1話
俺は今、光のような速さで銀河を駆ける列車に乗っていた。
窓から見えるのは、星々の光が線となり流れていく光景。
少しまぶしいと思ってロールカーテンを下す。
――まもなく、月都中央駅。
アナウンスが流れ、乗客がそれぞれに身支度を始めた。
月都――それは、多次元接続によって建造された都市だ。
無数の次元と接続することにより独自の発展を遂げたこの都市は、多次元技術の象徴として他次元からのヒトやモノが集まるようになった。
その一方で、異界犯罪、次元災害、企業抗争、幻想汚染が絶えず、宇宙でもっとも危険な都市とも呼ばれている。
それでも人々はこの街を目指す。
この街でしか見つけられない“可能性”を信じて……。
俺が月都へ向かう目的――それは、ここでなら何かを見つけられると思ったからだ。
いつも、夢を見ていた。別の世界の自分の夢。
夢を見るたびに、自分が自分ではなくなる気がした。
起きたあとも、その感覚だけは残る。
何か大切なものを失ったような。
誰かを置き去りにしたような。
それが何なのかはわからない。けれどその”欠け”だけはずっと胸に穴が開いたように感じられた。
だから、こうして旅をしている。
列車がホームに到着し、扉が開く。
プラットフォームに降り立つと、薄暗い世界をネオンサインが照らしていた。
冷たい風が肌を撫で、金属の匂いを運んでくる。
こうして、俺は月都に足を踏み入れた。
言ってしまえばこの街は混沌そのものだった。
トカゲのような見た目のヒトと角を持つ住人が肩を組んで歩く光景、空を走る車、耳元で囁くホログラムによる怪しげな商品広告。
どれもこの街でないとでめったに見られない光景だ。
物珍しいものが多く、あちらこちらを見ていると「ニャーン」という猫の鳴き声が聞こえた。
その瞬間、空気が変わった。
これは……幻想の仕業だ。
世界の法則が歪んでいる。
見えている景色は変わらない、しかし、自分だけが世界から孤立しているように感じられる。
幻想の目的がわからず姿を見せない以上、ひとまず様子を伺うのがいいだろう。
とりあえず、目的地のホテルの方向へ向かおうとするが頭にノイズがかかったようになる。
そうか、この幻想の性質は相手を迷わせる、または特定の場所に誘導するかのどちらだろう。
この世界にもう用はないんだ。
なら――。
最期くらい乗せられてやろう。
俺はただ、歩き出す。
その案内に従うように……。
*
たどり着いたのは、落ち着いた雰囲気をもつ大きな宿だった。
でもここだけが、この切り離された世界でも現実を保っていた。
俺は意を決して扉を開く。
そこには一人の少女がいた。
一本一本が光の糸のように輝く銀色の髪を持つ少女だった。
身長は俺の肩くらいの高さしかないが、ピンと伸びた兎のような耳を持っていた。
「いらっしゃいませ。月兎亭へようこそ」
俺の存在に気づいた少女がゆるりと近づいてきた。
俺は、なんだか懐かしいような気がして彼女から目を離せなかった。
「あのぅ……あんまり見られると……」
言いかけての俺の足元を見る。
「あっ……」
彼女はしゃがみ込みいつの間にか俺の足元にいた猫のようなものを抱き上げた。
「ごめんなさいね。もーだめですよ〜。人に迷惑を掛けたら」
「もしかして、幻想か?」
「この子、迷い猫っていうんです。アナタの迷いに共鳴してここに連れてきてしまったんでしょう。」
迷い猫は、眠そうな声で鳴きながら、俺の顔を伺っていた。
「俺はどうしたらいいんだ?」
「そうですねぇ……。とりあえずこの子が満足するまで、お食事でもどうですか?」
*
こうして、俺は、兎の耳を持つ少女と食卓を囲んでいた。
「紹介が遅れました。わたくし、ルナっていいます。」
「俺はシオンです。」
ルナと名乗った少女が俺の顔をまじまじと見つめ少し悲しそうにした後、慈しむように笑った。思わず、顔をそらしてスープを飲んだ。
「おいしい……」
そして何より温かかった。
「お口に合ったようでよかったです。」
「ところで、月都は初めてですか?」
「ああ」
