08 「お言葉に甘えて反論させていただきます」
学院の創立記念パーティー。
私は自分の髪色に合わせて深紅のドレスを身にまとった。
化粧はすこし濃い目に、隙なく。足元も身長がさらに際立つようハイヒールをえらんだ。
幼なじみにいくらきらわれてもかまわない。
かわいげのない性格。守りがいのない外見。
これが、私だ。
「迫力あるわねぇ……」
ドレスアップを終えて自室からでるとちょうどクラリッサも自分の部屋からでてくるところだった。彼女は豊かな胸が目立たないデザインのドレスを着ている。
彼女にはフォニスのことで責任を感じてもらいたくなかった。なので、今日のパーティーで彼がなにかしてくるかもという話は一切していない。
「ダンテがいなかったら私がエスコートされたいくらいよ」とクラリッサはお世辞でもなさそうに笑った。
「クラリッサならいいわよ――と言いたいけど、おあいにくさま。今日は特別にエスコートする子がいるの」
「へえ、だれ?」
「そのうちわかるわ。パーティーがはじまればね」
今日のパーティーは生徒の家族も出席可能ということでいつもにもまして規模が大きい。
大講堂は着飾った人々で埋まり、大講堂周辺にも料理が乗ったテーブルがでていて、あちらこちらで生徒を伴った保護者たちが話に花を咲かせている。
親たちがいるだけあって今日はみんなよそ行きの顔をしている。
貴族や富豪の子供だけあって普段から礼儀正しい――はず――そう信じたい――たぶん――だけれど、それに輪をかけて慇懃になっていた。だれもがかしこまっていて、気合を入れてきた私ですらこの空気に飲まれそうだ。
……しっかりしなさい。
まだ私の両親は到着していないようだ。
そのうちくるだろうと思い、如才なく知人の貴族たちと挨拶を交わしてゆく。
なかにはフォニスが『親が決めた結婚なんて愚かだと思わないか』と言いだしたパーティー会場にもいた知り合いもいて、あのとき彼としっかり話しあっていれば、とちくりと胸が痛んだ。
でも、もう、仕方ない。
私はフォニスが好きだったけれど。冷めてしまった気持ちはもどらないのだから。
「――ロゼ、いまいいか」
やがて大講堂のなかでフォニスに声をかけられる。
彼の隣にはユーリーンがいた。そして、後ろには彼の両親。壮年のふたりはなにをどこまで聞かされているのかこわばった顔で私を見てきて、ユーリーンは不安そうにおどおどしていた。
――すべて自分で仕掛けたくせに、どうしてそんな顔ができるのかしら……。
イラっとしそうになったのを抑える。感情をあらわにしたら負けだ。
私は小さく深呼吸し、「かまいませんわ」とフォニスに答えた。
フォニスは言う。よく通る声で。
「ロゼリア・ルリジューズ。貴様はここにいるユーリーン・メルティラインの口紅を窃盗した。間違いないな」
何の話かと周囲にいた人々の視線が集まる。いいえ、と私は首を振った。
「私は盗んでなどおりません。間違いです」
「だが、実際に彼女の口紅は貴様の制服のポケットからでてきたという。この説明はどうつける?」
「…………」
「つけられないのだろう?」
私は視線をフォニスからユーリーンに移す。ぴくっと彼女は怯えたそぶりを見せた。
「な、なにか……?」
「……先に聞いておくわ。自分からすべてを明かすつもりはないのね?」
「なんのことですか……?」
「そう。わかったわ。――なら、私も徹底的にやらせてもらうから」
ユーリーンは不安そうな顔を崩さない。
「なにをごちゃごちゃ言っている」とフォニスが声を荒らげた。
「貴様は窃盗の罪を認めぬどころかユーリーンをうそつき呼ばわりしたな。学友の物を盗み、その罪を転嫁しようとする女などカルセドア家に迎えいれるわけにはいかない。
ロゼリア。貴様との婚約は今日付けで破棄させてもらう」
私はまぶたを閉じた。
その薄闇のなかで。彼への愛情がかけらも微塵も小指の甘皮ほども残っていないことを、たしかめる。
「――ええ。望むところですわ」
