2話
目が覚めると、見慣れない木目の天井がぼんやりと視界に入ってきた。
胸にはまだ慣れない暖かさと疲労感が残っている。
部屋から出て階段を降りると、食堂から食欲をそそる香ばしい香りが漂って来た。
「おはようございますシオンさん!今日の朝ご飯は特別にちょっと豪快にしてみました。」
「おはようございます。ルナさん?」
「はい!」
彼女は、うれしそうな声で返事をしてくれた。
「私、シオンさんとはなんだか仲良くなれそうな気がするのでこれからよろしくお願いしますね」
そんな話をしながら、俺たちは食事を始めた。
「そういえば、ほかのヒトはいないのか?」
「あう~、もう一人いるんですけど……。あの子、偶にしか帰ってこないので……。」
「えっ?じゃあ、今は一人で!?」
「面目ないですう~」
「じゃあ大変だよな……。」
「シオンさんは、まだ月都に来たばかりでしょう?だから今日は、お買い物に行きましょう。必要なものもあるでしょうし、食材も必要ですから。」
「ここは、空にしていいのか?」
「大丈夫です! ルカがいるので、知らない人はだいたい迷子になります!」
ルナは、迷い猫――ルカのほうを見て自慢げに胸を張る。
「それは、大丈夫なの……?」
「ではでは、ご飯も食べたことだし行きましょっか!」
*
俺たちは、月都の中心街にやってきていた。
改めて見るこの都市は、どこか平凡に感じられた。
もちろん、角の生えた住人や空中を走る配送端末、意味もわからない立体広告なんかはそこら中にあった。
でも、ここには確かに日常がある。
「見てくださいよルナさん、レーザーブレードの包丁ですよ‼」
俺は思わず大声を上げ、銀色にメッキされた柄を掴みスイッチを押した。
柄の先端から青白く光る刃が浮かび上がった。興奮が止まらない。
「どこで使うんですか!こんなの!ほら行きますよー」
そのあとも、男心に直撃する他次元アイテムの数々に何度も心を奪われかけた。
そのたびに、ルナに肩を掴まれ現実に戻される。
買い物は、道草がほとんどだったがどうにか必要なものは揃えられた。
そうして、帰路に就く直前、ルナが俺の袖を引いた。
「シオンさんに見せたいものがあるんです。それもシオンさんが好きそうなものなんです。よかったら、一緒に行きませんか?」
「マジか!行きましょうすぐに!」
俺は期待に胸が膨らんでいた。きっと、ものすごい他次元技術をみせてくれるにちがいない――そう思って、足取りが軽くなる。
「ではでは」というルナについていくと、目の前に天蓋まで届きそうなほどの高さの藍色の塔がそびえ建っていた。
「ここはエクスターナル・スパイア。月都といったらやっぱりここですよね。」
「ああ、話には聞いていたが実際に見ると圧倒されるな。」
「シオンさん、あれを見てください。ここの見どころの1つですよ」
ルナが塔の頂上を指さす。
塔の頂上から広がるのは月都全体を覆う半透明な膜だった。
「ここから天蓋を発生させてるのか……。」
「はい、天蓋は温度調整から重力制御までヒトが月都に住むためにはなくてはならないものなんですよ。」
ルナに連れられて塔に入り入館料を払った。
ルナが「私が連れてきたのではらいますよ」と言っていたがそこは譲れなかった。
ちなみにルナは年パスを持ってるらしい。
俺たちは、短距離ポータルであっという間に最上階の展望室までやってきた。
ルナが窓際まで小走りで行き、満面の笑みで振り返った。
「ほんとに見せたかったのはこれなんです。」
一面に広がるのは銀河鉄道から見えた風景と何ら変わらない。でも、あのときは見ようとすらしていなかったもの。
ネオンの街を行き交う人や空を飛び交う様々な乗り物、怪しげな露天や電子公告。全部月都の日常なんだ。
自分のことでいっぱいになってたけどここにも人が根付き、営みを送っている。
ルナは、そんな月都の光景を、慈しむような目で見つめていた。
この街の混沌も、危うさも、全部ひっくるめて——彼女は人が好きなんだ。
そして、人の持つ無限の可能性を、心の底から信じている。そのことに気づいた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
「今日一日この街を見てどうでしたか?」
「うん。初めて来たときは、自分のことでいっぱいで見ようともしてなかったんだけどさ、活気があってみんな希望に向かってるんだと思って、まだわからないけど好きになれそう。いや、好きになりたいと思ったんだ。」
詰まる言葉を必死に紡ぎ出した。
「そうですか……なら、よかったです!」
「ルナさん、お願いがあるんですけど……俺を月兎亭で働かせてください。」
「働くですか?」
「はい、まだ自分が何者中なのかわかりません。でも、ここにいると少しだけ前を向ける気がするんです。」
「くすっ、じゃあいいですよ。私は、ヒトの自由を尊重するのです。」
ルナはすでに答えが決まっていたかのようにあっけらかんとした態度で答えた。
「ようこそ月都へ、これから楽しくなりそうな予感ですね。」
「はい!俺も年パス買ってきます!だから……また来ましょう!」
ルナは満足げに笑った。
そんな彼女を見て俺も笑ってしまった。
そんな時、流星が宙に弧を書いた。
俺はその光が消えるまで見送った。
「あっ!見ました?」
「はい!私は、お祈りまでしちゃいましたよ」
まだ答えは見つからない。
それでも――もう少しだけ、この街で迷ってみようと思った。
そうして、ここが俺の居場所になった。




