奴らのために、今は生きるのじゃ。」

「シン、シャ……。」

 いつしかぼろぼろと流れ落ちていた涙を拭うこともせず、忍はシンシャの肩に顔を埋めた。シンシャは、そんな忍の背を、優しくさすり続けていた。


「エリューシャ、何か収穫はあった?」

 『カンプォス』専用宿舎の一室に戻ってきたエレオノーラに、クラーラが尋ねる。

「あぁ、ありありだ。さすがは魔術慣れしていない日本人共だな! 初歩的な催眠術でぺらぺら吐きやがった! ハッハッハッハッハ!! 笑いが止まらないねェ!!」

「もう、少しは加減してあげなさいよ。」

「加減? アタシら『カンプォス』の学徒ストディエントは目的のために手段なんて選ぶようなタマか? 意地汚くても卑怯でも、勝利と栄光のためにいかなる手段でも使うんだよ!!」

 そう言って、エレオノーラは高らかに嗤い続けた。

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