【亡霊都市の桃缶と死神】
ミカ・フォルクス少尉(25歳、女性)
装備・ポーンA1(アサシン仕様)
リバティー・アライアンス所属
白堊理研本部→白堊理研第8基地リトルベース極致化学開発研究部署勤務。
青いミドルボブの愛らしい顔立ち、その青目は常にジト目で気怠げだが、佇まいには隙がない。
速度に依存した暗殺術の使い手で、白堊理研人体強化計画【Blue Velvet計画】の成功例の1人。
美容オタクの潔癖症。フレンダとバディを組むことになる。語尾に、〜っす。が付く。
亡霊都市の桃缶と死神
白堊理研第8基地リトルベース、第2整備ハンガー。
復旧作業が急ピッチで進む喧騒の中、フレンダ・ディーコン少尉は腕を組み、目の前の「新しい相棒」を睨みつけていた。
塗装作業を終えたばかりのロード・インパルス。
かつての愛機「ロータス」のような派手な赤ではなく、夜の闇に溶け込むようなダークグレーと、警戒色としての鮮烈なオレンジのラインが施されている。
フレンダにとって、それは懐かしい実家のような機体であり、同時に物足りなさを感じる軽自動車でもあった。
「うーん……。やっぱり、細いなぁ」
フレンダが装甲をコツコツと叩く。
厚い複合装甲に守られていたロータスと違い、インパルスの装甲は必要最低限だ。
中身が透けて見えそうなほどの軽量化。
『贅沢を言わないでください、フレンダ。今の貴女の反応速度についてこられるのは、基地内ではこの機体しかありませんでした。それに、機動力ならロータスを遥かに凌駕します』
コクピットのコンソールから相棒のKARMA、メイが冷静なツッコミを入れる。
その時だった。
「あー……、ここっすか?やかましい獣の檻ってのは」
気の抜けた、しかしどこか冷ややかな声が背後から聞こえた。
フレンダが振り返ると、そこには場違いなほど小奇麗な少女が立っていた。
年齢はフレンダより少し下くらいだろうか。
艶のある青い髪をセミロングにし、カチューシャで留めている。
童顔で、大きな青い瞳は眠たげに半眼を開いている。
そして何より奇妙なのはその服装だ。
泥と油にまみれたハンガーの中で、彼女だけがパリッとした黒いスーツを着ていた。ただし、ネクタイはしていない。
「……誰?」
フレンダが警戒心を露わにする。
野生の勘が告げていた。
この女、匂いがしない。
ガルド班長のような油の匂いも、少佐のような書類の束の匂いもしない。
まるで無機物のような、冷たい気配。
少女は面倒くさそうに頭をかき、胸ポケットからIDカードを取り出してヒラヒラと振った。
「本部から派遣されてきた、ミカ・フォルクス少尉っす。今日から貴官の……えーっと、なんだっけ。そうそう、『お目付役』を仰せつかったっす」
「お目付役?」
「そ。貴官、前の作戦で無茶しすぎたんでしょ?貴重な戦力をこれ以上壊さないように、私が手綱を握れってさ。……はぁ。マジだるいっす。こんな田舎の基地まで来て子守りとか、何の罰ゲームっすか」
ミカと名乗った少女は、大きなあくびを噛み殺した。
その態度は不遜そのものだが、不思議と隙がない。
立ち方、重心の位置。
だらけているように見えて、いつでも動ける体勢だ。
「よろしくっす、フレンダ・ディーコン少尉。ま、適当に仲良くやるっすよ。仕事の邪魔さえしなけりゃね」
ミカの瞳が、一瞬だけ爬虫類のように細まった気がした。
フレンダの背筋に、ゾクリとした悪寒が走る。
「……ふーん。まあいいや。あなたが役に立つなら歓迎するよ」
フレンダはニヤリと笑い、ミカの顔を覗き込んだ。
「ちょうどよかった、これから任務に行くところなんだ。手伝ってくれるよね、 相棒?」
