彼のことを知る
「骨と花瓶がなくなった?」
「はい……」
どうも夜のうちに両方が盗まれたようだった。この宿舎には警備はもちろん役人もいないため犯人を見た者はいない。
「これでは王の可能性を否定するのは難しいですね…」
重要な証拠がない。これではただの予測にしかならない。
(証拠はない…つまり残されているのは…)
「真犯人を探しましょう」
まずは離宮での聞き込みだ。
「あの」
私はせわしなく動いている女性を呼び止める。彼女は手に桶を持っていた。病人のためのものだろう。
「はい?なんですか?」
「ここで殺された女性について聞きたいのですが……」
私の言葉を聞いた女性は表情を見るからに不愉快そうに歪ませる。
「あんな女のことは興味ないね。他をあたりな」
女性はそれだけ言って去っていく。
「どうも被害者は相当嫌われているようだな…」
「そのようですね……」
しかしこのままでは困る。しばらく近くの人に声をかけたがだれ一人話そうとはしない。なので私たちは離宮の入り口に戻ってきていた。
「はあ、ここまで嫌われているとはな……」
「ええ、予想はついていましたがここまでとは…」
王は不思議そうに顔を歪める。
「分かっていたのか?」
「一応は……彼女の殺され方を見てわかった通りですが、強い殺意がある殺され方でした。なので何かしら彼女に問題がある可能性も考えていました」
「……つまり今のところこの離宮の全員が怪しいというわけか」
「いえ、少なくともここにはいません」
この見渡す限り女性しかいない空間にはいない。
「どういうことだ?」
「彼女の頭蓋の殴打の跡は後頭部に集中していました。もし背被害者と同じか、それ以上の身長なら真上あたりに殴打の跡ができる可能性が高いです」
「だな。ということは犯人は背が低い女性か?」
「いえ、背の低い男性です」
「男性?女性ではなく?」
「可能性はあります。ですが、重く底の厚い花瓶を用い、頭蓋が割れるほど複数回殴打する……しかも打点は後頭部に集中している。少なくとも、小柄な女性では難しいでしょう」
ここにはそれに該当する者はいない。しかし背の低い男性はこの後宮に多少はいる。そのため犯人は絞り込めない。なので彼女の近辺に背の低い男性で交友があったものがいないか確認したかったのだ。しかし、それは難しい。他の場所で聞き込みをしてみるしかないか…
「待ってください!」
場所を変えようと離宮を背にして歩きだしていると後ろから声をかけられる。そこには一人の女性がいた。
「あなたは?」
「私は殺された彼女の同僚の凛麗です…あなたに話したいことがあります」
彼女は表情を苦しそうにしながら必死に伝えようとしていた。息は荒くなり過呼吸気味だ。
「落ち着いてください……大丈夫ですから」
私は彼女の背中をゆっくりとさする。
「あ、ありがとう」
少しずつ彼女の呼吸は元のリズムに戻っていく。そうして彼女は静かに語りだす。
「彼女は最低な人間でした……」
彼女は震えながら声を振り絞り告げる。それを私は黙ってただ聞く。
「弱いものが好きでした……弱っている病人に対して執拗に嫌がらせをして彼女は鬱憤を晴らしていました」
「誰も、上の人間には報告しなかったのですか?」
「しようとはしました……ですが彼女は外面がよく上司に好かれていました……なので私の話は聞いてもらえませんでした」
彼女は当時を思い出したのか悔しそうに手を強く握る。
「それで、私は彼女から執拗な嫌がらせを受けていました……」
彼女は片方の腕をぎゅっと手で握りしめる。彼女の腕にはあざがあった。
「それは彼女が?」
「はい…」
そのあざは強い殴打の跡。その痕跡が被害者の人間性を表しているようにひどく紫色になっている。
「でも……彼女は唯一ある役人さんにだけは心を許していました」
「その方は背の低い男性ですか?」
彼女はなぜわかったのか不思議そうな顔をして頷く。
「それは誰ですか?」
「離宮の前に立っていた人です」
あの、彼か……
「彼について何か知ってますか?」
「彼はよくこの離宮に訪れていました」
「役人がですか?」
「はい、この離宮には彼の妹さんがいますので」
「そこで被害者と仲良くなったということですね?」
「そうです」
どうも彼は妹思いのいい人らしい。
「でも……あることがあってから彼は彼女を憎んでいました」
「何があったんですか?」
「……彼の妹さんを日常的に嫌がらせをしていたのがばれてしまったんです。それから彼は彼女を目の敵にしていました」
「それは……」
仕方ないことだ。そう口でかけて止める。そんな私を見て凛麗は表情を歪ませる。
「仕方ないことです……」
凛麗はうつむき顔を上げず呟く。
「凛麗は彼が殺したと思っているの?」
「信じたくはありません……ですが」
彼女は薄く雲が覆った空を見て口をゆっくり開く。
「事件当日、彼がここに来たんです……手を怪我したと」
手の怪我……
「手首が腫れていました……彼は転んで怪我をしたと言っていましたが……あの怪我は少なくとも転んでできるものではありません」
被害者は複数回殴打されていた。底が厚く重たい花瓶で。そんなものをもって複数回殴打していれば手首に異常が出てもおかしくない。
「あと、こんなものが手に刺さっていました」
凛麗は小さな何かの破片を手の上にのせていた。
「よく見せてください」
見覚えがあった。破片の色は欠けた花瓶の底の色と同じだった。
完璧だった。これ以上ない証拠だ。
「彼を捕まえられますか?」
「彼女を恨んでいたのではないのか?」
王の言葉に彼女は頷く。
「はい……しかし、彼女は事件前夜私に言っていたのです。どうすればいいか、謝れば許されるだろうかと」
「彼女が反省していたから許すと?」
「いえ……彼女は続けていったのです……ただ私は怖かったのだと自分のちっぽけさが。だから嫌がらせをしてしまったと」
空気は重く張りつめその場に沈殿する。ヘドロの中にいるような気持ちの悪さだった。
「彼女は許せません…ですけど……チャンスはあってもよかったのかもしれません……」
それは言葉になり切らない言葉を具現化した結果だった。彼はそれを知らなかった。もし、もう少し遅ければ彼女は死ななかったかもしれない。
後日、彼は役人たちによって捕まった。私たちの集めた証拠は有用だと認められたのだ。
「俺は正義をした!あんな女は!死んで当然だ!」
後宮の長い廊下に彼の叫びが聞こえる。彼の叫びは共感を生んだ。
「殺されて当然よね」
「ええ、殺されてよかった」
下女たちのひそひそ話が聞こえる。
「これが結末なのか?」
「見たいですね……」
「彼女は自分の弱さのために弱い人間を犠牲にした。その結果死んだ……」
「彼女も弱者だったの……その弱さに彼も追い詰められた……」
「ああ……俺たちは等しく同じ弱い人間ということだな……」
皆等しく。そう言うことなのだろうな……
その後日、帝の宮。
「ふ、なかなかいい娘だな?」
「そうですか……」
「ああ、だが……分かっているな?」
帝は静かに彼に近寄り耳元で呟く。
「……分かっています」
「ならばよい」
彼は高潔な血が流れている。その血を汚すわけにはいかない。
(汚すか……高潔な血とは何なのだろうな……)
「側室なら問題はないがな?」
「……ありえません」
にやにやしている帝を無視して彼は部屋から出ていく。
「側室か……歪んでいる」
この世界も後宮も。
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