欠けたピース
松永冬樹君って知ってる?
私の問いかけに、遥花ちゃんの笑顔が消えた。
そして少しの間沈黙が続く。
私の激しい鼓動だけが遥花ちゃんにも聞こえそうなくらいうるさかった。
「…ごめんなさい。わからない。」
ボソッと遥花ちゃんが口を開いた。
…え。
「松永冬樹君…わからない?」
「うん…。私の知ってる人?」
どういう事だろう。
全くの予想外な返事だった。
「知ってるもなにも…遥花ちゃんの…。」
「私の…?」
「ごめん、何でもない。…忘れて!」
私は病室を飛び出した。
無我夢中で走る。
冬樹君!!!
どこまで走ったのか、どこかの河川敷まで来てしまった。
「日向?」
名前を呼ばれてはっとする。この声は…
「冬樹君!!!!」
少し離れた所に下校途中の冬樹君の姿をみつけた。
私は冬樹君の所までまた走った。
「日向…どうしたの?」
汗だくの私をみて、冬樹君は驚いたようだった。
「冬樹君…ごめんなさい。」
冬樹君の顔をみて涙が溢れてきた。
私は最低だ。
「え、日向…。泣いてるの?」
冬樹君は泣いてる私を覗き込んだ。そしてゆっくり抱きしめる。
「どうして日向が謝るの?何かあった?」
「ごめんなさいっごめんなさい!!!」
苦しい。
謝り続ける私を冬樹君は困ったようにひたすら抱きしめてくれる。
それでも心が晴れることなんてなくて、ただ苦しかった。
「日向…どうしたの?」
私が落ち着いたのは日が落ちてからだった。
街灯の微かな明かりの下で私の肩を抱いた冬樹君が優しい声で私の泣いた理由を聞いた。
全てを話さなければいけない。
何故かそう思った。
「私ね、遥花ちゃんを見つけたの。」
「え?」
私を抱く手に力がこもるのを感じた。
「それも…あの約束をしたすぐあとに…。」
「どうしてすぐ教えてくれなかったの?」
「それは…遥花ちゃんの存在を教えたら、冬樹君が私のもとから離れてしまうと思ったから。」
「…そっか。」
冬樹君はそれしか言わない。私に気を使ってくれているんだ。
「遥花ちゃんはね、今入院してるの。ひまり総合病院に。病気なんだよ…それも、治療法がまだない難しい病気。」
「それって、もう助からないってこと?」
冬樹君の声が大きくなった。
きっと今すぐにでも会いに行きたいんだろう。
そりゃあそうだよね。
冬樹君にとって遥花ちゃんは…誰よりも大切な人なんだから。
「この間会った誠人がね、ずっと遥花ちゃんの面倒をみくれてるの。」
「あいつが……そっか。」
どこか悔しそうだ。
「このことをずっと秘密にしてた。でも…それは遥花ちゃんも、冬樹君のことも裏切ることになる。だから、本当のことを打ち明けようと思った。…でもね、遥花ちゃんは冬樹君のことを覚えてはなかったの。」
夜の冷たい空気は私達の心をズタズタに切り裂いた。
薄暗くてよく見えなかったけど、冬樹君が泣いていることは分かった。
そうだ。
私なんかよりも冬樹君のが何倍だって辛いんだ。
「ねぇ、冬樹君。私といて、私と付き合って、幸せだった?」
「…幸せ、だったよ。」
そっか…。
「なら、私は大丈夫だ!だから冬樹君、遥花ちゃんの所へ行って!!」
私は必死だった。
涙も出た。
でももう逃げちゃだめだ。
遥花ちゃんにも、冬樹君にも、
お互いが必要なんだよ。
「でも俺、日向が…。」
「好きなんでしょう!?遥花ちゃんが!!冬樹君は遥花ちゃんが好きだよ!!遥花ちゃんだって…冬樹君のこと大好きなはずなんだよ!覚えてなくても!」
私は冬樹君の背中を力いっぱい押した。
この背中は、私のための背中じゃない。
「誠人が言ってた、遥花ちゃんはひまわり畑をみると笑顔になるんだって!夢にだって!ひまわり畑と小さな男の子が出てきたって!それは、あなたのことなんだよ!!!」
背中が私の手から離れた。
冬樹君が私を抱きしめる。
「ごめん、日向…。ありがとう。」
耳をくすぐる。
私の大好きな声。
やっと手に入れた大切な、大好きな人。
さよなら。冬樹君。