「……嫌な予感がするっす」
中立地帯、セクターG-9。
かつて工業都市として栄えたその場所は、今や「亡霊都市」と呼ばれていた。
結晶炉の汚染により住民は去り、崩れかけた高層ビル群が墓標のように立ち並んでいる。
灰色に濁った空の下、二機の影が荒れ果てたハイウェイを疾走していた。
「桃缶桃缶!白桃の缶詰~♪」
先頭を走るのは、フレンダが駆るロード・インパルス。
四肢を躍動させ、瓦礫の山をパルクールのように飛び越えていく。
その後方、追従するのは標準的な「ポーンA1」アーマーを装着し、軍用バイク型の小型ヘキサギアに跨ったミカだ。
『……ミカ少尉。先程からバイタルが低下していますが、体調不良ですか?』
通信機越しに、メイが問いかける。
「……精神的な疲労っすよ、ポンコツKARMA。なんなんすか、この任務。『伝説の高級白桃缶詰を回収せよ』って……。本部への報告書に何て書けばいいんすか?」
ミカの声には深い絶望と呆れが混じっていた。
だが、フレンダは意に介さない。
「何言ってんの、戦前の白桃缶だよ!?市場価格ならヘキサグラム百個分に匹敵するんだから!ガルド班長の情報だと、この都市のデパートの地下倉庫に手つかずの在庫が眠ってるらしいの!」
「食い物のために命張るとか、理解不能っすね……」
ミカはため息をつきながら周囲を警戒した。
この都市が「亡霊都市」と呼ばれる理由は、無人であるからだけではない。
正体不明の「幽霊」が出没し、迷い込んだガバナーを次々と行方不明にしているという噂があるからだ。
「……来るっすよ、フレンダ少尉」
ミカの声色が不意に変わった。
だらけた響きが消え、冷徹な金属のような響きになる。
「え?」
『反応多数!全方位から熱源接近!ですが光学センサーには映りません!』
霧の向こう。
ビルの影、路地裏、マンホールの下。
無数の気配が、二人を取り囲んでいた。
ヒュンッ!!
風切り音と共に、フレンダの目の前のコンクリートが弾け飛んだ。
狙撃だ。だが、発砲炎は見えない。
「うわっ!?どこ!?」
フレンダは反射的にインパルスを横に跳ばした。
獣型の機動力で四本の脚が地面を掻きむしり、瞬時に射線を外す。
『弾道計算、完了!3時方向、ビルの4階!さらに9時方向、6時方向からも接近中!……敵影、確認できません!』
「光学迷彩!?卑怯な幽霊だねぇッ!」
フレンダは吠えると、インパルスをビル壁面へと走らせた。
垂直の壁を駆け上がり、狙撃ポイントへと肉薄する。
そこに何かがいるはずだ。
「捕まえたッ!……えっ?」
フレンダは右腕のマニピュレーターを伸ばし、敵を掴もうとした。
だが、インパルスの前脚は物を掴むようには出来ていない。
鋭い爪は敵の装甲を滑り空を切った。
(しまった!ロータスのつもりで掴みかかっちゃった!)
人型機体なら、ここで胸ぐらを掴んでパイルバンカーを叩き込めるところだ。
だが、インパルスに「手」はない。
ガガガガガッ!!
空振りした隙を突かれ、透明な敵から至近距離射撃を受ける。
「ぐぅッ!」
インパルスの薄い装甲が火花を散らす。
衝撃でコクピットが揺さぶられる。
『フレンダ!手を使おうとしないでください!今の貴女は人ではありません、獣です!』
メイの叱咤が脳に響く。
そうだ。
これはロータスじゃない。掴んで殴る機体じゃない。
これは――。
「……分かってるよ!だったら……噛み砕くだけだッ!!」
フレンダは操縦桿を押し込んだ。
インパルスの首が動く。
顎門が展開し、虚空に見える空気の揺らぎへと食らいついた。
バキィッ!!
