終
河伯の力に畏れを為したトガム軍がソルソン山の西方まで軍を引いた。
ヘランの書状を受け取ったホウォル国とサファ国の両国王は、トガム国との国境近くに軍を配置し、トガム国を牽制している。
当分の間、トガム国は大人しくなることだろう。
ヨンジュが初めて降らせた雨は、まるで天から下げられた長い糸のように降り続いている。
だが、それも、もうじき切れてしまいそうなくらいに細い糸だ。
瓦礫の中、比較的原型を留めながら横倒しに転がっている柱の上に腰を降ろし、ヨンジュは傍らに立つヘランを見上げた。
先程から彼は兵士たちに次々と軍令を飛ばしていた。
ふと、ヨンジュの視線に気が付いて、ヘランが振り返った。
濡れた額を拭いながら、さも可笑しそうに笑う。
「お前が壊した城を建て直さないといけないな」
ヨンジュが、すまなそうに体を小さくすると、彼はますます笑ってヨンジュの頭をくしゃりと撫でた。
その暖かな手に、くすぐったそうに身を捩りながら、ヨンジュは言う。
ヘランに尋ねたいと思うことはたくさんあった。
けれど、まずは自分の気持ちから彼に伝えたい。
「――私、思ったのです。ユジンに囚われている時に」
「なんだ?」
昊から落ちる最後の雫がヘランの肩で小さく跳ねた。
雨雲が掃け、青昊が現れる。
「この城に戻ってきても、戻ってきたっていう気持ちが少しもしなかったのです。可笑しいでしょう? 私はここ――城で育って、外に出たことなんて幾度もないのに」
「それで?」
ひとりの兵士が駆け寄ってきて、新たな指示をヘランに仰ぐ。
雨が止んだので、瓦礫を除去する作業が始まった。
「それで……。私はいったいどこに帰りたいのだろうって、考えたのです」
言って、ヨンジュは柱から腰を上げると、ヘランのすぐ隣に立った。
彼の腕を小さく引く。
驚いた瞳が、やがて優しく細められた時、ヨンジュは再び口を開いた。
「私、貴方のことが好きです」
「奇遇だな。俺もお前が好きだ」
即答だった。
壁に向かって鞠を投げたように、言葉が跳ね返ってくる。
ヨンジュは華のような笑顔を綻ばせた。
差し出された力強い手に手を重ねると、陽の欠片が彼女の濡れた髪の上を、キラキラと輝きながら滑っていく。
二人で昊を仰げば、七色の天の橋がクムサの大地を渡っていくのが見えた。
やがて完成した新たなクムサの王宮には、二つの玉座が寄り添うように並べられた。