周りの人々が息を呑んだ。いつの間にか息をつめて話のなりゆきを見守っていたギャラリーだけではなく、フォニスの後ろにいた彼の両親も。
「フォニス。いまの話はほんとうなのか?」
「事実です、父上。ユーリーンが言ったのですから間違いありません」
「あ、あなたとロゼはとても仲よしだったじゃない。どうして?」
「この女は本性を隠していただけです、母上。危ないところだった。こんなうそつき女の血がカルセドア家に混ざっていたかもしれないと思うとぞっとする」
ひどい言われようだ。
でももう腹も立たない。せいぜいこいつを一発殴ってやれたらどんなに素敵かしらと思う程度。
フォニスは私にたいして一歩前にでる。そして大講堂中に響く声で怒鳴った。
「さあ、ロゼリア。なにか反論があるならしてみせろ!」
「わかりました」
私は優雅にうなずいてみせる。「お言葉に甘えて――反論させていただきます」
大講堂の正面入り口を私は振りかえる。
ブラッドにかばわれるようにしてやってきたのは、あの日私にぶつかってきた眼鏡の少女だった。
ドレスは着ていない。ここにくるまえに話をしたときと同じ制服姿だ。
ユーリーンの表情がかすかにこわばる。なにも知らないフォニスは怪訝そうに少女を見ていた。
少女が隣にくるまで待って、私は尋ねる。
「名前とクラスは?」
「ハナ・プレイシャス。1-F……です」
「ユーリーンと同じクラスね?」
「……、はい」
ブラッドが見つけてくれた少女。
ハナは猛獣をまえにしたかのように震えていた。顔からは血の気が失せている。
「あなたとユーリーンはどんな関係?」
「…………」
「すこしずつでいいわ。正直に話してちょうだい」
「……ユ、」
ごくり、と唾を飲みこんだあとで彼女は話しはじめる。
「ユーリーンさんの会社とうちのおとうさんの会社はライバルなんです……。だから、ユーリーンさんは入学するまえから私のことを敵視してました。私の会社のほうがすごいんだから調子に乗らないでよって。
それで、学院に入ってすぐ……ある新聞記事の切り抜きを私に見せてきたんです。ただのゴシップ記事だけど……なにも知らないひとは面白がって信じてしまう。そんな切り抜きを。
ユーリーンさんは言いました。
『これ、学院の玄関ホールの壁にでも貼っちゃおうかな。老舗化粧品会社の不祥事なんてみんなよだれ垂らして飛びつくでしょうね。
どうする? あんたの誠意次第よ』
なにをすればいいのって私は聞きました。ユーリーンさんは私に宿題をさせたり、部屋の掃除をさせたり……。最初はそんな雑用だったけど、ある日、不思議なことを私に命じました。鳥の捕獲です」
ぴくりとユーリーンの眉が動く。
ハナは床を見つめたまま、いまにも消えそうな細い声で話をつづけた。
「ユーリーンさんの命令で私は、鳥がえさをつついたらカゴを支えていた棒が倒れてカゴが鳥の上に落ちる、そんな簡単な仕掛けを作りました。そして、うまく小鳥が引っかかったのですぐにユーリーンさんを呼んで。
てっきり小鳥を飼いたくなったんだろうって――そうとしか思っていなかった私は、カゴの下にいる小鳥を見て彼女が言ったことを聞いて耳を疑いました。
『じゃ、その鳥の羽でも適当にむしって』
どうして? って聞いたら『いいからやりなさいよ』とユーリーンさんは言いました。そんなことできないって私が断ると、新聞記事のことで何度か脅してきましたが、らちが明かないと思ったのでしょう、自分で小鳥の体をつかんで……」
そのときのことを思いだしたのかハナが身震いする。
「――小鳥は反撃しましたが、自分よりずっと体の大きな人間にかなうはずありません。小鳥は羽をむしられて。そのけがを……ユーリーンさんは自分で治療したんです」
ユーリーンが小鳥を保護して治療したという話。
それはすべて自作自演だった。
「え……?」「うそ、ユーリーンがそんなことする……?」と生徒たちがささやきあっている声が聞こえる。ユーリーンは――
「え……? 意味わからないんですけど……」
不思議そうに首をかしげてみせたのだった。




