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童話「かあさんあのね」が、生まれた背景  作者: 琴乃夕月
第2章 現実に見えていたものと、そこで感じたもの・・
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アムリエシェルターはピンポイント攻撃された・・

この建物は、報道ではアメリアと呼ばれたりアミリアと表記されたりしていた地区にあるシェルターで、バグダッドの中心から、西に15Kmほど行ったところにある。

ここが爆撃されたのは、1991年2月14日の未明(4時30分頃)だった。

湾岸戦争で空爆開始が1月17日だったから、まだ1ヶ月足らずの時点での出来事で、日本でも多くの人たちがこの戦争の成り行きを、毎日のように報道されるテレビのニュースや新聞によって、固唾をのんで見守っていた時期である。


当時報道されてきたニュースの内容には、後からどんどん発覚していくミスリードが多く含まれていた。

そもそも戦争の始まりからしても、戦争に踏み切ることになったクウェートの15歳の少女の証言・・占領しているイラク兵たちが次々と赤ん坊を保育器から投げ出していると泣きながら話した・・(1990年10月)が、その少女はアメリカで生まれ、ずっとアメリカで暮らしていて一度もクウェートに行ったこともなく、そんな状況を目にするはずもなかったクウェートの駐米大使の娘だった・・・。


すべての報道は、イラク大統領であるサダム・フセインを極悪人として印象付けることによって、この戦争の正当性を主張するためのプロパガンダが、あらゆる方向から行われていた。

当時は、今のようなネット社会ではなくて、情報操作を行うことはより容易かったといえる。

二つの報道が食い違った時、多くの人たちがイラク側の報道官の話したことよりも連合軍が話したことを信じようとした。

私自身も、実際にイラクに行って様々なものを目にするまでは、フセイン大統領という人を残虐な独裁者としか思っていなかったのだから・・


このシェルターに対しての報道も、最初は「軍事施設」を狙ったと報道され、そこで民間人が亡くなってしまったのは、そこにフセインが女・子供を盾として使ったからだとかいう、訳のわからない弁解までまことしやかに書かれている新聞記事を読んだ記憶がある。その後「誤爆だった」とアメリカが認めたいう記事が出たのはそれから何日もしてからのことだったと思う。だが、実際にそこで眺めると、これは明らかに狙い撃ちであって誤爆ではないことがわかる。

何しろ、すぐそばが住宅街なのだ・・隣に学校もあって・・軍事施設がこんな場所にあると思うほうがおかしい。


私たちがこのシェルターに訪れたとき、開かれた扉は、厚さが8センチもある重い鉄の扉だった。

薄暗い中を進むと、外からの陽が差し込むことによってまるでスポットライトを浴びた舞台のように、はっきりと浮かび上がる場所があった。

そこから眺める天井には、ねじれた鉄骨を青空に向かって突き立てる大きな空洞があった・・


その建物は、立て続けに2発のミサイルによる爆撃を受けていた・・1発目はピンポイントで、この建物の厚さが2mもある天井の設計上一番弱い部分を狙って穴をあけ、2発目には高熱を出して燃えるタイプの爆弾がこの穴から落とされた・・

(そして、1984年、フィンランドの建設会社によって造られた広さ5000平方メートルもあるこのシェルターの設計図は、その爆撃のあった時、アメリカの手にあったのだということも、後にわかってきた)


このシェルターの地下には、そこに避難してきた人々が水を得ることができるように貯水槽が作られていた。その貯水槽が、最初の爆撃で穴が開いてそのタンクの水が一気にあふれた・・そこに続けて落とされた爆弾は、一瞬にしてその水を沸騰させた・・もちろん地上部は炎の中にあった・・


私たちが祈りを捧げていた1階に当たる場所には、壁の中に塗り込められたように残像をとどめる女の人の姿・・そして天井に向かっていくつもの手・・・

地下の部分はまだその時には手が付けられていなかったが、その地下部分の壁には、その時に張り付いた髪の毛や皮膚が今も剝がれることなく残っている・・


当時このシェルターに避難していた人は、新興住宅街のお年寄りや女性、子ども、そして逃げることが容易でない病人で総勢1200人ほど・・みんなそこに隠れて、戦争という嵐が過ぎ去るのをじっと待っていたはずだった・・

報道では400人くらいの人が亡くなったとされていたが、その時たまたますぐ近くの家に用があって戻っていたという14人以外は帰らぬ人となったのだから、少なくとも1100人を超す人が犠牲になったのだ・・


この時、私たちをガイドしてくれた女性はその生き残った人の一人だった。

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