金属がひしゃげる感触が体を走る。
迷彩が解け、空中にスケアクロウの姿が現れる。
インパルスの牙が、スケアクロウの制御系を噛み砕いていた。
「一匹ぃッ!!」
フレンダは噛みついた敵機を振り回し、そのまま別の敵へと投げつけた。
パワーはない。だが、全身バネのような瞬発力がある。
彼女の脳内でスイッチが切り替わる。
人型の思考を捨てろ。
四つ足で駆け、牙で裂き、尾で薙ぎ払う。
私は今、銀色の狼だ。
一方、地上に残されたミカはバイクから降りていた。
彼女を取り囲むように空気が揺らぐ。
五機、いや六機の光学迷彩部隊。
「囲まれたっすねぇ。……ま、いいハンデっすか」
ミカはあくびを噛み殺しながら、スーツの懐からハンドガンを取り出した。
特殊部隊仕様の大口径拳銃。
ザッ!
背後から気配を感じた。
透明な刃物がミカの首を刈り取ろうと迫る。
だが、ミカは振り返りもしなかった。
ただ、首を僅かに傾けただけだ。
ブンッ!
刃が空を切る。
髪の毛一本触れさせない、紙一重の回避。
それは「反応した」というより、「そこに来ることが分かっていた」かのような動きだった。
「遅いっすよ」
ドォォン!!
ミカはノールックで、背後へ向けて発砲した。
銃弾は正確無比に「見えない敵」の頭部センサーを貫いた。
火花と共に迷彩が解け、ガバナーが崩れ落ちる。
「さて、掃除の時間っす」
そこからの光景は、一方的な虐殺だった。
ミカ・フォルクス。
白堊理研の人体強化実験の成功例。
彼女の神経伝達速度は常人の数倍に達している。
筋肉のリミッターも解除されており、華奢な体躯からは想像もつかない瞬発力を生み出す。
彼女は弾丸のように戦場を駆けた。
ヘキサギアの機銃掃射を、サイドステップとパルクールだけで回避する。
残像すら見えるような高速移動。
「はい、終わり」
敵の懐に潜り込み、関節の隙間にナイフを突き立てる。
装甲の薄い部分を正確に撃ち抜く。
無駄がない。感情もない。
まるで事務作業のように、彼女は「生きた人間」を「動かない肉塊」へと変えていく。
「……う、うわぁぁぁッ!?」
最後の一人。まだ幼さの残る少年兵が、迷彩を解いて尻餅をついた。
恐怖で銃を取り落とし、ガタガタと震えている。
「た、助けて……!俺たちはただ、この街の資源を守ろうと……!」
「あー、はいはい。事情聴取は管轄外っす」
ミカは表情一つ変えず、少年の額に銃口を突きつけた。
「ま、待って!俺はまだ子供で……!」
「敵に年齢制限なんてないっすよ。武器を持ったら、それはもう『敵』っす」
パンッ。
乾いた銃声が一つ。
少年の体が跳ね、動かなくなった。
ミカは銃口から立ち昇る硝煙を鬱陶しそうに手で払い、つまらなそうに呟いた。
「……弱いっすね。これで終わりっすか?残業代も出ないのに」
「おい! 」
ビルの上から、フレンダが飛び降りてきた。
インパルスが着地し、アスファルトを砕く。
フレンダはコクピットから、血の海の中に立つミカを見下ろした。
「……あなた、今この子……降伏しようとしてたじゃない」
フレンダの声には怒りが滲んでいた。
彼女も敵を殺す。だが、それはあくまで生きるためだ。
ミカの殺し方は違う。
そこには生への執着も敬意もない。ただの処理だ。
ミカは肩をすくめた。
「生かしておくと後で復讐に来るかもしれないっすよ?リスク管理っす。それに……」
ミカは冷ややかな青い瞳でフレンダを見上げた。
「貴官だって、腹が減ったらウサギを狩るでしょ?ウサギが『助けて』って言ったら、食べるの止めるんすか?」
「……っ」
「同じっすよ、私は『敵を殺す』のが機能。貴官は『敵を食う』のが本能。……どっちも、人間としては壊れてるっす」
その時。
瓦礫の山が爆散した。
ズゴォォォォン!!!
