【第7話】解禁と、奪われた唇
首筋に落とされた熱い唇に、体に電流が走ったように跳ねる。
「あっ……ん……っ」
首筋から顎、そして耳たぶへと、焦らすように落ちてくる熱。
頭の上に拘束された手首を握る彼の力は強固で、逃げるどころか指一本動かすことすら許されない。
「アル……フレッド……」
私の掠れた声に、彼はぴたりと動きを止めた。
ゆっくりと顔を上げ、上から私を見下ろす。
眼鏡を外した彼の素顔は、いつも以上に整った目鼻立ちが露わになり、そこに隠しきれない色気が溢れ出ていた。
黒縁メガネという理性のフィルターがない素顔の彼は、あまりにも男で、直視するのが恐ろしいほどだ。
「……怖くなったか?」
地を這うような低い声。
彼は拘束していた私の両手首をゆっくりと解放すると、そのまま私の頬を大きな手で包み込んだ。
「散々煽っておいて、今更『やめろ』なんて言わせねぇぞ、エレノア」
執事の敬語も、お嬢様という呼び名すら捨て去った言葉。
その圧倒的な男の圧力に、息をするのも忘れてしまう。
「……やめろなんて……言わない……っ」
私が必死の思いでそう紡ぐと、彼の瞳が甘く歪んだ。
「……いい返事だ」
低く囁かれた直後、視界が彼の影で覆われる。
塞がれた唇から、熱い息が流れ込んできた。
「んっ…………!?」
甘く、激しく、私のすべてを貪るようなキス。
呼吸の隙間さえ与えられないほど深まるそれに、私の頭の中は真っ白になり、彼の手のひらに縋りつくことしかできない。
今までずっと耐えてきた彼の抑圧された感情が、怒涛のように押し寄せてくる。
どれほどの間、そうされていたのだろう。
ゆっくりと唇が離されると、銀の糸が小さく光って途切れた。
「は……っ、あ……っ」
肩で息をする私の額に、彼は自分の額をこつんと押し当てた。
呼吸を整えながら、熱を孕んだ瞳でじっと私を見つめる。
そして、私の耳元へと唇を寄せ——とどめを刺すように、低く笑った。
「明日、公爵閣下に引導を渡してくる。……お前は俺の妻になるんだ……覚悟しとけ」
「っ……あ……!」
その言葉に、胸が破裂しそうなほど跳ね上がる。
耳元から顔を離した彼は、サイドテーブルから黒縁メガネを取り上げると、ゆっくりと顔に装着した。
すっと指先でフレームの位置を整える。
たったそれだけの動作で、彼はいつもの「完璧で隙のない執事」へと瞬時に戻っていった。
「……失礼いたしました、エレノア様。夜も更けてまいりましたので、どうぞお休みくださいませ」
恭しく深々と一礼するアルフレッド。
けれど、黒縁メガネの奥の瞳は、二度と隠しきれない濃厚な独占欲と愛しさを宿したまま、私を射抜いていた。
ドアが静かに閉まり、一人残された私は、真っ赤になった顔を枕に押し当てる。
(……ズルい……ズルすぎる……!)
お堅い執事を攻略して勝利したはずなのに、完全に彼の手のひらの上で転がされていたような気がする。
でも——
明日、彼が本当の「貴族」としての身分と私への愛を明かし、父に挑む。
半年どころか、たった一ヶ月で終わった私たちの駆け引き。
甘くて痺れるような夜の余韻に包まれながら、私は最高に幸せな気持ちで瞳を閉じたのだった。




