表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
童話「かあさんあのね」が、生まれた背景  作者: 琴乃夕月
第2章 現実に見えていたものと、そこで感じたもの・・
29/34

もう一つの理由・・ダブルスタンダード

湾岸戦争の始まる直前から戦争中も、フセインが演説の中や抗議の中で何度も繰り返し言っていた「double standard」という言葉が、引っ掛かっていた・・・

二重基準が意味するものは何だったんだろう?

「イスラエルがパレスチナの占領地から出ていけば、イラクもクウェートから出ていく」って???


中東における湾岸戦争以前の歴史という知識がまるでなかった私にとって、イスラエルもパレスチナも未知の世界でしかなかった。そもそも、それらがイラクとどう関係しているのかがさっぱりわからない。

中東問題というものの根っこにある、パレスチナのことだって、PLOとかアラファト議長の名前はたびたび見ていたものの、それがいったいどういうものなのかも深く考えたことはなかった。

イスラエルとアラブ諸国の対立の構図といわれても、当時は、そんなところに出かけておきながら、恥ずかしいことだけれど、何のことかさっぱりわからなかった・・


わからなければ、イスラエルに入って、何が起きているのか自分の目で確かめるしかない・・・

たびたび繰り返されたフセイン大統領の言葉とは、「アメリカはイラクがクウェートを占領したことを非難し、経済制裁を加え、さらに、武力制裁も辞さないという。(同じアメリカが)イスラエルがパレスチナを占領していることに対しては何も言わない。(それどころか、武器供与をしたり、資金援助をしているじゃないか)これはダブルスタンダードでおかしいんじゃないか?」というようなことだったと思う。


当時の私は、そもそも占領下の生活というのが、どういったものなのかもわからなかった。

確かに日本は敗戦国だけれど、アメリカに占領されたという意識は、私の世代ではもうなかった・・

映画などで、終戦後のGHQやマッカーサーやそういったものの存在は知っていても、自分の住む地域は基地とも縁がなく、そういった米軍の姿は見たことがなかったし、すでに日本が新しい憲法のもとに、学校教育も大きな転換を図り、自由だの平等だのという考え方の中で育った。


ただ、私たちは、生きることが大変なくらい抑圧されていたわけでもなく、そこからもがくように勝ち取った自由というわけではなかったためなのか、自由主義というものがなんだか時を経るほどにずいぶん変容してしまっているように感じる。

敗戦国日本は、アメリカから自由という考え方を押し付けられた・・のかもしれない。

周りの人々に迷惑をかけずに生きることが美徳とされていた時代、人はもっと周りの人たちに対して寛容で、自分に対して厳しく律することで、日本という国を支えていた。

私はイラクの人たちと触れ合うことで、その忘れかけていた何かを思い出すきっかけをもらったような気がしている。

自由という言葉はとても難しい・・フリーダムなのかリバティなのかによってずいぶん趣が違う言葉だと思う・・日本での自由はむしろフリー・・誰にも規制されることなくふるまうこと・・と化してしまっていないだろうか?

フランスのそれは、フランス革命を戦うことで勝ち取った生きるための権利であり、人が侵すことのできないもの・・つまり、自分の自由に・・好き勝手にやっていいとかでなくて、ほかの人を締め付けたりするようなことをしない(表現の自由であるとか、他者の権利を侵さない)という意味で使われるような気がしている。

アメリカはどうなんだろう?

本来その国に住んでいた先住民であるインディアンを排斥し、むしろ侵略のような形でそこに居座り続け建国した歴史を持つ彼らは「Power is justice(力は正義なり)」というセリフをよく口にする・・彼らの言うところの正義っていったい何なんだ?


当時、パレスチナ問題が膠着状態に入っていて、世界中からパレスチナ人たちが見捨てられたようになっていた・・それを、同じアラブ民族であるフセイン大統領が、自分が世界の流れを変えて見せる・・と思ったのではないんだろうか?


(そして、これはのちに「イスラム教ってどんな宗教なのか」を勉強することで、何となく考えるようになったことだけれど、イスラム教では、仏教の喜捨に当たる精神が尊ばれていて、富める者は貧しい人に与えることを説いている。イスラム教を深く信じるフセイン大統領は、王制を敷き富を独り占めして国民に分配しようとしないクウェートの特権階級の人間に対して、人として間違っていると感じていたからこそ、攻め入ったのではないかと思えてくる。)


この湾岸戦争を境に、急にパレスチナとイスラエルの間に和平への流れができたのは、彼がずっと訴え続けてきた「double standard」という言葉に、世界が反応したことの証ではなかったんだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