「おのれぇぇッ!よくも部下たちを!!」
地下駐車場から巨大な影が這い出してきた。
ヘテロドックスのリーダー機。
ボルトレックスをベースに、重機や廃材を溶接して肥大化させた、醜悪なキメラ・ヘキサギアだ。
「デカいのが出たっすね、……フレンダ少尉。あれ、やれるっすか?」
「……当たり前でしょ!ムカつくことばっかり言われたからね。あいつに八つ当たりさせてもらう!」
フレンダはインパルスの背中に跨る。
怒りを燃料に、獣性が加速する。
『ゾアテックス、高出力を維持。……行けます、フレンダ』
「行くよ、メイッ!!」
ロード・インパルスが吠える。
真正面からの突撃。
敵のキメラ機は、その巨体任せに鉄球のようなハンマーを振り下ろした。
「潰れろぉぉッ!!」
「遅いッ!!」
フレンダは操縦桿を引かない。
代わりに、ペダルを複雑に踏み込んだ。
インパルスが、地面を「滑る」ように横移動する。
ハンマーが空を打ち、地面をえぐる。
その瞬間、インパルスは敵の腕を足場にして跳躍していた。
空へ。敵の頭上へ。
「手がないなら……尻尾があるッ!!」
フレンダの叫びと共に、インパルスの背部からトリック・ブレードが射出された。
鞭のようにしなり、蛇のように絡みつく、第三の武器だ。
シュルルルルッ!!
ブレードの先端が、キメラ機の首関節に巻き付いた。
フレンダはそのまま機体の重量をかけて、敵の背後へと着地する。
「落ちろぉぉぉッ!!」
ワイヤーアクションの要領で、敵の巨体を強制的に引き倒す。
メリメリと音を立てて、キメラ機の首がねじ切れる。
巨獣狩り成功。
それは、力任せのロータスにはできなかった、柔よく剛を制する技巧の勝利だった。
戦闘が終わり、静寂が戻った亡霊都市。
フレンダとミカは地下倉庫の重い扉をこじ開けていた。
「あった……、あったよ!!」
懐中電灯の光の先に、埃を被ったダンボールの山があった。
そこには、色あせたラベルで「特選・白桃」の文字が。
「うわぁぁん、会いたかったよぉぉ!」
フレンダはインパルスから降り、缶詰の一つを頬ずりした。
そして、その場でナイフを取り出し、缶を開封する。
「実食ッ!!」
とろりとしたシロップと、透き通るような白桃。
フレンダは震える手でそれを口に運んだ。
「……ん?」
「……どうしたんすか?」
ミカが遠巻きに尋ねる。
フレンダの動きが止まっていた。
数秒後。
彼女の顔が、みるみる赤くなっていく。
「……ぷはぁッ!!」
「え?」
「これ……お酒になってるぅぅ~!?」
長年の熟成により缶の中で発酵が進み、極上のフルーツブランデーと化していたのだ。
下戸のフレンダは、一口食べただけで目が回り始めた。
「うへへ……。ミカちゃん、もう一本あるよぉ……。一緒に飲もうよぉ……ヒック」
「うわ、めんどくせぇ……」
フレンダは千鳥足でミカに抱きつこうとし、ミカはそれを無表情で避ける。
「だいたいねぇ……あんたは……殺しすぎなんだよぉ……。もっと……命を大事に……食べてあげなきゃ……」
「はいはい。説教は帰ってから聞くっすよ。まったく」
ミカは酔っ払って地面に転がった野生の獣を見下ろし、小さく溜め息をついた。
だが、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。
「……退屈はしなさそうっすね、この基地は」
ミカは倒れている少年兵の死体を跨ぎ、フレンダの襟首を掴んで引きずり始めた。
「ほら、帰るっすよ。報告書書くの手伝ってもらうからな」
亡霊都市に、酔っ払いの寝息と、呆れた少女の声が響く。
凸凹コンビの最初の任務は、フレンダの二日酔い確定という形で幕を閉じた。




