03 「婚約者はあなたなのに」
学院は人脈づくりの場でもある。そのためなにかと理由をつけてパーティーが開催される。
本日はオータムローズガーデンパーティーだった。敷地内の庭園で秋薔薇を愛でながら紅茶片手に歓談するのだ。
このときばかりは身分の差なく接してほしい――と先生たちは言うけれど、生まれついてのものがそう簡単になくせるはずがない。自然と生徒たちはいつものクラス通りに別れる。つまり上位貴族と下位貴族とそれ以外……
……なのだけれど。唯一、例外があった。
うちの婚約者とユーリーンだ。
「フォニスさまったら……」
伯爵令息と大手化粧品会社の娘――情報は調べなくても勝手に入ってきた――は庭園のなかにあつらえられたパーティーテーブルの傍らでにこやかに話している。その姿はとても初々しく、恋愛小説の登場人物のようだ。
同じ学友同士、身分の垣根などなくそうと率先して動いているのなら私だって歓迎なのだけれど。
フォニスの目的はひとつ。ユーリーンと仲よくなることだけだ。
彼女の服はあきらかに借りもののドレス。色もサイズも彼女にあっていないし、コサージュは一目でわかる安物だ。
それでもフォニスには関係ないのだろう。彼女を見つめる視線は熱っぽく、夢でも見ているかのようだ。
「ロゼ」と同じクラスの令嬢、クラリッサが気遣わしそうに声をかけてくる。
「そろそろなにか言ったほうがいいんじゃない? あのふたり、パーティーがはじまってからずっと話してるわよ」
「……そうね……」
「そもそも庭園にだってふたりできたわよね。ありえないわ。カルセドアさまの婚約者はあなたなのに」
そう。今日、フォニスにエスコートされて会場にきたのは私ではなくユーリーンだった。
昨日の昼、フォニスと一緒にいくつもりだった私は彼にどこで待ちあわせるか尋ねて――『いや、おまえとは行かない。ユーリーンがいるからな』と断られたのだった。
『ユーリーンさんと? なぜですか?』
『彼女は見ていてあぶなっかしい。私がそばについててやらなければ』
『そんな……』
『ロゼはしっかりしているからひとりで大丈夫だろう?』
『…………』
『それに彼女といると楽なんだ。おまえのように身だしなみがどうのテーブルマナーがどうのいちいち注意してこないからな。ユーリーンは私のことをあるがまま愛してくれているんだ!』
『……そうですか。それはよかったですわね』
ふう、と私は回想を打ちきって紅茶を一口すする。せっかくの上等な紅茶が苦くて仕方なかった。秋薔薇だってろくに楽しめない。
たしかにいい加減なにか言ったほうがいいのだろう。私はテーブルにカップを置いて、気が進まないながらもフォニスとユーリーンのもとへ向かった。
フォニスさま、と目じりを下げてでれでれしている婚約者に声をかける。
「そろそろユーリーンさんを解放してさしあげたほうがよろしいのでは? あなたひとりが独占していてはいけませんよ」
「なんだ、ロゼ。おまえもいたのか」
「まあ、ロゼリアさま!」
ユーリーンのまえだからかフォニスの言葉がいつもより刺々しい。
彼とは対照的に、ユーリーンは私に向きなおると「ロゼリアさまともお話したかったんです。嬉しいわ」ととろけるような天使の笑みを見せた。
――私が男だったらあぶなかったわね……
そう思わざるを得ない。つい全力で守ってあげたくなってしまう。
「よろしければ三人でお話ししましょう?」
「いえ、私は……」
「そうだロゼ、おまえはすっこんでいろ。私はいまユーリーンと話しているんだ」
「ですから、あなたがユーリーンさんを独り占めしていたら彼女も困るでしょう?」
「いいえ! 私はぜんぜん困りませんわ。フォニスさまさえよろしければ」
「ユーリーン……。私はもちろん大歓迎だ。このままふたりで語らっていよう」
「フォニスさま……」
「ユーリーン……」
「…………」
私はクラリッサのもとに引きかえす。
「ダメだったわ」
「もうちょっと粘りなさいよ!」
だって……なんだか私、恋愛小説でいう『当て馬令嬢』感があったのだもの……。
「もういいわ、クラリッサさえ私のそばにいてくれれば――」
「あ、ダンテが来たわ。ロゼ、じゃねー」
「ちょっとぉ……!」
遅れてきた自分の婚約者を見つけるとクラリッサはうきうきとそっちへ行ってしまう。
私はひとりになってしまった。
友情とは。恋愛とは。
隅にあるベンチに腰かけて思いふけっていると、「ロゼ?」とだれかに声をかけられた。その声に驚いて私ははっと顔をあげる。
「ああ、やっぱりロゼだ。どうしたんだ、こんなところでひとりで」
「ブラッドおにいさま……!」
傍らに立っていたのはブラッドおにいさま――ブラッド・カルセドアだった。
金髪と青い瞳は従弟のフォニスと同じ。けれど彼より全体的にがっしりしていて落ちつきがある。身長だってヒールを履いた私よりも高い。
彼は私たちより二年はやくジェラルード学院に入っていた。けれど去年から一年の留学にでていて、本来なら私たちの入学と同時に帰ってくるはずが、船が某国の紛争の影響を受けてなかなか出航できず帰国が延びていた。
「おかえりになられたのですね」と私は立ちあがる。
「ああ、今日やっとな。これは何の祭りだ?」
「おいしい紅茶とお菓子のお祭りです」
「そいつはいい。やっぱり紅茶は自国で飲むのが一番だ」
腹ごしらえにいこうとブラッドは私を近くのテーブルに誘う。
彼が隣にいるだけでもううんざりしていた紅茶もスコーンも輝いて見えるから不思議だ。
ブラッドが帰ってきたことはすぐに庭園中に広まった。学院の友人たちが次々とやってきては笑顔で声をかける。
彼は全員ににこやかに対応しながら私が疎外感を覚えないようさりげなく会話に混ぜてくれた。
ブラッドは昔からこうだけれど、留学を経てさらに頼もしくなったみたいだ。だれかさんのせいで冷えていた胸があたたかくなる。
「ブラッドにいさん!」とそのうちフォニスもやってくる。ユーリーンはさすがに置いてきたらしくひとりだ。
ブラッドは「あ、おまえ」とフォニスの肩を小突いた。
「なにやってるんだ、ロゼをひとりきりにして。さびしがってたぞ」
「そ、そんなことありません!」
「い……いえ。これは……真実の愛が……」
「なんだって?」
「いえ、なんでもありません! それよりお元気そうで安心しました。あちらでのお話を聞かせてください。海賊は倒したのですか?」
「ちょっとフォニスさま……」
「さすがにそれはないな。学院に侵入してきた盗賊をみんなで捕まえたりはしたが」
「「ぜひ詳しいお話を!」」
私たちは口をそろえてブラッドに話をせがむ。
ひとりきりになったユーリーンがどんな表情をしているか――たしかめる余裕は、なかった。