「じゃあ迷っちゃいますよね……この街すごいごちゃついてますし。」
「実際に迷ったよ」
「あの子のせいですね~。では、お詫びに明日この街を案内してあげます!」
そんな他愛のない会話をしながら食事が進んだ。
「よかったらシオンさんの話聞かせてもらえませんか?」
彼女は一度言葉を切った。
「その……力になりたいと思ったんです」
彼女の声は、わずかに震えていた。
「俺、夢を見るんです。ここではない別世界の……。それが妙に現実味があって……。だから思うんです。本当の俺はここじゃないどこか別の次元にいるんじゃないかって……」
「もしかして別次元に行こうとしてるんですか?それは危険ですよ!」
異なる次元では、基底法則そのものが異なる。
下手な次元に行けば、それに耐えられないだろう。
「でも、大切な何かを置き去りにしてしまったような気がするんです。」
彼女と過ごしたのはほんのわずかな時間だったのに今まで言葉にできなかったものをすべて話してしまった。
そして、彼女が何かを取り出した。
「これは……?」
「ここに触れてみてください。」
それは途方もない数字の羅列に見えた。
しかし値は止まらない。
増え、減り、書き換わり、また別の数字へ変わっていく。
「なんだ……これは……」
「これは、運命儀です。あなたの可能性を示しています。」
「俺の……?」
「やはりあなたは、無限に等しいほどの存在確率を持っているようですね。だから、あなたは別次元の自分と共鳴しやすいのでしょう。」
「ちなみに私はというと……」
彼女は得意げな顔で、こちらに運命儀を渡すように合図をしてきた。
そして彼女が手を乗せると「0」とそこには書かれていた。
「ふふっおもしろいでしょう?わたしも少し他とは異なる存在みたいなんです。」
彼女は子供が秘密を打ち明けるかのように笑う。
その無邪気な笑顔と、運命儀に浮かぶ「0」がどうしても結びつかなかった。
だが、俺はその意味を知っている。
逸脱者――次元の理を外れた存在。
彼らは独自の法則を持ち、自身の願いのためにその力を振るう。
別次元の記憶が蘇る。壊れた街や救えなかった人たち。
俺は、虚空から武器を取り出そうと指が柄に触れる。
彼女は、少し悲しそうにした後、静かに笑った。
そこには、警戒も恐怖もない。
その無防備さに手が止まってしまう。
「少し、驚かせてしまいましたね……」
「すまない。もういくよ……」
「あっ、待ってください……」
ルナに呼び止められ、振り返ると彼女の瞳がまっすぐとこちらを見つめていた。
そして、祈るように両手を合わせ目を閉じた。
その瞬間、世界がまるでこの町の光のように輝きだす。
ルナの体から青白い光の溢れ出始めた。
幾重もの光が線のように伸び、絡み合う。これは、法則だ。
「これは……?」
「これは、私だけの法則。そして、私だけの願い。」
(世界が正しくありますように……)
俺には見えた彼女の法則の本質が……。
青白い光が集まり、塊となった後、俺の体を通り抜ける。
そして、光が収まった。
「これはおまじないです。」
なにも起こらなかった。いや、何も変わらなかった。
俺はわかってしまった。何もない俺を、ルナは肯定してくれたんだ。
自然と涙があふれてくる。
「なっ、なんで泣くんですか~」
「わからないよ……。こんな気持ち初めてなんだよ……」
「ふふっ、案外かわいいんですね」
彼女が笑い出したから、俺もつられて笑ってしまった。
「こうなったら、今日は、泊まっていってください。これは、強制です。」
彼女が手を差し出した。俺は少し迷ってから彼女の手を取った。
「ありがとう……」
「それに明日は約束もありますしね。逃がすわけにはいきません!」
その言葉は、不思議なくらい胸に落ちた。
もう少しここで迷ってみてもいいかもしれない。
初めて、そう思えた。
まだまだ粗削りで、描写が足りないと感じる箇所が多いので都度改稿予定です。
遅筆かつストックもないですが応援してくれたらうれしいです。
2026.5/31 改稿




